お前が妹になるんだよ

コンドル大帝

第1話 

 まず、こいつを読む前に確認しておきたいんだが……

 この世には、天然の妹と養殖の妹がいることをご存じだろうか?

 知らない人も多いと思う。

 これはいわゆるネットスラングのようなものなんだ。

 天然の妹というのは、実妹。

 養殖の妹というのは、義妹。

 ここでは、天然、養殖と呼ばれているが、間違ってもそれを本人の前で言ってはならない。悲しませてしまうだろうし、もしかしなくとも怒らせてしまう。

「……彩花に会いたい」

 ボソリとそいつが呟いた。

 馬鹿みたいに熱い真昼間。みーんみーんセミはうるさいし、高校のクーラーは故障するし。下敷きで扇げば扇ぐほど汗をかく。Yシャツは肌に染みついて鬱陶しい。何もしていたくないと思うほどの時間に、一番嫌な奴が産声を上げた。

「無理」

 声にしたはいいが、力はこもらない。何もしたくないんだ、黙っててくれ。

「彩花に会えばきっと、この暑さも和らぐんだ」

 こいつも僕と同じように机に突っ伏して、暑さを耐えるばかり。いつか干からびてしまいそうだ。机に面した左頬が熱くなったので、位置をずらしてまた突っ伏す。少しひんやりしているが、この程度その場しのぎにしかならない。

「お前とあやを会わせるわけにはいかない。何をしでかすかわからないから」

「いいじゃねえか、日向のケチ」

「ケチでもなんでもかまわない。銀二にあやは会わせられない」

「決めた、今日お前んち行くわ」

「人の話聞いてた? 無理だって」

「いいじゃんか、減るもんじゃないだろ」

「そういう問題じゃないんだ。ダメなものはダメだ」

 毎日のようにこんな不毛な争いをする。毎日のように銀二は妹に会わせろとせがむ。そこさえなければいいやつなのだが。

「チクショウ、なんで俺には妹がいないんだ。こんなに妹を欲しがってるのに」

「知らないよ、神様にでも聞いたら」

「神様は残酷だよ~。この世から妹を消そうとしてるんだ」

「妹を消そうとしてるって、神様が?」

 思わず笑ってしまう。この世から妹をなくそうとする神様ってなんだよ。もっとやることあるだろ戦争根絶とか地球温暖化止めるとか。

「笑うなよ。巣死産妹現象ってあるじゃん。あれはきっと神様の仕業だよ」

「お前って意外とメルヘンなんだな」

 巣死産妹現象。10年ほど前からこの現象は発生しているらしい。僕もあんまり詳しくは知らないが、妹限定で妊婦のおなかから妹が跡形もなくいなくなるようだ。原因は不明、科学的にあり得ないみたい。授業で得られる知識はこのくらい。あと、妹を性的な意味で欲する銀二みたいな奴が増えたんだと。

「からかうなよ、やっぱり妹に会わせろ!」

「だから無理だって……」

「じゃあ、日向が妹になればいいじゃん。いつもみたいにさ」

「え、やだよ」

 口をはさんだのは満里奈さんだ。同じクラスなんだけど、大人っぽくてとにかくエロい。豊満な胸、くびれのあるウエスト、桃のようなお尻。どこに目をやっても毒である。健全な男子高校生であれば、アイツが反応してしまう。整った体には整った顔もついてくるわけで、ダークブルーの髪はさらさらで、すごくいい匂いがしそうだ。風になびく長髪は蝶のように綺麗である。大きな目と高い鼻。潤んだ唇。どこをとっても完璧である。

 好きだからこう特別に見えているかもしれないが、それを差し引いても彼女の美しさは譲れない。好きな理由はまた今度話そう。

「ねえ、またお姉ちゃんって言ってよ。ほら」

「…………わかったよ」

「やったぜ」

 なぜ銀二も喜ぶ。

 彼女は近づいて、持ち前のセーラー服を僕に渡す。すんなりとそれを受け入れてしまうのは、このセーラー服に魔法がかけられているからである。これはなんと、なんとなんとだな! いいか? 言うぞ。

 満里奈さんが中学時代実際に着ていたものなのである。何度も洗濯されてはいるが、彼女のぬくもりは残っている気がする。そんな感じがする。なんか僕キモイな。まあ、男子高校生ならこれくらい普通だろ。好きな子の服着たくなるだろ。

 僕は近くのトイレへと向かい、着替えることとなった。さすがにパンツまでは着替えないがな。さくっと着替えを済ませ、鏡で髪型を整える。ほんとに中学生にしか見えないな。

 僕は身長が小さく、満里奈さんのセーラー服はすこしぶかぶかになってしまうのだが、逆にそれが新入生みたいで、現役中学生のようになってしまう。これからおっきくなるだろって言われたらあらかじめ大きいサイズを買うアレである。僕も中学時代それを経験したのだが、全く伸びず、制服は最後までぶかぶかのままだった。まさか中学1年生で止まってしまうとは思いもしなかったよ。

 華奢な体躯と子供っぽい顔。女子みたいな綺麗な黒髪。ショートカットでボーイッシュな雰囲気が出ている。腕や足、脇の毛は除毛されてしまったので、すべすべだ。本当に女子みたいだよ。僕、男なのに。

 廊下に人が減ったのを確認してとことこ教室に帰る。

「か、可愛い」

「かわいい~、ホント妹みたい」

 銀二が思わず口にし、満里奈さんがキャッキャッ喜んでいる。本当に嬉しそうで何より。

「ねえ、いつものあれ言ってよ」

「え、今」

 満里奈さんが顔の前で両手を合わせ、おねだりする。おまけにウィンクも。そうされては仕方ない。だって可愛いんだもん。

「今じゃなきゃいつ言うんだよ」

 銀二をじろりと睨み、2、3回コホンコホンと声の調子を整える。声変わりはしてないので、普段も女の子っぽい声なのだが、声を作れば女の子そのものだ。男子の諸君に覚えておいてほしい。女の子が声を作るのなんか簡単なことなんだ。どうか声に騙されないでほしい。

 とびっきりのロリボイスで僕は社会的な死を誘発する。

「お兄ちゃん、お姉ちゃん、……大好きだよ」

「ふごおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!!!!!!!!!!」

「きゃあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」

 銀二はSLのように煙を吐いて爆発し、満里奈さんは興奮を抑えるかのように両足を地面に交互にたたきつけた。

「はあ~、これで今日もしのげそうだ」

「日向、最高だよ……」

 天然の妹は守らなくてはならない。両親との約束であり、あやに立てた誓いなのだから。銀二のような悪党から妹を守らなければならない。

 そのためなら、僕はみんなの妹になるだろう。

「なんだ! どうした!?……ってまたお前らか」

 教室に飛び込んできたのは、数学兼担任の岡村先生だった。

 銀二は知らんぷりを決め込んでいるが、バレバレ。満里奈さんはごめんねと手を合わせていた。

 最悪のタイミングである。はたから見たら俺はただ女装してるだけ。先生はきっと悲しむだろうな。こんな生徒を持って。もはや呆れられてしまっているが。

「……佐藤。はやく着替えてこい」

「……はい」

「あ、佐藤……」

「はい」

「あとで、職員室な」

「………………はい」

 僕がこのあと職員室で道徳を説かれたことは言うまでもないことだろう。

 

 何度も言おう。


 僕は社会的に死んだとしても、妹を守らなければならないんだ。

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