最終話「そしてボクは伝s――(キャンセルされました)」

 ――8時間48分14秒。

 ボクとミズキ様が打ち立てた、MMORPG『ドラグメイト・オンライン』の最速クリアタイム。以前の記録を30分以上更新した動画は、あっという間に何百万回も再生された。

 そして、ボクは……あれから、ミズキ様に会えていない。


「どしたー? 元気ないなあ、アアア。ほら、【マイティ・パンプキン】でもお食べ」


 ああ、おいひい……こんな高級食材、初めて食べる。

 でも、この人はミズキ様じゃない。

 ミズキ様はこの人へとボクを渡して、どこかへ行ってしまった。

 ゲームの処理的に新しいご主人様へと譲渡じょうとされて、もう三日が経っていた。


「ねえねえ、ちょっと! あの【アーマードラゴン】、動画のやつじゃない?」

「そうだよ、ほら! なんか、ラスボスに向かってブン投げられてたやつ!」

「あれねー、どうなの? バグってるんだよね?」

「裏技、なのかなあ? それがさあ、あの話には後日談ごじつだんがあって――」


 往来を行き交うプレイヤーたちが、ボクを指差しては笑いながら通り過ぎる。

 ボクは新しいご主人様のアイテムショップ前で、まるで客寄せパンダだ。

 あの日、ボクとミズキ様が魔王【ヴァイスダーク】を倒した一撃……それは、間違いなくバグだと思う。一時的に全装備が解除された状態のミズキ様が、武器の再装備を選択した時……何故なぜか、

 投擲とうてきされたボクでさえ驚く、驚異的なダメージで【ヴァイスダーク】は倒された。

 ダメージの表示エフェクトがバグって、数字じゃない文字列になっていた。

 だが、それは別のプレイヤーたちが試してみても、全く再現性が実証できなかった。まず、【ヴァイスダーク】に全裸で挑む人なんて今までいなかった。そして、動画を真似て装備を外した人たちは皆、『連れてるドラゴンを装備する』なんて裏技を再現できなかったんだ。


「はあ……ミズキ様、今頃どうしてるんだろ」

「ん? はは、アアアはミズキに会いたいのかい?」

「あ、ご主人様、それはですね……す、すみません」

「いいんだよ、別に。さ、これも食べなさい」


 新しいご主人様は、とても優しくていい人だ。

 ボクの話も聞いてくれるし、美味しいものも食べさせてくれる。戦闘に出ることは少ないけど、こうしてボクとのんびりアイテムの売買をしているんだ。

 このままボクは、ぼんやりと新しいご主人様と暮らしていくんだろうな。

 それも悪くないな……と、そう思ってたんだけど。

 なにやら広場の方が騒がしい。

 そして、プレイヤーたちの声が徐々に近付いてくる。


「おい、見ろよ! ギルド【竜源郷りゅうげんきょう】のギルマスギルドマスターだぜ……すげえレベル!」

「武器も防具も一流よ、凄いわね」

「このサーバでも最強の凄腕すごうでプレイヤーだ。なんでこんな場所に?」


 顔をあげたボクは、見た。

 豪奢ごうしゃな鎧はまるでドレスのようで、きわどい露出が飾る肌は白く瑞々みずみずしい。そして、艶めく黒髪を左右で結って、長くたなびかせながら歩いてくる。背負っている巨大な剣は、希少モンスターが極稀ごくまれにドロップする【神皇剣しんおうけんジェネシックオーダー】だ。

 勇者が集うゲームの中で、一番の勇者。

 勇者の中の勇者……そんな風格の少女は、ボクの前まで来て立ち止まった。

 まばたきを繰り返すボクの横で、ご主人様は立ち上がる。


「待たせたわね。どう? アタシのアアアは」

「やあ、ギルマス。お疲れ様。随分遅かったじゃないか」

「しょうがないでしょう? あのあと、地獄の三連勤で会社に缶詰かんづめだったんだから」

「わー、ブラック……さ、アアア。お迎えが来たよ」


 え? お迎え? っていうか、この声。

 目の前の女神様みたいな人は、ボクに優しく微笑ほほえみかけてくれる。

 その大きなひとみは、太陽と月を並べたような左右別色オッドアイ……そして、顔立ちや表情は間違いない。ボクはこの人を知っている。プレイヤーの容姿から作られるゲームキャラクターの、その中の人を知っているんだ。

 そう、この人は――


「迎えに来たわよ、アアア!」

「……ミズキ様?」

「そうよ、こっちが本命キャラ、普段使ってる1stファーストキャラなの。前のあれはタイムアタック用に新規で作ったアカウントだから」

「ミズキ様! え、どうして? だってボク、今のご主人様に」

「ええ。アアアのこと、気に入っちゃったから……。それで、一回ギルドの仲間にアンタを預けたの」


 ボクは思わず、その場で立ち上がってしまった。

 そんなボクを見上げて、はにかむミズキ様がほおを赤らめる。

 夢みたいだ……捨てられてなんかいなかった。

 むしろ、これからも一緒にいるために、ボクを別のアカウントに移そうとしてくれていたんだ。あの裸のミズキ様はもういないけど、ボクはずっとミズキ様のドラゴンなんだ!


