マジョの呪い

@Astaroth082

プロローグ 昔話

 その昔、地図にも載っていない島に『マジョ』が居た。

 彼女は生前、この地図に載らない島を牛耳っていた。彼女は酷く自分勝手で、ある日やってきたと思ったらたった1日で人々と島を支配し、気紛れに島民を贄に搔っ攫ったり実験材料に使ったり…。

 島から逃さないよう結界を張り、外から人がやってくればそのまま入るだけ、出られないようになっている。暴動を起こそう者なら四肢を捥がれ、自殺しよう者なら永遠の吊るし上げをされる。

 そうやって人々を束縛し、十分な年月が経った時、唐突に、マジョは死んだ。詳しい死因はわからないが、当時の目撃によると周りに薬品が撒かれ、口から鈍い色をした液体を吐いていたことから、実験に使った薬を飲み、失敗して死んでしまったのではないか。と言われている。いくら死んだからといえ、島民はマジョに触れることを恐れ、憎しみに石を投げることも出来なかった。寧ろ、この脅威が死んだ事に対し、皆安心しそれ以上は望まなかったという。暫く死体は放置されていたが、その後村の外から続々人が流れ、その中の心優しい神父が遺棄されたマジョを憐れに思い、棺を作り手厚く葬った。という。だが、その数日後神父は急死し、一部の古い島民からはマジョに触れた呪いだと言われたそうだ。                

 それから百年以上だったが、今も年寄りはマジョの伝説を信じており、いつ復活するか恐れているという——。


 鍛治に手を休めた若老人が、書物館で借りた分厚い本を閉じた。肩を揉みながら首をひねる。


「まったく。何をこんな忙しい時期に本を読み聞かせんとおえんのだ」

「仕方ねぇだろ。学校の宿題で。

 …親が本を読んで俺が感想を書く、なんて宿題、先生ぇが出すから…」


 若老人が少しむすっとした顔をしたあと、すぐに柔らかい表情になり、頭をぐしゃぐしゃと荒っぽく撫でた。


「宿題ってんなら仕方ないな」


 本をポンと投げて返し、巨大な槌を肩に背負って俺に背を向けた。背中は広く、今にも縋ってしまいそうなほど大きかった。——そう、縋ってしまいそうなほど——


「お前がマジョ様の伝説に興味を持つとは思わんかったわ。今までずっと興味がねぇって振り向きもしなかったのにな! 感想を書いたら俺にも読ませてくれよ! 今迄気にしたことがなかった奴がこの話を聞いてどう思ったのか。それが気になって仕方がねぇ!」


 男らしいガハハハという笑い声をあげながら若老人は大地が軽く振動するほどの足取りで仕事へと戻っていった。


 俺には謂わゆる両親はいない。父方と祖父が一人、——若老人と表記していた今の鍛治をしている大男——唯一の血の繋がりのある家族だ。他の家族はみんな『マジョの呪い』によって死んだ、らしい。

 というのも、俺はこの伝説の魔女にまったく興味がないからだ。さっき爺いは俺が魔女に興味を持ったのを嬉しがっていたが…とんでもない。残念だが、俺はあのマジョという存在を、生き物を好きになれないでいた。性格は酷いし傲慢で我儘。しかも存在するかも怪しいときたものだ。…だが。

 昔、母が病院のベッドで死ぬ前に俺だけに話してくれていたことがあった。

 例のマジョの伝説についてだ。


『サバト…。あなたに秘密にしていたことがあるの。あなたの嫌っていたこの島の伝説のマジョ様と、私達シュガール家に纏わる関係を教えないといけないわ。

 あの方はね…あの方は——』


 頭に小石をぶつけられた。

 後ろを向くと、まるでツノでも生えたような不思議な髪型の怪しい黒装束を着た女が空中で寝そべった体制をしながら地面の小石を拾っていた。


「………」


 女はニヤニヤクスクスと笑ってこちらを舐め回すように見ている。


『私達シュガール家は魔女様の血を引いているの。血縁関係者は死ぬその直前までマジョ様を取り憑かせないといけないの。ほら、わかる? 私の右肩でマジョ様があなたに微笑んでいるの。マジョ様は死んでなんかいないのよ。ずっと私達島民を見ていてくださったのよ』


 女はスッと静かに立ち上がり、フクロウのようにグッと猫背になり、目線を俺の高さに合わせた。目の色は漆黒で、瞳孔があるのかどうかさえもわからないほど真っ黒だ。


 俺はひたすら目の前の女を睨みつけていた。こんな昼間なのに…怖いのだろうか?

 俺の横をツルハシを抱えた祖父と同じ仕事をしている男が通りかかる。そして女の体を何食わぬ顔で突き破り、俺の方に笑いながら「おう! 坊主、おはようさん!」と八重歯が一本欠けた笑顔で笑いかける。女は自分の体を通り抜けた男を見て、静かに睨み、そして…腕を男の方に伸ばし、そのまま握り潰すように動かした。


「——っうぅ?!!!」


 爺いの同業者の男が手に持っていたツルハシを落とし、急に胸をつかんで苦しみ始めた。

 息は急速に荒くなり、バタンと地面にそのまま後ろに倒れ、ジタバタと足を跳ねさせてまるで虫のように足掻いている。声にならない悲鳴をあげて目をぐりっと開き、俺に助けを求めるよう手をバタバタさせていた。

 これはまずいと駆け寄ろうとすると、今度は肩を掴まれた。あの女だ。顔を見上げると人差し指を口の前に当て、シュゥゥ…と息を吐いていた。俺は女を睨みつけていると、口元から指を離して口角だけニヤリと笑う。そして腕をまた伸ばし、引き千切るように手を動かした。

 同時に、男が「ヒッ」と小さい声を漏らし、全身から力が抜けたようにバタッと倒れると、もう起き上がらなくなっていた。

 女の手にはいつの間に取ったのだろう、心臓のような肉塊があった。


「…父さんを、母さんを殺して…次は俺に取り憑いたのか?」


 女は肉塊をどこからか取り出した瓶に詰め、そのまま懐に隠した。

 相変わらずニヤニヤと笑って俺を見ている。まるで恐れろと言わんばかりに、見せつけるように目の前でこの女は人を殺した。


「魔女なんかいない! 嘘っぱちだ! 俺はお前なんか怖くない! いいか!」

「俺はお前を殺してやる! 幽霊だろうがなんだろうが! お前が俺の先祖でもだ!」


 女は笑っている。ずっと笑っている。


「…やはり、へクセの言う通り…肝の座った餓鬼だな」


 魔女は俺の顎をつかみ、強く持ち上げる。5センチもないほどの至近距離で俺を見据えたように笑う。


「あの女はつまらない人生を送った。だが…お前はなかなか面白い生き方をしそうじゃないか。サバトよ」


 女は俺を顎を掴んだまま引き寄せ、大男のような巨大な力で体を締め付ける。呼吸が困難なほどの力で俺の体を抱きしめる。


「ーっ! がっ…かはっ…っ!」

「ククク…私の新しい体、可愛い可愛い、同じ血の通った魔女の一族の化身よ…。これからはお前にいろいろ動いて貰わぬといけないからな。世話になるぞ…ククク、くくくくく」


 巨大な力の前で俺は成すすべもなく気を失ってしまった。

 ——これが、俺と魔女の最初の会話。『マジョの呪い』にかかったものの話のプロローグだ。          

 

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