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「どうぞ、お茶でよかったかしら」

「すみません、いただきます」

「……まだね、実感がわかないの。あの子、旅行が好きだからよく家を空けてたのよ。だからね、今も帰ってくるんじゃないかって」

「そう、なんですね」

 ボクも、また金曜になればサエちゃんに会える気がしている。でもそれはボクの希望で、会えないことをわかっているから、あの道を避けてしまう。

 「犯人がね、昨日捕まったの。別の事故を起こして捕まったところ、紗衣の事故とも関連性があるってわかってね」

「別の事故?」

 それはサエちゃんの事故を踏み躙ったということだ。腹の底が熱い。

 どうしてそんなことができるのか、理解に苦しむ。

「ええ。そちらは大きな怪我はなかったみたいだけれどね。……毎日呪っていたわ。同じ目に遭えばいいと思っていた。紗衣みたいに苦しんで死ねばいいって。

でも、不思議ね。死んでから初めて、昨夜夢に紗衣が現れたのよ。犯人が捕まったからかしらね」

 お母さんの視線が、写真のサエちゃんへと移る。

「……夢でね、死んだときに着てたワンピース――誕生日にあげたワンピースだったのよ。それを着てね、私に花をくれて、笑ってた。とても温かい、眩しいくらい明るいところで、花がたくさん咲いてたわ。紗衣、ちゃんと天国に往けたのかしら」

 お母さんの頬を涙が伝っていく。

 サエちゃんが必死に帰る場所を思い出したかった理由は、

「きっと恨みでいっぱいになってた私を心配して、慰めに来てくれたのね」

「……ボクもそう思います」

「ありがとう」

 サエちゃんは本当に家族が好きだったんだろう。記憶を失くしても、ワンピースを見つめていたのを思い出す。

 犯人はとても許せるものではないけれど、復讐をしたところでサエちゃんは喜ばない気がする。

 サエちゃんは往くことを選んだ。きっと、怒りや恨みも全部抱え込んだままだったはずだ。それでも、新しく生まれ変わるために往ったのだ。

「長々とお邪魔しました」

「お会いできてよかったわ」

 お暇すると、街は温かいオレンジへと染まっていた。

 もうすぐ家々に、街灯に、明かりが点る。

 ――ありがとう。

 朝焼けと一緒に消えた、彼女の声が蘇った。

 この数日間の奇跡を、ボクは大切に覚えていようと思う。

「ボクこそ、ありがとう」

 空に小さく呟いた声がサエちゃんに届くことを祈って、ボクは家路を急いだ。






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*Light 美澄 そら @sora_msm

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