たまのぶサイコガン
@korotoro
真夜中のコンサータ・サイコガン
トン、トン、トン、トン。
23時半。薄汚れた雑居ビルの外階段を、俺は均一なスピードで登っていた。
今日の昼間のコンビニバイトの最中の一コマを頭の中で反芻する。ああたまのぶさん、だめですよー、こないだもいったじゃないですかー、あっすみません、すみません、本当にすみません。
トン、トン、トン、トン。
ああ俺は本当に、本当に駄目な奴だ、どうしようもない。そう今も、足音を立てる間隔すら神経質に均一を心掛けているにも関わらず、俺は複雑な世の中にうまく溶け込むこともできず、ちょっとした時間つぶしのコンビニバイトすら満足にこなせなかった。
トン、トン。
最上階の13階まで階段を登りきった突き当たりの右側には簡単な柵があり、俺は薄汚れたその柵を無理やりに押し開けてその先の空間に身体をねじ入れる。
囲いがされた寒々しい屋上にはエアコンの室外機が並べられ、鈍重な貯水タンクがぼんやりとそびえ立っていた。
風がひゅう、と吹き、どこから白いポリ袋がひらひらと舞うように夜闇に飛んで行った。
俺はスマートフォンの地図を頼りに眼下の街並みから目的のビルを見つけ出す。ここから南東、5階、南側から2番目の窓。真夜中だというのにこうこうと明かりがつくそのビルの窓を見つめ、俺は静かに一度合掌した。
薄汚れたファンシーな猫柄のポーチを背中のデイパックから取り出す。いつだったか結婚していた時、妻だった女にもらったものだ。大切な商売道具を頻繁にあっさりと無くす俺に呆れ果て、女が当時の住処の近所の百円ショップで買ってきて寄越したのを覚えている。その顔ももう思い出せない、ましてあの家があった場所すら、放浪してきたいくつもの町の風景に埋もれてしまった。
ポーチを開け、シートからバファリンよりも一回り大きい黒い錠剤を一つ取り出す。ためらいなく口に放り込み、水もなしにごくりと喉を鳴らして即座に飲み下す。
瞬間胃がカッと熱くなり、右腕の肘のあたりに尋常でない熱が溜まる。視界が一瞬ゆらめき、急激にクリアになった。
南東、5階、南側から2番目の窓。
南東、5階、南側から2番目の窓。
南東、5階、南側から2番目の窓。
ぶつぶつと繰り返し、意識を集中させて右腕を掲げる。スコープのようにゆがんだ視界の向こう、髭を生やした初老の男がニタリと笑うのが見えた。
ジジ・・・ズガーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーン
右腕の中指の先からうねる炎の熱線が放たれる。遠く、目標の窓が割れ、男の頭部が吹き飛び、部屋が炎に巻かれた。
炎の揺らめきを視界にとらえたきっかり5秒後、俺の意識はプツンと途切れる。
俺の能力は、コンサータ・サイコガン。
薬を服用して右腕を掲げれば、100m先の目標でも一瞬で正確無比に焼き尽くすことができる。10秒間しか使えない能力だ。
昼間はまったくうだつの上がらない俺だが、こうして目標を焼き切るときだけは獰猛な肉食獣のように生の実感を得ることができた。
ここでの仕事は終わった。また、次の町に行こう。
雑居ビルの屋上に仰向けに寝転がったまま朝を迎えた俺の目蓋を、容赦ない朝日がいつも通り照らしていた。
たまのぶサイコガン @korotoro
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。たまのぶサイコガンの最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
関連小説
ネクスト掲載小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます