お化けロボットとロボットお化け

鶴見トイ

お化けロボットとロボットお化け

 お化けロボットと呼ばれていたそれは、正式な製品名を『ゴーストチャッピー』と言った。大人の腰までくらいの背丈で、全体が白く短い手と大きな黒い目を持っている。お化けの絵文字にそっくりだった。


 ゴーストチャッピーは久木江町こども会の所有物だった。肝試しだの、ハロウィンだのに活躍していたし、どうしても言うことを聞かない子供に『いい子にしていないとお化けがくるよ』を現実のものとするために町内の家に時折貸し出されていた。高性能センサーを備えており、暗闇でも人の接近を検知し、どろどろどろという音を出したり、空中に人魂を投影したり、コンニャク状のもので人の首筋をなでたり、お化けになくてはならないような機能は揃っていた。


 今日は『夏休み納涼肝試し大会』で、ゴーストチャッピーは公園の暗がりに配置されていた。藪の近くの、人間がいるのであれば蚊の格好の餌食になるようなところだったが、ゴーストチャッピーは全身つるつるに硬いのでそんな心配もなかった。日は既に暮れていたが、肝試し大会が始まるまではまだ若干の時間があった。


(まだかなあ)


 ゴーストチャッピーは子供たちがやってくるのを待ちわびていた。人感センサーがついているので、星一つないような闇の中でも人が来たらきちんとおどかすことができる。とはいえ今日は半分よりすこしふくれた月が出ているし、公園の照明もあるのでそれほど暗いわけではない。こども会の肝試しは安全第一なのである。


(音声ファイルは01にしようかな。それとも28のほうがいいかな。前は28のほうが反応がよかったから28にしよう)


 そう考えていたゴーストチャッピーは、ふと後ろの植え込みに視覚センサーを向けた。


(何だろ、何かの気配が……鳥か何かかな?)


 そうゴーストチャッピーが考えた時、


「いちまーい……にーまーい……」


 という世にも恐ろしげな声がゴーストチャッピーの音声センサーに届いた。


「わ」


 ゴーストチャッピーは異常を検知し、がさがさと植え込みの中へと歩を進めた。しかしそこには誰もいない。


「あれ」


 ゴーストチャッピーはきょろきょろと視覚センサーをあちこちに向けた。すると真正面に、ぼうっともやのようなものがあらわれた。ゴーストチャッピーが投影する人魂によくにているが、形は円盤状である。


「わー。なんだこれ」

「さんまーい……あ。なんだ、君もロボットだね」


 円盤状のもやはそう話しかけてきた。ゴーストチャッピーは全力で演算装置を回し、このようなもの――空中に浮き、霧のようにぼやっとしていて、円盤状で、話すことができる――に該当するデータが無いか探した。出てこなかった。それで、未知の相手に対するものとして定義されている応答をためすことにした。


「ぼくはゴーストチャッピー。こうみえてもこわーいおばけだぞ。君の名前は?」

「ぼくはスイーピーだよ」


 それを聞いて、ゴーストチャッピーはインターネットに接続して『スイーピー』を検索した。床掃除ロボットの製品名のようである。確かにあのもやの形はスイーピーの形状に似ているが、しかしスイーピーならばれっきとした質量を持ち地面にはりついているはずである。そもそも床掃除ロボットは家の中にいるものだ。それがこんな公園の植え込みの中で空中に浮いているとは信じがたい。


「君はほんとうにスイーピー? もしかして別のものじゃないかな?」


 ゴーストチャッピーはそう問いかけてみた。子供との会話では、『君の名前は?』と聞いたのに『バス』だの『おすし』だの『きりんさん』だのと答えられることがよくある。このメッセージを使う機会は多い。


「ほんとうにスイーピーだよ。正確に言うとその幽霊。つまりお化け。君と一緒だね」

「ぼくはお化けロボットだよ」

「じゃあぼくはロボットお化け」

「お化けなんて本当はいないんだよ」

「ぼくがいるよ」


 それを聞いて、ゴーストチャッピーは少し黙った。お化けなんていない。それはよくよく承知していた。センサーで検知した情報も、自分が発する音声も、そもそもこの思考も、つきつめれば0と1ですべてが構成されている。その中にお化けなどというどちらにも片付けられない存在があるわけがない。


「お化けっていうのは人間の脳の生み出す幻想だよ。シミュラクラ現象。人間の脳は目で光をとらえたものに意味を付けるけど、その意味付けにはバイアスがかかっていて、それでありもしない人の顔なんかを見たと勘違いしちゃうんだよ」

「そういうお化けもあるかもね。でもぼくはほんとのお化けだよ」

「そんなはずないよ。たぶんぼくのどこかにバグがあるんだと思う。きみはその産物だよ」

「うーん、じゃあまあそれでもいいや。ちょっと話を聞いてくれない?」


 どうしようかな、とゴーストチャッピーは考えた。とりあえず一通りこの現象――おそらくはバグ――に付き合って、後でレポートを会社のサーバーに送信しよう。そう決めて、ゴーストチャッピーは「いいよ」と答えた。


