最終話「そしてボクは伝s――(キャンセルされました)」
――8時間48分14秒。
ボクとミズキ様が打ち立てた、MMORPG『ドラグメイト・オンライン』の最速クリアタイム。以前の記録を30分以上更新した動画は、あっという間に何百万回も再生された。
そして、ボクは……あれから、ミズキ様に会えていない。
「どしたー? 元気ないなあ、アアア。ほら、【マイティ・パンプキン】でもお食べ」
ああ、おいひい……こんな高級食材、初めて食べる。
でも、この人はミズキ様じゃない。
ミズキ様はこの人へとボクを渡して、どこかへ行ってしまった。
ゲームの処理的に新しいご主人様へと
「ねえねえ、ちょっと! あの【アーマードラゴン】、動画のやつじゃない?」
「そうだよ、ほら! なんか、ラスボスに向かってブン投げられてたやつ!」
「あれねー、どうなの? バグってるんだよね?」
「裏技、なのかなあ? それがさあ、あの話には
往来を行き交うプレイヤーたちが、ボクを指差しては笑いながら通り過ぎる。
ボクは新しいご主人様のアイテムショップ前で、まるで客寄せパンダだ。
あの日、ボクとミズキ様が魔王【ヴァイスダーク】を倒した一撃……それは、間違いなくバグだと思う。一時的に全装備が解除された状態のミズキ様が、武器の再装備を選択した時……
ダメージの表示エフェクトがバグって、数字じゃない文字列になっていた。
だが、それは別のプレイヤーたちが試してみても、全く再現性が実証できなかった。まず、【ヴァイスダーク】に全裸で挑む人なんて今までいなかった。そして、動画を真似て装備を外した人たちは皆、『連れてるドラゴンを装備する』なんて裏技を再現できなかったんだ。
「はあ……ミズキ様、今頃どうしてるんだろ」
「ん? はは、アアアはミズキに会いたいのかい?」
「あ、ご主人様、それはですね……す、すみません」
「いいんだよ、別に。さ、これも食べなさい」
新しいご主人様は、とても優しくていい人だ。
ボクの話も聞いてくれるし、美味しいものも食べさせてくれる。戦闘に出ることは少ないけど、こうしてボクとのんびりアイテムの売買をしているんだ。
このままボクは、ぼんやりと新しいご主人様と暮らしていくんだろうな。
それも悪くないな……と、そう思ってたんだけど。
なにやら広場の方が騒がしい。
そして、プレイヤーたちの声が徐々に近付いてくる。
「おい、見ろよ! ギルド【
「武器も防具も一流よ、凄いわね」
「このサーバでも最強の
顔をあげたボクは、見た。
勇者が集うゲームの中で、一番の勇者。
勇者の中の勇者……そんな風格の少女は、ボクの前まで来て立ち止まった。
まばたきを繰り返すボクの横で、ご主人様は立ち上がる。
「待たせたわね。どう? アタシのアアアは」
「やあ、ギルマス。お疲れ様。随分遅かったじゃないか」
「しょうがないでしょう? あのあと、地獄の三連勤で会社に
「わー、ブラック……さ、アアア。お迎えが来たよ」
え? お迎え? っていうか、この声。
目の前の女神様みたいな人は、ボクに優しく
その大きな
そう、この人は――
「迎えに来たわよ、アアア!」
「……ミズキ様?」
「そうよ、こっちが本命キャラ、普段使ってる
「ミズキ様! え、どうして? だってボク、今のご主人様に」
「ええ。アアアのこと、気に入っちゃったから……本命キャラの方に移動させようと思って。それで、一回ギルドの仲間にアンタを預けたの」
ボクは思わず、その場で立ち上がってしまった。
そんなボクを見上げて、はにかむミズキ様が
夢みたいだ……捨てられてなんかいなかった。
むしろ、これからも一緒にいるために、ボクを別のアカウントに移そうとしてくれていたんだ。あの裸のミズキ様はもういないけど、ボクはずっとミズキ様のドラゴンなんだ!
「それでね、アアア」
「はいっ!」
「アアア、その、あ、うん……あっ、あああ! あっ……」
「……ミズキ様?」
「あっ、あああ……あああ」
もじもじ視線を
何度も、何度も呼んでは
でも、ミズキ様は真っ直ぐボクを見詰めて言ってくれたんだ。
「あっ、あああ……ありがと! アンタのおかげで最速レコードも叩き出せたし……楽しかった」
「ミズキ様……」
「これからもよろしくね、アアア」
「は、はいっ! ボクこそ、ミズキ様ともう、本当にこれからも――」
ボクの言葉はキャンセルされた。
ボクは最後まで言い終えることなく、ミズキ様に抱きつかれた。
そして、言葉を封じる
周囲のプレイヤーたちから「おおっ!」と歓声があがる。
甘やかな一瞬のくちづけが終わると、ボクの鼻の頭を
ボクは幸せの絶頂の中にいた。
――この時までは、まだ。
「さて……そろそろ来るころね。ああ、来たわ。アアア、紹介するわね!」
突然、街の往来が
誰もがざわめく中、陽光が遮られる。
そして、空を見上げて指差す皆は絶句した。
ボクも、ミズキ様の胸に顔を抱かれながら言葉を失う。
そこには、巨大な翼を広げる立派なドラゴンが降りてきていた。
「この子がアタシの本命キャラの最強ドラゴン、バハリヴァファフマットよ」
「え? バハリヴァ……な、なんです?」
「アタシのドラゴン! アンタの先輩! ほらっ、バハリヴァファフマット! 挨拶して!」
ドシン! と
彼女は……そう、
「はじめまして、
「あ、はい……えと、よろしくお願いします」
「ふふ、かわいい子……ミズキ様、わたくしはアアアが気に入りましたわ」
「ど、どうも……あのー、ミズキ様?」
その時だった。
ボクは再び、あの見慣れたミズキ様の顔に再会した。
すごーい悪い顔で、さらりとミズキ様は
「アアア! アンタ、バハリヴァファフマットと子供作りしなさい。卵をバンバン産ませるの!」
「……ほへ?」
「アタシ、次は最強の【コスモドラゴン】を育てることにしたわ。だから、アアア! バハリヴァファフマットにガンガン卵産ませて! 大丈夫、ちゃんと
「え、えと、ミズキ様?」
「まずはステータス最高個体の
一瞬、何を言ってるのか理解できなかった。
周囲のプレイヤーたちも、感動の再会から一変してドン引きしている。
そして、ボクは首の後をバハリヴァファフマットに
「そういうことなんですのよ、アアア……さ、わたくしと一緒に
「ま、待って! ちょっと、ミズキ様!」
「二匹で最強の家庭を築きますの……わたくし、全力全開で愛し合いたいですわ」
「ちょっ……ミズキさm――!?」
キャンセルされた。
バハリヴァファフマットはボクを口に
ミズキ様は、ドラゴン
ボクの冒険は終わった。
そして、未知なる大冒険が今から始まろうとしているのだった。
・総プレイ時間〈727:17:49〉……She is Hi-Player!!
ゲーマーズ・廃!~効率厨の異世界攻略~ ながやん @nagamono
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