第5話「特定条件で装備が外れると――(キャンセルされました)」

 ついにその時は来た。

 【魔宮まきゅうパンデモニウム】の最奥さいおうに今、ゆっくりと巨体が浮かび上がる。闇の玉座ぎょくざから立ち上がった魔王、【ヴァイスダーク】がボクたちを見下ろしていた。

 スキップ不能なデモムービーの中で、【ヴァイスダーク】は真っ赤な口で笑う。

 今、最終決戦の時……だけど、ボクは自信がない。

 でも、ミズキ様ならなんとかしてくれる。

 あるじであるミズキ様にだけは、ボクは絶対の自信があった。

 空気を震わせ、【ヴァイスダーク】が前口上まえこうじょうを高らかにうたう。


「ガッハッh――よく来たな勇者y――我こそは――今こそ決戦の――さあ、全力で――」


 はい、バシバシ飛ばしてます。

 全然メッセージ読んでません、いつも通りスキップしまくりです。

 でも、ミズキ様は【ヴァイスダーク】を見上げてにらみ、背の巨大ないかりを構える。

 防具は頭の【名状めいじょうしがたい冒涜的ぼうとくてきなティアラ】だけ……でも、【ハイレグマイクロビキニ】を脱いだデフォルトのインナー姿は、露出度が下がっている。

 文字通り裸一貫はだかいっかんで、ミズキ様はボクにげきを飛ばした。


「行くぞぉ、アアア! 速攻でブッたたく!」

「は、はいっ! えっと、対策は――」

「うだうだ言うな、戦術は極めてシンプルだっ! お前が守る、アタシがなぐる!」

「わ、わかりまs――」


 言うことは言って、こっちの言葉はキャンセルする。

 でも、会話が成立してなくてもボクはなにも迷わない。

 怖くないし、不安もない。

 ミズキ様が思う通りに、ボクの全ての力を使うだけだ。

 身構えるボクの横から、ミズキ様が大き過ぎる鉄塊てっかいを引きずり走り出す。

 攻撃力POW瞬発力AGLだけを極限まで高めた、全裸の勇者が絶叫を張り上げた。


「オラオラオラオラ、オラアアアアアアッ! コイツをっ、喰らいやがれえええええ!」


 土煙つちけむりを上げ、最強の鈍器で地面にわだちきざんで。

 ミズキ様はその華奢きゃしゃな細身に倍する鉄槌てっついを振り上げる。

 鈍い衝撃音が響いて、【ヴァイスダーク】がひるんだ。

 ダメージは通ってる、しかも大ダメージ! いける!

 レベル上げをしてる余裕なんてなかったけど、レベルアップの時は常に攻撃力と瞬発力にガン振りしてきたミズキ様。見た目を裏切る腕力が、強力な打撃を可能にしていた。

 だけど――


小癪こしゃくな……骨まで燃え尽きr――地獄の業火よ、我を――ワーッハッハッh――」


 【ヴァイスダーク】の身体が、真っ白な鎧に覆われた。その名の通り白い闇ヴァイスダークと化した魔王が、口から燃えたぎ烈火れっかほとばしらせる。

 回避できずにミズキ様は火だるまになって、転がりながらボクの前に戻ってきた。

 当たり前だけど、知ってたけど……一発でミズキ様のHP表示が真っ赤になる。

 だけど、コゲコゲになりつつミズキ様は叫んだ。


「アアア! 交代だ、時間を稼げ!」

「は、はいっ!」


 ボクはミズキ様に変わって前衛におどり出る。

 たちまち稲妻いなずまがボクを襲った。

 だけど、ボクは【アーマードラゴン】……最終進化形態でも一、ニを争う頑強な身体を持っている。強固な防御力DEFが、【ヴァイスダーク】の攻撃に耐え抜いた。

 白き巨神となった【ヴァイスダーク】は、ボクを睨んでニヤリと口元をゆがめる。

 その間にも、ボクが守るミズキ様は声を張り上げていた。


「モギュモギュ、ゴクン! よし、アアア! ガードに徹しろ! それで、フガフガ、ゴクゴク」

「それで……ミズキ様! なにか作戦を」

「死ぬな! 絶対に死ぬな!」

「はいっ!」


 ミズキ様は回復アイテムを頬張ほおばりガブ飲みしながら、ボクの背中を押してくれる。

 ボクは防御に身を固めて、とにかく【ヴァイスダーク】の攻撃に耐えた。

 凍てつく吹雪の冷凍攻撃を耐え切り、直接浴びせられる乱撃を耐え抜いた。

 そうこうしている間に、ミズキ様はHPを回復させて飛び出す。


「よくやった、アアア! 邪魔だっ、下がってろ! そらぁ、もぉ一発っ、だああああ!」


 再びミズキ様は、両手で武器を振り上げジャンプする。

 【ヴァイスダーク】の顔面へと、古代の民が作りし方舟はこぶねの錨がめりこんだ。


「おのれ、おのぉれええええ! 勇者め、この我に――」

「うっさい! 黙れ! ……だが、このメッセージが出たということは」

「そろそろ本気を出しt――更なる闇に白く染まr――死ね、勇者よ!」

「お前のHPはもう、半分を割っているっ! っ――グハアアアッ!」


 ミズキ様はまた、派手にブッ飛ばされてボクの前に落ちてきた。

 阿吽あうんの呼吸でボクは前衛を交代して、背後で薬瓶くすりびんが開封される音を聴く。

 【ヴァイスダーク】はますます白く輝き、白無垢しろむくの巨大な竜へと姿を変える。

 確か【ヴァイスダーク】の正体は、世界と大自然のために人間の絶滅を決めた神竜しんりゅうだったと思う。だが、そうしたことはミズキ様とボクには関係ない。

 今、こぼれ落ちるときの流れ。

 次の一秒で終わらせるために、今の一秒に全てをける。

 ただ、それだけだ。


「くっそー、減るなあやっぱ。全裸、超痛い!」

「ありったけの全財産で、回復アイテム買っておいて、正解でしs――」

「当たり前だ! アタシの攻撃力から逆算すれば、何発で奴が沈むかわかる。一発当てて、全力で回復……このルーティンだ! わかったな!」


 普通のプレイヤーならば、最終決戦前に武器や防具等を重視する。

 まして、終盤に来て非売品の伝説級装備を売るなど考えもしない。

 ミズキ様は違った。

 武器以外を綺麗さっぱり売り払い、ありったけの回復アイテムをギリギリ限界まで持ち込んだのだ。

 全裸のミズキ様と、フル装備のミズキ様。

 被ダメージは大きく違う。

 だが……

 そして、ミズキ様の代わりにダメージを引き受けるボクがいる。


足掻あがいてくれよる、勇sy――だが、この攻撃に耐えられるk――死ぬg――」


 白亜はくあの巨竜と化した【ヴァイスダーク】の口から、光のブレスが放たれる。

 ボクはそれを受け止め、身をく熱量の中で歯を食いしばった。

 でも、その時……何故なぜかミズキ様が飛び出してきた。

 そして、次の一撃をボクに変わって受け止める。

 受け止めきれずに吹き飛び、後ろ足で立つボクの胸に叩きつけられる。


「ゲファウ! ゲブ……減ったあ! すげえ減った! やべえな、アアア!」

「あ、ああ……ミズキ様! なんで」

「【ヴァイスダーク】は何度も攻略した、だから知っている……奴の思考ルーチンは、極稀ごくまれにドラゴン特効とっこう即死技そくしわざを使ってくるんだよ! 今のがそれだ!」

「そ、そんな……でも、ミズキ様がそれを受けたら」

「竜しか即死せん! けど、ヤバイ、かなあ」


 初めてミズキ様が弱気になった。

 【ヴァイスダーク】が放つ、竜を無条件で即死させる一撃……流石さすがはかつての神竜、原初のドラゴンだけはある。だが、その攻撃はめったに使ってこないらしい。

 ミズキ様はまた、ハズレを引いてしまったのだ。

 でも、知っている……アタリハズレに関係なく、腕と知力で現実を乗り越えてゆく。あらゆる結果を甘受かんじゅし、精査せいさし、最善ベストを尽くす。それがゲーマーなのだ。


