第04話:小鬼使い

 異世界転生を終えた俺たちを迎えたのは燃え盛るシノル村だった。あちこちに村人だった物が転がっている。


「ふむ、これはゴブリンの親玉の仕業じゃの」


 落ち着いて答えるルルカに苛立ちを感じるが、今は食ってかかる余裕はなかった。早くハルホを探さないと。

 当てもなく走り出そうとする俺をルルカが制する。


「お主はこの死体の山をみて何も気づかんのか?」


 そう言われて見上げた死体の山には見覚えがあった。正確には殺害方法に見覚えがあった。それは俺がゴブリンどもに対して行った殺害方法にそっくりだった。


意趣返いしゅがえしじゃな。お主のやりかたを良く真似ておる。……ならば、お主が最後に行った殺害方法はなんじゃ?」


 最後の殺し方。高い所にゴブリンの死体を吊るして、それを見たゴブリンの反応を見ながら……。

 考えがまとまるよりも先に俺の身体は駆け出した。目指すはこの村で一番高い建物。リントの家だ。

 目的地までは数十秒とかからなかった。けれど、それでも遅すぎた。

 リントの家の脇にある貯蔵庫らしき建物。その天辺からハルホが吊るされていた。

 声が出ない。身体にも力が入らない。両手に持ったナイフを取り落としそうになって取っ手を握り直す。気持ちを落ち着けようと呼吸を繰り返すが上手くいかない。あぁ、クソ。ゴブリンの親玉は今の俺をみてあざ笑っているに違いない。


「しっかりせい! あの娘はまだ生きておるぞ!」


 背後からルルカの声が聞こえた。

 俺は急いでハルホを観察する。確かに彼女の呼吸に合わせて体が微かに上下していた。


「……良かった」


 思わず声が漏れ出る。その声は、豪快で、けれど品の良い笑い声にかき消された。笑い声の主はリントだ。


「いや、良いものを見せていただきました。まさかミツヒ殿ほどの達人が人の生き死にを見間違えるとは」


 俺は急いで戦闘態勢をとる。彼の発する殺気がそうさせた。


「ほほぅ、貴様が黒幕じゃったか」

「はい、その通りです」


 悪びれた素振りも見せずにリントが答える。それが俺の神経を逆なでする。


「なぜ村の人々を殺した?」


 怒りを押し殺しながら問いかけると、リントは「そんなどうでも良いことを聞きたいのですか?」と呆れた顔をする。


「まぁ、良いでしょう。教えて差しあげます。ミツヒ殿、貴方の真似をしたのですよ」


 ……俺の真似?


「貴方の行った虐殺はとても素晴らしいと思います。跡地を見るだけで畏怖の念すら抱きました。ですから私もゴブリンを統べる者として貴方の真似をすることにしたのです。この町の有様を見た者たちが、恐れ、おののき、ゴブリンの名とその恐怖を世界へと広めるようにね」


 その行いにとても満足したようにリントがにこにこと笑った。「狂っておるのう」とルルカが呟く。


「そんなことのために殺したのか。みんな、オマエをしたっていたんだぞ!」

「そんなに怒らないでください。自分を慕う人間の群れなんていくらでも代わりは作れるでしょう。貴方になら解りますよね?」

「……何が言いたい?」


 リントが肩をすくめて首を振る。


「とぼけないでください。貴方だって大した努力もせずに今の力や地位を手に入れたのでしょう? 少し頑張って少し死を感じただけで、アスリートが一生をかけても手が届かないほどの身体能力を身に着けられる。少し格好良い所をみせたり少し落ち込んだところをみせたりするだけで、女性が黄色い声をあげて言い寄りハーレムを形成できる。……これって、貴方や私のような異世界転生者の特権でしょう?」


