第4話「そうだ、チートしよ――(キャンセルされました)」

 あれからすでに二時間……ミズキ様は口数少なげだ。

 ボクを見もしないで、前だけ向いて歩く。

 何かをブツブツ呟きながら、悩むようにうつむいたまま。

 ボクは悲しくて、その背を追いながら進む。

 ミズキ様はあのあともバリバリ攻略し、鮮やかにボスを倒してゆく。全く無駄のない動き、クリアへの最短ルート。でも、ボクは不安で押しつぶされそうだった。


「ミズキ様……あ、あのぉ。さっきのボス戦、ボクの動き……どうでしたか?」


 聞かなくてもわかってるのに、つい言葉を強請ねだってしまう。

 ミズキ様は無言で、最後の街【デスゲート・タウン】に到着した。

 ここより先は魔界、そして魔王の城が待ち受ける。買い物もここが最後だ。


「えと、ミズキ様。ボクにもっと、こうして欲しいとか、こうなら上手うまくいけるとか……そういうのってないんですかあ?」


 もはやメッセージのキャンセルすらしてもらえない。

 そして、やっぱり確信してしまう。

 ミズキ様は、ボクが【アースドラゴン】や【クリスタルドラゴン】、【グラビティドラゴン】になることを期待していたのだ。

 でも、今のボクは【アーマードラゴン】……最終形態だけあって弱くはないけど、パーティプレイでたてを務める、いわゆるタンク職タイプのドラゴンだ。当然、ボスと一騎打ちするようにはできていない。

 ミズキ様は最初にはっきりと、【アーマードラゴン】はハズレだって言った。

 だからだろうか? あれからボス戦のたびにボクは出されたけど、ミズキ様は意味のないドラゴンスキルを使わせたり、ひたすら防御させたり。しまいには、避けられぬボス戦から逃げようとしてみたりした。


「ボク、もうあきれられてるんだ……いらない子に、なっちゃったのかな……」


 悲しくて視界がにじんだ。

 ゆがんで見えるミズキ様の背中は、いつもの裸同然の華奢きゃしゃな肩。そして、背負った武器は【星海神器せいかいじんぎジュデッカアンカー】……太古の昔、星の海を渡る方舟はこぶねについてたという大きないかりだ。さっきの宝箱で拾った最強の打撃武器。まるでミズキ様を押し潰さん勢いで、巨大な鉄塊てっかいはズシリと重そうだ。

 あの大荷物よりも、ボクはお荷物なんだなって思った。

 悲しい……そんな時、ボクは思い出した。


「あっ、あの! ミズキ様! そう言えばボク、思い出しました!」


 急いでミズキ様のとなりに並ぶ。

 最後の街だけあって周囲はプレイヤーたちで混雑していて、沢山の人と竜がボクたちを……とりわけ、半裸の美少女であるミズキ様を振り返った。

 ミズキ様の防具は、ちょっとだけよくなっていた。

 ふざけたきわどさとは裏腹に頑強がんきょうな【ハイレグマイクロビキニ】に、アップリケが可愛い【おばあちゃんの手編てあみミトン】、そして呪いのせいで取れない【名状めいじょうしがたい冒涜的ぼうとくてきなティアラ】……全部宝箱とかで拾ったものばかりだ。

 ボクはミズキ様を横に見下ろしながら、一生懸命に考えをつたえた。


「ミズキ様、ボクッ、ボク聞いたことがあります! 最終進化をやり直す方法!」


 そう、ボクなりに色々聞いているし、情報も集めた。

 ミズキ様は最短ルートであらゆるメッセージを飛ばして進むけど、ボクは周囲のプレイヤーたちのチャットログをチラチラ見てたんだ。

 そして、多くのうわさが一つの真実をかたどる、そう信じれる話をつかんだ。

 みんな言ってた、本当は違うドラゴンがよかったって。

 そんな人たちに出回っていた、ならやり直そうか? って話。

 むしろ、今のドラゴンだって超パワーアップ……そう言ってた。


「えと、凄いアイテムがあるんです! ドラゴンの最終進化をやり直したり……あ、ほら、ボクみたいな【アーマードラゴン】でも、【クリスタルドラゴン】のドラゴンスキルが使えたり、あの【コスモドラゴン】より高いステータスになったりするんです!」


 そうすればきっと、またミズキ様は機嫌を直してくれる。

 ミズキ様の目指す最速攻略だって楽になる。

 ボクはまた、ミズキ様と一緒に戦いたい。

 オラオラァ! ってたけたかぶってる夢中な横顔を見たい。


「ミズキ様、そのアイテムを探しましょう! それは、!」


 ……あれ? アイテム名だから【チート】じゃないのかな?