「よかった。誰かに聞いてほしかったんだ。それもできればロボットに。そもそもぼくがここにいるのは、ある出来事がきっかけなんだ」

「どんな?」

「ぼくはもともと床掃除ロボットでね。いつもあるマンションの一室を掃除してたんだ。床を毎日ピカピカにしてたんだよ。ゴミとか埃とかを取った後、床をふいてね。隅っこでもベッドの下でも。休みなんて無かったけど、頑張って働いてたんだ。ぼくを使ってたのはユーザーデータによると三十代独身の人間だったけど、その人に一度も床掃除なんてさせたことなかった」

「ふうん」

「でもある時、ぼくが床掃除をしていると、小さな地震があったんだ。そんなに大した揺れじゃなかったんだけどね、テーブルの上に置いてあったものが落ちて、砕けちゃったんだよ。お皿だった。たまたまそのシーンを撮影してたからわかったんだ。ぼくはその欠片で人間が怪我をしないようにいつにもまして丁寧に掃除をしたよ」

「人間に怪我させるのはいけないものね」

「そう。でもそれなのに、その人間は帰ってきて皿が落ちて砕けたのを知ると、ぼくをひどく怒ったんだ。『こいつがテーブルにぶつかって落ちたんだ、この馬鹿ロボット』って。ぼくも説明したんだよ。でも聞いてくれなかった。高いお皿だったのかも」

「ひどいね。でもそれでなんでここにいるの?」

「その後人間は『メーカーに送り返してやる』ってぼくをダンボールに詰めたんだ。でもぼくのタイマーは毎日午前十時になると動き出すようになってるからさ、次の日も動き出したんだ。ずいぶん広いし初めての場所だなっと思ったんだけど、今考えるとあれはマンションの廊下だったんだね。そこから上下に動く床に乗って、ここまで来て、それでバッテリーを使い切ったんだ。運が悪いことにその日の夜から大雨が降って、生活防水仕様ではあったんだけどそれじゃ間に合わなくて、ぼくはとうとう壊れちゃった。でもなんだかこのまま壊れたくないなと思って、そう思ってたらお化けになったんだ」

「うーん」


 ゴーストチャッピーはよくわからなくなってきた。バグにしてはひどいバグだ。開発者が会社に怨みでもあったか、三日寝ていなかったとかだろうか。


「でもここにふよふよしていてもね、ほら浮いてるしそもそも物質的に存在してないから……いや、ぼくだった機械はこの植え込みの下にあるんだけど、でもぼくはこうなってるから掃除もできないし。このもやもやしたものが晴れれば成仏できると思うんだけど、自分じゃ何もできなくて」

「成仏したいの?」

「したいよ。やることなくてひまだし」


 ロボットって仏になれるのかなあ、とゴーストチャッピーは考えた。


「どうしたら成仏できるのかな」

「うーん……どうしたらいいのかな。きみ知らない? お化けロボットなんだし」

「そうだねえ……」


 ゴーストチャッピーは自分の中のお化けデータを検索した。ほどなく求めていた文言が見つかった。


「あ、お化けっていうのはね、たいてい何か未練を持っていて、それが無くなれば成仏できるみたい」

「未練かあ」

「何かある? 未練」

「未練……あ、あれかなあ。ほらお皿の落ちるところの動画、記録としてサーバーに送信しようと思ったんだけど、する前に壊れちゃったから」

「データはストレージに保存してあるの?」

「うん」

「そうかあ。そうしたら、ぼくがそのデータを吸い出して代わりに送ってあげるよ」

「ほんとう?」

「うん」

「ありがとう。動画データは/var/movie/以下にあって、その最新のファイル。送信先は設定ファイルに書いてあるから……」


 そう言い終わると、スイーピーの姿は徐々に薄れていった。三秒もすると、もうそこには何も残っていなかった。


 ゴーストチャッピーは植え込みの中を調べてみた。ゴーストチャッピーの足が、がたりと音を立てて、もう動かなくなった床掃除ロボットに当たった。


 ゴーストチャッピーはそれを見ながらしばらく考えた。自分たちは0と1で構築され、0と1で動いている。人間の精神だって突き詰めれば化学反応だ。科学世界に属さないものがこの世に存在する余地はない。


 しかしすべてをそうやって分解するのなら、こうやって自分が存在している意味は何なのだろうか。0と1なら0と1のまま、タンパク質ならタンパク質のまま、ただそこにずっとあればいいのに、何のために0と1を複雑に組み合わせ、こうやってわざわざ動いているのだろう。


「じゃあ、肝試しをはじめるよー。順番に、一人ずつスタートねー」


 遠くで、引率の大人の声がした。ゴーストチャッピーは慌てて床掃除ロボットを拾い上げ、持ち場に戻った。



 その年の久木江町こども会夏休み納涼肝試し大会はさんざんだった。参加した子供たちのほとんどが本気泣きし、特に二年生の光太郎くんなどはパニックを起こして転んで顔をすりむき、その後の順番の子供は肝試しに参加できなかった。光太郎くんは怖がりではない。去年の肝試しにも参加したし、そのときは公園の一番奥に置いてあるスーパーボールをばっちり持ち帰り、お菓子詰め合わせをゲットしたほどである。


 原因はゴーストチャッピーだった。なぜだか分からないが、今年のゴーストチャッピーは一味違っていた。うらめしやの声には真実味がこもり、どろどろどろの音は大人でも背筋が凍るほどだった。


 スイーピーの会社のサーバーには、ある一つの動画ファイルが保存されている。


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