 おぞましい笑みを浮かべてリントが続ける。


「だから私が次の町へ出向けば、都合よく問題が発生して、都合よく私が解決して、都合よく第2のシノル村が出来上がりますよ」


 ……あー、ダメだコイツ。話にならない。

 俺は2本のナイフを構えなおすと地面を蹴る。


「悪いけど、俺、異世界転移者だから異世界転生者の気持ちは理解できないな」

「それは残念」


 リントへ放った一撃が突如として地中から現れたゴブリンに遮られた。2本目のナイフでゴブリンの心臓を一突きにしてから、再度リントへ攻撃を仕掛ける。

 脇腹に強い衝撃。咄嗟とっさに飛びのいて衝撃を殺す。受け身をとりながら攻撃の主を確認する。それは先ほどナイフを突き立てたゴブリンだった。

 ……不死アンデッドのゴブリン?

 驚いた俺の顔を見て、リントが嬉しそうに笑った。


「忘れないでください。チート使いは貴方だけではないんですよ」


 リントが両手を広げる。


「見せてあげますよ! 私の固有技能ユニークスキル『小鬼使い』ゴブリンテイマーをね!」


 リントの声に呼応して地面から大量のゴブリンが湧き出てくる。中には白骨化したゴブリンも混じっている。


「素晴らしいでしょう、『小鬼使い』ゴブリンテイマーは。私がゴブリンだと認識できれば、使役はもちろん、生み出すことだってできるのですよ。これは君が殺してくれたゴブリンを再利用して生み出したゴブリンゾンビにゴブリンスケルトンです。空にはゴブリンゴーストもいますよ」

「まるで死霊魔術師ネクロマンサーじゃのう」

「私を甘く見ないで欲しいですね」


 その瞬間、空から火球が俺に襲い掛かる。寸でのところでルルカの魔法障壁マジックバリアが防いでくれたが、少しでも遅かったらアウトだったかもしれない。

 空を見上げると頭から尾までで20メートルくらいありそうなドラゴンが羽ばたいていた。


「どうですか? 私の最高傑作ゴブリンレッドドラゴンです!」

「……何でもありかよ」


 このままだと魔王ゴブリンとか機動兵器ゴブリンとか魔法少女ゴブリンとか言い出しかねない。そうなる前に終わらせないと。


「ルルカ、『忘レ者』フォーゲッターを解放するぞ」


 俺が宣言すると、ルルカが「やむを得ないじゃろう」と返した。


「くれぐれも気をつけい。『忘レ者』フォーゲッターは万物のことわりや因果すら捻じ曲げかねんからのう」

「解ってるよ」


 まずはドラゴンから倒すか。

 ナイフを2本とも投げ捨てた俺を見て、リントが不思議そうな顔をした。


「おや、降参ですか?」

「違う。あんなドデカいドラゴン相手だとナイフの刃渡りじゃ表皮しか傷つけられないだろ」

「武器もなしでゴブリンたちを倒せるとでも思っているんですか?」

「思ってるさ」


 俺は『忘レ者』フォーゲッターを全力で発動する。周囲が俺から発せられる闇色の光に照らされた。

 次の瞬間、揚力を失ったドラゴンがこちらへ向かって落下してくる。


「なっ!? 貴方、何をしたんですか?」


 リントの問いには答えず、俺はドラゴンの落下に備える。

 衝撃をまとって地面に激突したドラゴンの頭部に飛び乗ると、俺はドラゴンに手を触れて『忘レ者』フォーゲッターを連続発動する。

 サバイバルナイフを召喚するように、俺の自宅に存在するものを召喚する。空気と、都市ガスと、電気を、ドラゴンの脳内に。

 召喚が終わった途端に、ドラゴンの頭部内から破裂音が響き、ドラゴンの眼球が勢いよく飛び出す。……思ってた以上に威力だ。


「まだ終わりではありませんよ!」


 『小鬼使い』ゴブリンテイマーをリントが発動すると、倒したばかりのドラゴンがゆっくりと起き上がろうとする。どうやらゴブリンレッドドラゴンゾンビとか言い出すつもりらしい。けれど、そんなことは想定済みだ。俺は再度『忘レ者』フォーゲッターを全力で発動すると、闇色の光に包まれてドラゴンもゴブリンたちも動きを止めて崩れ落ちた。

 俺は一息つくとリントへと向き直る。


「あとはオマエだけだ」


 『忘レ者』フォーゲッターで何処かに置き忘れたサバイバルナイフを召喚すると、その切っ先をリントへと向ける。彼は畏怖の混じった声をあげる。


「な……何ですか、その能力は?」

『忘レ者』フォーゲッター。忘れ物を召喚できるスキルさ。定期券を家に忘れた時とか便利だな」


 俺が忘れ物だと認識できるものなんてたかが知れている。けれど自宅にある物なら異世界転移時にあちらの世界に忘れてきてしまったと認識することが出来る。


「そんな能力で何故ゴブリンレッドドラゴンを墜とせるのだ!? なぜゴブリンゾンビどもを土に返せるのだ!?」

「俺が忘れ物だと認識さえできれば、誰のどんな忘れ物だろうが召喚できるんだよ」


 それは俺の常識を押し付けるスキルと言ったほうが解りやすいかもしれない。


「力学上、あんな体じゃドラゴンは空を飛ぶことができない。だから、飛べないことを忘れて飛んでるドラゴンに、飛べないという常識を召喚した。アンデッドのやつらも一緒さ。死んだら動けないってことを忘れていたから、動けないっていう常識を召喚した」

「……そんな能力、チートじゃないですか」

「オマエに言われたくねえよ」


 リントの能力だって使い方次第では手が付けられない。ミツヒはゴブリンだ、なんてリントが認識しでもしたら途端に俺はやつの手下に成り下がってしまう。まぁ、そう認識できたらの話だけれど。


「安心しろよ。俺が異世界転移者である以上、異世界転生者のオマエも俺の常識の範疇はんちゅうだ。『忘レ者』フォーゲッターじゃアンタを殺せない」


 俺はナイフを握る手に力を込める。


「だから、アンタは俺の手で殺す」


 全速力で村長の懐へ飛び込むと勢いのままにリントの顔面をぶん殴る。手ごたえはあった。しかし威力を殺されたのが判る。さすがは異世界転生者。けれど1撃で解かった。俺の方が数段強い。

 リントが回し蹴りを放つ。それは速く鋭い。俺は蹴りを避けずに受け止めると、すかさずナイフを突きたてる。リントの顔が苦痛にゆがんだ。もう一方の足を蹴り飛ばしてやると、リントが勢いよく転倒する。そこへ俺は全力でサバイバルナイフを振り下ろした。

 リントの心臓を刺し貫くはずだったナイフは魔法障壁マジックバリアによって妨げられる。


「……なんで邪魔するんだ?」


 背後にいるであろうルルカに俺は問う。


「そやつには利用価値がありそうじゃからのう」


 ルルカの言葉に思わず鼻で笑ってしまう。


「利用価値? こんな雑魚に何の利用価値があるっていうんだよ?」


 食ってかかる俺をなだめるようにルルカが言う。


「魔王レムオンゴーザの復活には、相応の生贄いけにえが必要じゃと言うたじゃろう?」

「……まさかこんな雑魚が魔王復活の生贄になるっていうのか?」

「そんな訳ないじゃろう。魔王復活に釣り合う生贄など、魔王を倒した勇者エスティアスくらいしかおらんわ」

「だったらコイツに何の価値がある!?」


 ルルカが面倒くさそうにため息を吐いた。


「雑魚でもそいつは異世界転生者じゃ。魔王復活の生贄にはならんが、シノル村の村民を生き返らせるくらいの生贄にはなろう」


 ――は?

 俺が驚いて言葉を失っていると、ルルカが当たり前のように言ってのける。


「なんじゃ、お主。魔王を蘇らせようとしているワシが、そこらの人間を蘇らせることができないとでも思っておったのか?」

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