 ログを辿たどる……あれれ? ゲームの中の固有名じゃないってこと?

 カッコでじられてないのは、なんでかな……そう思っていた時、突然ミズキ様は立ち止まった。街で立ち止まるなんて、買い物の時でもなかったのに。

 首をめぐらせ顔を近付けたボクを、ミズキ様は見上げてくる。

 太陽と月を並べたような、左右異彩オッドアイひとみにボクが映る。

 直後、ボクはほおを思いっきりグーで殴られた。


「痛っ! ミ、ミズキ様? ……やっぱり、ボクじゃ……ボクなんかじゃ駄目――!?」


 メッセージをキャンセルされた。

 ミズキ様は飛びつくように背伸びして、ボクの頭を胸の中に抱きしめる。

 そして、全ドラゴン中最強の硬さを誇るボクのうろこを、今までにない優しさででながらこう言った。


「アタシは急いでいる! 一度しか言わんからよく聞けっ! ……返事!」

「は、はいぃ!」

「いいか、チートっていうのは……cheatチート、つまり『』だ! 卑劣ひれつ卑怯ひきょうな、反則なんだよ!」

「そ、そうだったんだ……え、あ、じゃあ、チートアイテムとか、チートできるアイテムってのは」

「このゲームのデータベースを書き換えるツールがある! 現実世界リアルで! 露天商ろてんしょうやアイテム交換で、そのツールで作った強い武器も出回ってる! でもな、アアア!」


 強く、強く強くミズキ様はボクを抱き締めた。

 自分に言い聞かせるように、人目もはばからず叫んだ。


「ゲーマーは、自分の頭と腕しか頼らない! 紙とペンとか、ゲーム雑誌とかゲーマー仲間とか! そういうのがあれば充分だ! 無敵だ! !」

「ミズキ様……」

「チートなんかじゃな、アアア。世界は救われないんだよ。なにより、ゲーマーが救われない! そんなの、ゲームって言えるか? なあ、アアア!」


 それだけ言って離れると、今更いまさらになってれたのかミズキ様は頬を赤らめた。

 そのまままた歩き出すので、ボクはあわてて追う。


「考え事をずっとしてた。だから、アアア。お前を放置していた。だが、安心しろ! アタシはこのゲーム、『ドラグメイト・オンライン』で伝説を作る女!」

「は、はいっ! ……え?」

「今までの戦闘で、お前の【アーマードラゴン】としての全てを把握はあく掌握しょうあくした! 理解した! 勝てる……フッフッフ、勝てるぞ! アアア!」

「え、えええーっ!?」


 ミズキ様はあれから、ずっと一人で考えてくれていたのだ。ボクに無意味な行動を取らせたのも、無意味に見えて違った……ボクのドラゴンとしての性質を見極みきわめようとしていたんだ。

 ミズキ様はあの傲岸不遜ごうがんふそん極まりない強気な顔で目を輝かせる。


「確かにアアア、お前はハズレだ。アタシは他の三種のドラゴンに関しては、最初から使いこなす自信があった。だがな、アアア……真のゲーマーはいかなる状況においても、ベストを尽くす。ベストを探し、選択して、結果を出す。それが、強さだっ!」

「ミズキ様……ミズキ様ぁ! ふぎゅ!」

「黙れ! 時間がない、行くぞ! あーもぉ、鬱陶うっとうしい! ひっつくな! 歩け!」

「ミズキ様ぁ、ボク、ボク……大好きです、信じていま――」


 ボクの台詞セリフをどんどんキャンセルしつつ、聞きもしない。

 でも、ミズキ様はちゃんとボクのことを考えてくれていた。ボクと今後もクリアを目指すことを模索もさくしてくれていた。だから、もうボクはミズキ様を疑わない。

 ミズキ様を信じること、それがボクの強さだ。

 そう思った、その時だった。

 道具屋に来たミズキ様は、今この瞬間のボクの決意をキャンセルした。


「よしっ、オヤジ! こいつを売るぞ、全部売る! !」


 そう言ってミズキ様は、道具屋の前でなにもかもを脱ぎ出した。装備変更の処理エフェクトがきらめく中で、全く動じず全裸になって……そして、見慣れた無装備状態のインナー姿に変わるミズキ様。その頭部で、禍々まがまがしいティアラだけが光っていた。






・総プレイ時間〈07:39:27〉……No Save a Go Go!!

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