「それでね、アアア」

「はいっ!」

「アアア、その、あ、うん……あっ、あああ! あっ……」

「……ミズキ様?」

「あっ、あああ……あああ」


 もじもじ視線を彷徨さまよわせながら、ミズキ様がボクの名を呼ぶ。

 何度も、何度も呼んでは口籠くちごもる。

 でも、ミズキ様は真っ直ぐボクを見詰めて言ってくれたんだ。


「あっ、あああ……ありがと! アンタのおかげで最速レコードも叩き出せたし……楽しかった」

「ミズキ様……」

「これからもよろしくね、アアア」

「は、はいっ! ボクこそ、ミズキ様ともう、本当にこれからも――」


 ボクの言葉はキャンセルされた。

 ボクは最後まで言い終えることなく、ミズキ様に抱きつかれた。

 そして、言葉を封じるくちびるの柔らかさで、キスされたのだ。

 周囲のプレイヤーたちから「おおっ!」と歓声があがる。

 甘やかな一瞬のくちづけが終わると、ボクの鼻の頭をでながらミズキ様は笑った。やっぱり、笑顔がとても綺麗だ。

 ボクは幸せの絶頂の中にいた。

 ――この時までは、まだ。


「さて……そろそろ来るころね。ああ、来たわ。アアア、紹介するわね!」


 突然、街の往来が薄闇うすやみに包まれた。

 誰もがざわめく中、陽光が遮られる。

 そして、空を見上げて指差す皆は絶句した。

 ボクも、ミズキ様の胸に顔を抱かれながら言葉を失う。

 そこには、巨大な翼を広げる立派なドラゴンが降りてきていた。


「この子がアタシの本命キャラの最強ドラゴン、バハリヴァファフマットよ」

「え? バハリヴァ……な、なんです?」

「アタシのドラゴン! アンタの先輩! ほらっ、バハリヴァファフマット! 挨拶して!」


 ドシン! と巨躯きょくを揺るがし、周囲を風圧に巻き込みながら……バハリヴァァファフナントカが降りてきた。ここまで高レベルだともう、神々しい威厳があってボスキャラよりも怖い。翼をたたんでボクを見下ろす姿は、火属性最強の【インフェルノドラゴン】だ。

 彼女は……そう、めすの【インフェルノドラゴン】はびっくりするくらい綺麗な声だった。


「はじめまして、貴方あなたがアアアですのね? 仲良くしましょう、これからずっと」

「あ、はい……えと、よろしくお願いします」

「ふふ、かわいい子……ミズキ様、わたくしはアアアが気に入りましたわ」

「ど、どうも……あのー、ミズキ様?」


 その時だった。

 ボクは再び、あの見慣れたミズキ様の顔に再会した。

 すごーい悪い顔で、さらりとミズキ様は悪巧わるだくみをボクへとささやく。


「アアア! アンタ、バハリヴァファフマットと。卵をバンバン産ませるの!」

「……ほへ?」

「アタシ、次は最強の【コスモドラゴン】を育てることにしたわ。だから、アアア! バハリヴァファフマットにガンガン卵産ませて! 大丈夫、ちゃんと厳選げんせんして吟味ぎんみして――」

「え、えと、ミズキ様?」

「まずはステータス最高個体の幼生ようせいを、そうね……ランダム最終進化のこともあるから、20匹は欲しいわ。あとは――」


 一瞬、何を言ってるのか理解できなかった。

 周囲のプレイヤーたちも、感動の再会から一変してドン引きしている。

 そして、ボクは首の後をバハリヴァファフマットに甘噛あまがみされて吊るされた。


「そういうことなんですのよ、アアア……さ、わたくしと一緒に営巣えいそうしましょう。元気な卵、たっくさん産ませてくださいまし。ふふふ、とても楽しみ」

「ま、待って! ちょっと、ミズキ様!」

「二匹で最強の家庭を築きますの……わたくし、全力全開で愛し合いたいですわ」

「ちょっ……ミズキさm――!?」


 キャンセルされた。

 バハリヴァファフマットはボクを口にくわえたまま、大空えと舞い上がる。

 ミズキ様は、ドラゴン譲渡じょうとの契約処理をさっさと終えて、ギルドの仲間となにかを話している。その姿が、どんどん遠くなってゆく。

 ボクの冒険は終わった。

 そして、未知なる大冒険が今から始まろうとしているのだった。






・総プレイ時間〈727:17:49〉……She is Hi-Player!!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ゲーマーズ・廃!~効率厨の異世界攻略~ ながやん @nagamono

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