*8
「どうぞ、お茶でよかったかしら」
「すみません、いただきます」
「……まだね、実感がわかないの。あの子、旅行が好きだからよく家を空けてたのよ。だからね、今も帰ってくるんじゃないかって」
「そう、なんですね」
ボクも、また金曜になればサエちゃんに会える気がしている。でもそれはボクの希望で、会えないことをわかっているから、あの道を避けてしまう。
「犯人がね、昨日捕まったの。別の事故を起こして捕まったところ、紗衣の事故とも関連性があるってわかってね」
「別の事故?」
それはサエちゃんの事故を踏み躙ったということだ。腹の底が熱い。
どうしてそんなことができるのか、理解に苦しむ。
「ええ。そちらは大きな怪我はなかったみたいだけれどね。……毎日呪っていたわ。同じ目に遭えばいいと思っていた。紗衣みたいに苦しんで死ねばいいって。
でも、不思議ね。死んでから初めて、昨夜夢に紗衣が現れたのよ。犯人が捕まったからかしらね」
お母さんの視線が、写真のサエちゃんへと移る。
「……夢でね、死んだときに着てたワンピース――誕生日にあげたワンピースだったのよ。それを着てね、私に花をくれて、笑ってた。とても温かい、眩しいくらい明るいところで、花がたくさん咲いてたわ。紗衣、ちゃんと天国に往けたのかしら」
お母さんの頬を涙が伝っていく。
サエちゃんが必死に帰る場所を思い出したかった理由は、
「きっと恨みでいっぱいになってた私を心配して、慰めに来てくれたのね」
「……ボクもそう思います」
「ありがとう」
サエちゃんは本当に家族が好きだったんだろう。記憶を失くしても、ワンピースを見つめていたのを思い出す。
犯人はとても許せるものではないけれど、復讐をしたところでサエちゃんは喜ばない気がする。
サエちゃんは往くことを選んだ。きっと、怒りや恨みも全部抱え込んだままだったはずだ。それでも、新しく生まれ変わるために往ったのだ。
「長々とお邪魔しました」
「お会いできてよかったわ」
お暇すると、街は温かいオレンジへと染まっていた。
もうすぐ家々に、街灯に、明かりが点る。
――ありがとう。
朝焼けと一緒に消えた、彼女の声が蘇った。
この数日間の奇跡を、ボクは大切に覚えていようと思う。
「ボクこそ、ありがとう」
空に小さく呟いた声がサエちゃんに届くことを祈って、ボクは家路を急いだ。
*Light 美澄 そら @sora_msm
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます