猫舌ゴチソウ帳 第6皿「アーサー王、プティングに感動する」

神田 るふ

猫舌ゴチソウ帳 第6皿「アーサー王、プティングに感動する」

 日中はまだまだ残暑厳しい日が続きます。猫乃でございます。

 

 こう暑いと美味しくなる食べ物、それが冷たいお菓子。

 アイス、ゼリー、水ようかん……どれも涼をとれる美味しいお菓子ですが、私は冷たく冷やしたプリンがお気に入りです。

 年中食べても美味なお菓子ではありますが、やはり冷蔵庫の中でしっかり冷やされたプリンはこの時期格別だと思います。

 さて、このプリン、本来はプティングといいますが、プティングはまったく違う二種類の料理を意味する言葉でもあります。

 ひとつは、我々がよく知るお菓子のプティングです。ただ、日本人におなじみのプリンとは別に、ケーキのようなプティングもあります。イギリスのクリスマスで食べられるクリスマスプティングなどがその例ですね。クリスマスプティングについては面白い話がたくさんあるのですが、その話は冬頃に回しましょう。

 もう一つは、ソーセージのような腸詰のプティングです。イギリスの血のソーセージ、ブラッドプティングが有名ですね。こちらは完全に料理として扱われます。

 何故、お菓子と料理という相反的な食べ物の総称になっているかは諸説ありますが、共通するのは「材料を混ぜて固める」という点です。プティングという呼称はイギリスで広く使われていますが、おそらく本来は別物だったお菓子のプティングとソーセージのプティングが製法というキーワードで結びついてしまったと思われます。

 上記のとおり、このプティングをことのほか愛するのがイギリス人です。

「イギリス人を喜ばせるにはプティングと牛肉をあてがえばよい」

 という言葉があるくらい、イギリス人はプティングと名のつくあらゆるものを喜んで食べます。当然、プティングのつく言葉もいろいろありまして、例を挙げていきますと―。


・プティングの時間:一日千秋

・褒め言葉よりプティング:花より団子

・プティングの証拠は食べてみてから:論より証拠

・プティングの酒:安酒

・プティングの心臓:ノミの心臓

・プティングの頭:うすのろ


 等々、実に数多くの言葉があります。

 十七世紀になると擬人化もされ、「ジャック・プティング」というキャラクターも登場するようになりました。所謂、道化者、フールの役割で、お祭りの時の広場での出し物、さらに薬売りの販促のための即興のお芝居等に登場していたそうです。

 この愛すべきプティングの中でも、特別な役割を与えられているのがヨークシャープティングです。読んで字の如く、ヨークシャー地方のプティングで小麦粉と卵、水、牛乳を型に流し込み、オーブンで焼き上げます。パンともパイとも言い難い不思議な食感の食べ物ですが、このヨークシャープティングはローストビーフの添え物として無くてはならない重要な食べ物なのです。先ほどの「プティングと牛肉」とはこのヨークシャープティングとローストビーフを指していると言っても間違いではないでしょう。ローストビーフはイギリス料理の王様ですから、さしずめ、ヨークシャープティングはプティングの王様と言って差し支えないかもしれません。

 このヨークシャープティングとローストビーフの間を取り持ったのも、実はある王様なのですが、その王様こそ、誰あろう、あのアーサー王でした。

 ヨークシャー地方にはこんな話が残っています。


 まだアーサー王が王位に就く前のことです。

 聖剣エクスカリバーを抜いたアーサー王、すぐに王位に就いたかと思いきや、なかなかうまくはいかなかったようで、しばらくイングランドを放浪する不遇の時代があったようです。

 その遍歴の最中、数人のお供の騎士を連れてヨークシャーを訪れたアーサー王はとある農夫の家で一泊の宿を求めました。ところが、農夫の家は牛一頭すら飼えないくらい貧しく、とてもアーサー王を贅沢な食事でもてなす余裕はありませんでした。それでも、農夫はなんとかアーサー王をもてなしたいと小麦粉、卵、牛乳といったありあわせの具材でプティングを蒸し上げ、アーサー王へと差し出しました。農夫の心づくしの対応に、アーサー王は深く感動を覚えたのでした。

 やがて、アーサー王は王位に就き、王都キャメロットにて盛大な宴が開かれることになりました。やがて、集まった賓客の前にいちばんのご馳走であるローストビーフが運ばれてきましたが、皿の上にプティングが添えられているのに皆が気が付きました。客の中にはあの時のヨークシャーの農夫もいたのですが、アーサー王は彼を自らの元に呼び寄せると、一同に向かって厳かに宣言しました。

「この者の好意、私は忘れたことはなかったぞ。これよりローストビーフにはプティングを添えるように。人が人に与える善意と親切の表れこそがこのプティングなのだから」

 農夫はアーサー王から広大な牧草地を与えられ、たくさんの牛を飼えることができるようになりました。

 そして、この出来事の後、ローストビーフにはプティングが添えられるようになりました。


 食べ物を通して感謝の気持ちを表すというのは、とても心があたたまりますね。

 ちなみに、王様が突然やってきたのがきっかけで生まれた料理というのは少なくありません。ピザのマルゲリータや卵料理のオムレツがその代表ですが、機会があれば是非お話ししたいと思っております。

 

 それでは今宵も満腹ご馳走様でした。

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猫舌ゴチソウ帳 第6皿「アーサー王、プティングに感動する」 神田 るふ @nekonoturugi

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