「アアア! アタシのミスだ、最後の最後で……不確定要素うんゲーつぶせなかった!」

「そんな……ミズキ様は悪くないです! なにも間違ってない!」

「……アアア。……ん? あれ、ちょっと待て」


 ボクはミズキ様を守ろうと、前に出る。

 だけど、ミズキ様は下がろうとしない。


「ん? これは……どういうことだ! アタシの武器が!」

「あっ、ミズキ様! ほら、あそこ! 【星海神器せいかいじんぎジュデッカアンカー】があんなとこに」

「あークソッ! 操作ミスで装備がはずれたか! アタシらしくも、な、い……? んん?」


 よろよろと立ち上がったミズキ様が、不思議そうに首をひねる。

 満身創痍まんしんそういのミズキ様を守って、ボクはまた【ヴァイスダーク】の攻撃を受け続けた。ボクは【アーマードラゴン】だけど、攻撃力と瞬発力を上げた反動で、防御力はデフォルト値……つまり、もっとも柔らかい【アーマードラゴン】なのだ。

 ミズキ様の計算が狂った今、ボクも限界を迎えつつあった、その時だった。

 突然、背後で不気味な笑いが響く。

 それは、狂喜にも似た高笑いで肩を震わせるミズキ様だった。


「フフ、ハ、ハハハ……アーッハッハッハ! なんだ? これはなんだ、そうか、ハハハ!」

「ミ、ミズキ様!?」

「なんか、そういうことってあるんだなあ? ええ? ……やってみっかよ!」


 ミズキ様は突然、何故なぜか……ボクの尻尾をつかんだ。

 そう、掴んだ。

 それはゲーム処理的にありえないことだけど……


「え、えっ? ミズキ様? なにを!?」

「わからん! わからんが、見付けた以上は試すしかないな! もうそれしかない!」

「これは……あ、あれ? えっと――う、うわああああっ!」

「アアア! やっぱりお前がアタシの、最高のっ、武器だ! ――ねりゃああああああっ!」


 ミズキ様は最後の力を振り絞って、ボクの尻尾を抱えて回転スピンを始める。ボクは目を回す中で、本来ありえない。状況に混乱した。

 だけど、ミズキ様は全力でボクを……高速回転からハンマー投げみたいに投擲とうてきした。


「だらっしゃあああああ! 一発逆転の裏技うらわざっ! そう、これは……!」

「ミズキ様ーっ! え、えと、とりあえず……いってきまーすっ!」


 ボクは全身のうろこ甲殻こうかくを最大限に硬くした。それはもう、オリハルコンもかくやという硬度だ。そして、流星のように飛ぶボクは【ヴァイスダーク】のド真ん中を突き抜ける。

 ありえない高ダメージ……表示された数値がバグっていた。

 そう、

 今までずっと判明していなかったバグがあって、それをミズキ様は見付けた。

 瞬時にそれに賭けた。

 ハズレを引き続けたのに、諦めずに直感を信じたんだ。


「ばっ、馬鹿な……我g――」


 【ヴァイスダーク】の断末魔だんまつまさえキャンセルされる中……ボクは華麗に着地を決めた。

 次の瞬間にはもう、瀕死が嘘のようにミズキ様は走り出している。


「よっしゃ撃破! おい、アアア! さっさと来い! 教会でセーブするぞ! 最速で戻っても5分、それを加味かみしても……世界記録を30分近く更新だ!」

「あっ、待って下さいよぉ、ミズキ様! あの――」

「ははは、早く来い! グズグズするな! ははっ、やった……やったぞ! アタシの……いや、アタシたちの勝利だ!」


 ミズキ様は【ヴァイスダーク】のドロップアイテムも無視して走る。

 ボクはいつも通り、その背をがむしゃらに追いかける。

 こうして、空前絶後の最速クリアタイムが更新された。

 そして……ミズキ様が初めて見せる無邪気な笑顔が、ボクの見た最後になった。






・総プレイ時間〈08:48:14〉……Go Save a Excellent!!

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