第34章 高杉の使命

 勝負は決まった。

 悠太の突きだした警棒は、高杉が腕で防ぐより早く、彼の腹部を打ち抜いた。

 人間の肉体の感触が、悠太の腕に伝わってきた。

「うっ」といううめき声を出して、高杉は着地するなりその場に崩れ落ちた。

 悠太は、自分の制服のベルトを抜き取ると、身動きの取れない高杉の上半身をベルトで縛り上げた。ついでに、ポケットからライターと、電気ショッカーを抜き取った。

 電気ショッカーの出力を、最大にまで引き上げる。電気ショックを皮膚の薄い場所に打ち込まれれば、ヘビー級のレスラーでも一瞬で意識を失う。

 悠太は、身体中に電流が駆け巡り、筋肉が痙攣を起こすこの不愉快な体験を二度も味わった。人間相手に同じことをすることは気が引ける。しかしそれ以外に高杉を行動不能にする手段がない。

 悠太がショッカーのレバーを引き上げると、金属の端子部分からピリピリと青い電気が迸った。

「ま、待ってくれ!」

 上半身を拘束されたまま地面に寝そべる高杉が言った。

「き、君は誤解をしている!

 私は、何も万梨阿が憎くて、今回の計画を立てたのではない!」

 悠太は思わず動きを止めた。高杉はなおもしゃべり続けた。

「これは、万梨阿のための計画だったんだ!

 彼女は、このままではまともな生活が送れない!一生、病院から出られないんだ!私は、それが許せなかった!

 今回、地球を乗っ取った暁には、新政府の女王は、万梨阿にする!どうせ老い先短いこの命、どこで朽ちても構いはせん!しかし万梨阿は違う!あの子には、あの子の未来のためには、こうするしかなかったんだ!」

 高杉の悲痛な心の叫びだった。

 悠太は、今までの納得のいかない感じがようやく解消された気がした。

 この人も自分と同じだ。

 万梨阿を、なんとか救い出したい。その気持ちの行きついた先が、これ、というわけか。

 悠太は、しばらく黙っていた。高杉は、さらに言葉を並べた。

「君はまだ学生だろう?

 君はまだ、彼女みたいな人間が社会でどんな扱いを受けるか、知らないんだ。私も、万梨阿が生まれるまではそうだった。

 しかし、今はあってはならないことだと思っている!社会と言う奴は、結局、多数の人間の都合のいいようにしか作れないんだ。私は、今までの人生でそれを嫌というほど思い知らされた!

 だったら、新たに手にしたこの力で、人類を新たな方向へ導くんだ!それこそ、天より私たちに与えられた指名なのだ!」

 最後の言葉には狂気が込められていた。

「でも、」

 悠太は、顔を上げ、再び高杉の目を見つめ返した。

「こんな、誰かを犠牲にしてまで万梨阿を幸せにするなんてやり方、間違ってる!あの子は、こんな幸せなんて望んじゃいないはずだ!」

「じゃあ、一体、どうすればいいというんだ?」

「僕は、僕や小林は、万梨阿と一緒に生きていく!僕たちが、社会の矛盾を壊してみせる!

 自分以外のすべてを否定するなんて、僕はあなたを認めない!」

 そう言って、高杉の首筋に、電気ショッカーを勢いよく押し当てた。

 悠太は、高杉の身体に電流が流れ、彼の身体がビクン、ビクンと痙攣し動かなくなるのを確認した。

 電気ショッカーはもう見るのも不愉快だったので、その場に放り投げておいた。そのまま、星屑の結晶体の安置された部屋へ入って行った。

 結晶体は、相変わらず、透明なガラスケースの中でゆっくりと回転していた。

 悠太は、リュックサックから持ってきたペットボトル爆弾を取り出すと、それを一か所に固めて置いた。そのうち一つに、高杉から奪ったライターで火を点け、急いで物陰に隠れた。

 火はゆっくり導火線を燃やしていき、最後には爆弾の内部に届いた。

 バン、という爆発音が鳴り響き、一つの爆弾が爆発した。続けて、他の爆弾も誘発されて、バンッ、バンッ、バンッと次々に爆発した。辺り一面に、すさまじい爆音が鳴り響き、爆風が吹き荒れた。

 全ての爆弾が爆発したのを確認すると、悠太は物陰から出てガラスケースに近寄った。あちこちに爆弾の破片が飛び散り、真空容器に大きな穴が開いていた。

「やった…!」

 悠太は思わず呟いた。

 空気に触れた結晶体は、薄く白い光を放ち始めた。

 悠太は、後ろを振り返った。

空間の亀裂がぐにゃぐにゃと上下に変形し始めた。

 そして形を変えながらそれらは徐々に縮小していき、跡形も無く消えて行った。

 上官の話では、空気に触れた星屑の結晶体はやがて崩壊するらしい。悠太たちが普段、ここで採取する星屑も、確かに割った瞬間発熱し、しばらくするとただの石クズになってしまう。

 しかし、しばらく待っても結晶体は崩壊しなかった。

その代り、白い光はますます強くなっていく。五分もしないうちに、結晶体の放つ光で、悠太は直接本体を見ることが出来なくなっていた。

「悠太!」

 後ろから誰かに呼ばれた。

 振り返ると、万梨阿が立っていた。

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