第05話:魔王レムオンゴーザ

「おっす! 今日もいい天気だぜ」

「おはようございます。今日もいい天気ですよ」


 そういって俺の家を訪ねてきたのは袴田と春穂だ。俺はふたりと一緒に学校へと向かう。

 あの日、ルルカはシノル村の村民たちを蘇らせた。異世界の袴田が蘇ったことで、こちらの世界の袴田も蘇った……というよりも死んだこと自体が無かったことになっているようだった。

 どういう理屈なのかはよく解らなかったが、ルルカがいうには「お主らの世界では人間が蘇ることなど受け入れられんことなのじゃろう。じゃから、辻褄のあう様に世界が改変されたのじゃな」ということらしい。とにかく袴田が生きてくれていて良かった。


「ところで晶と春穂ちゃんっていつの間にそんなに仲良くなったんだ?」


 ふと袴田が口にした疑問。確かに袴田が生きたままなら俺は春穂とここまで仲良くならなかったかもしれない。きっと改変された世界で俺と春穂が仲良くなるイベントがあったのだとは思うけれど、改変前の記憶しか持たない俺には判らない。

 助けを求めるように春穂に視線を送るが、彼女はにっこりと笑うだけだった。



   ▼△▼



 誰も死なず誰も殺さない、ただ平穏な学校での生活を終えて帰り支度をしていると春穂からメールが届いた。


 ――話をしたいことがあります。体育館の裏で待っています。


 体育館裏につくと、春穂はたたずんでいた。


「晶先輩って、好きな人いるんですか?」


 その言葉が何を意味しているか判らないほど俺は鈍感じゃなかった。

 春穂は黙ってしまった俺をみて少しだけ悲しそうな顔をした後、ぽつりぽつりと言葉を発する。


「私、異世界の記憶があるんです。でも晶先輩みたいな異世界転移者ではないですし、村長みたいに異世界転生者でもありません。異世界に生きるハルホと私は今も同時に存在していて、記憶を共有しているんです。異世界記憶共有者とでも言えば良いんでしょうか」


 ……なるほど。だから異世界でハルホが襲われたとき、春穂が俺に電話をかけることができたのか。


「私は先輩が何度も私を助けてくれたことを知っています。ゴブリン、ナンパしてくる怖い男の人、村長。みんな怖かったけど晶先輩がいてくれたから助かったんです。晶先輩はすごく強い人です」


 そこで言葉を一区切りした後、春穂が俺の目を真っすぐに見つめた。


「でも同時にとても危うい人だということも知っています。袴田先輩を失った時、こちら世界でもあちらの世界でも晶先輩が壊れそうになっているのを見ていました。だから晶先輩が私を助けてくれるように、私が晶先輩を守らなくちゃいけないって思ったんです。……私、晶先輩のためなら何でもできます」


 春穂の目が涙で滲む。それでも彼女は涙をぬぐって言葉を続ける。


「……シノル村で一緒に暮らしませんか? 何もない村ですけど食べ物だけは美味しいんですよ。ハカマンディーヌさんもいますし、きっと楽しいです。平凡な村ですけど、普通に恋をして、結婚して、子供を作って、幸せな人生を送ることができます。魔王を復活させに行くより断然いい人生です。ですから、晶先輩――」

「無理だよ。俺には好きな人がいるから」


 俺は答えた。できるだけ冷静に。できるだけ無慈悲に。

 春穂が潤んだ瞳で俺を見つめる。


「……晶先輩の好きな人って誰なんですか?」

「幼馴染の澪だよ」

「その人、知っています。お墓参りしていた人ですよね? 死んだ人を好きでいつづけるなんて止めてください!」


 声を荒げる春穂。俺のことを想って怒ってくれているのだと判った。


「でも袴田みたいに生き返るかもしれないだろ」

「袴田先輩は特別です! でも澪さんは違います! 対の者ペアが何処にいるかもわからないのに――」


 そこで春穂は気付いたらしい。俺の旅の目的に。

 澪は普通の女の子だ。意地っ張りで、泣き虫で、甘いものが大好きで、優しくて、一緒にいると俺すらも優しい気持ちになれるだけの普通の女の子。普通じゃないところを強いてあげるなら――。


「澪の対の者ペアは、魔王レムオンゴーザなんだよ」


 魔王レムオンゴーザを蘇らせれば、対の者ペアである澪も生き返る。そうすれば、こんなに意味のない世界が終わるんだ。



   ▼△▼



 さて、ミツヒは今頃あの娘と上手くやっておるじゃろうか?

 背後で人の起き上がる気配がした。ミツヒが起きたのじゃろうか? ……いや、異世界者であるミツヒの意識はすでに離れておるのじゃから、今はミツヒと呼ぶべきではないか。


「……女神ルルカ、ここは? 僕はどのくらい眠ってたんだい?」


 その問いに対してワシが答える。


「そんなに眠ってたんだね……。まったく厄介な呪いだよ」


 呪い……? あぁ、そんな設定じゃったか。


「だけど、こんなところでゆっくりしている訳にはいかないよ。はやく悪の使者を見つけだして魔王復活を阻止しないと」

「お主にやれるのか? 奴は手強いぞ。何せ固有技能ユニークスキルの使い手じゃし、お主のことを心底憎んでおるゆえ、どんな手段を使ってくるか判らんからのう」

「大丈夫。正義の名のもとに悪は栄えないよ」


 やれやれ、本当に大丈夫なんじゃろうか? ワシは心配でたまらんぞ。


「それじゃ行こう、女神ルルカよ!」


 差し伸べられた手を握り返しながら考える。お主とミツヒ。最後に勝つのはいったいどちらなのじゃろうな?

 せいぜい頑張っておくれよ。魔王討伐を成し遂げた勇者、エスティアスよ。

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