第03話:復讐と代用品
俺は袴田の葬儀に出席した。
ボロボロと泣く春穂。出会ったばかりの袴田のために泣けるのか。優しいんだな。
悪いな、袴田。俺は泣けなかったよ。それどころか悲しむことすらできていない。オマエが死んでから、どうやってゴブリンどもに復讐するかばかり考えてる。
「晶先輩、大丈夫ですか?」
気づくと春穂が心配そうな顔をしながら俺を見上げていた。
「大丈夫だ」
「……そうはとても見えません」
俺はそんなに酷い顔をしているのだろうか。
「晶先輩は、この世界が憎いですか?」
不意に春穂が不思議な質問を投げかけてきた。少しだけ驚いたが、俺は正直に答えることにした。
「ああ、憎いね。俺はこんな世界なんか終わらせたいと考えてる」
「それは袴田先輩を……大切な人を失ったからですか?」
「ああ」
「……私じゃ代わりになれませんか?」
春穂が俺の袖をギュッと掴む。
代わりって、春穂が誰の代わりになるっていうんだ? 袴田? それとも――。
「代わりになんてなれる訳ないだろ」
答えは決まりきっていた。春穂に捕まれた袖を振り払うと急いで自宅へと戻る。
家に着いた俺は早々に異世界へと転移した。
転移が終わった瞬間に目に飛び込んできたのは、袴田の無惨な遺体だった。幾本もの杭を打ち込まれて木の枝から吊り下げられている。
「見せしめ、じゃろうな」
ルルカのつぶやきを無視して、俺はゴブリンの巣に向かう。
巣の入り口には4匹のゴブリン。門番のようだ。俺が
一斉に襲いかかってきたゴブリンを力任せに蹴り飛ばしてやる。……おいおい、勝手に死ぬなよ。俺はまだまだ苦しめ足りていないのに。
巣の奥へと進むと、広い空間が現れた。住居区だろうか。たくさんのゴブリンが生活している。
目についたゴブリンを片っ端から切りつける。雄も雌も子供も年寄りも逃がしはしない。皆殺しだ。
8匹目のゴブリンは首を切り落とした。
34匹目のゴブリンは肺に穴をあけて溺れさせた。
76匹目のゴブリンは生きたまま内臓を引きずり出した。
77匹目のゴブリンは76匹目の腸で首を絞めた。
「それがお主の復讐かの?」
ルルカが冷ややかな目をしながら俺を見ている。けれど今はそんなことを気にするつもりはない。俺はナイフを振るい続けた。
「……まぁ、お主の自由じゃ。気の済むまでやればよかろう。奴隷となっておった人間はワシが救い出しておいたから気にするでない。まぁ、気にしてすらおらんようじゃがな」
132匹目のゴブリンは油をかけて丸焼きにした。
189匹目のゴブリンは頭をすり潰した。
265匹目のゴブリンはくり出した脳を壁に叩き付けた。
294匹目のゴブリンはミンチにした。
それで巣の中にいたゴブリンは終わりだった。でも俺の心は満たされていない。足りない。まだ足りない。そうだ、袴田の復讐だからな。袴田がやられたことをやり返さないと。
比較的に損傷の少ないゴブリンから順に、杭を打ち込んで天井から吊るしていく。
しばらくすると、巣の外にゴブリンたちの気配を感じた。見回りか狩りに出かけていたやつらだろうか。俺はこの状況をみてゴブリンがどのような反応をするのか観察することにした。
1組目のゴブリンたちが帰ってきた。そいつらは巣の惨状を見て、急いで巣から逃げ出そうとした。だから殺した。
2組目のゴブリンたちが帰ってきた。そいつらの中の1匹が吊るされているゴブリンを見て悲しそうに声をあげて膝から崩れ落ちた。でも殺した。
3組目のゴブリンたちが帰ってきた。そいつらの中の1匹が放心して立ち尽くしている。もちろん殺した。
……満たされない。まだ足りない。もっと殺さないと。もっと、もっと、もっと。でないと俺は――。
巣の入口に次の気配を感じた。俺は両手に持ったナイフを強く握りしめると、気配の主に飛びかかる。
「……ミツヒさん?」
振り下ろそうとしたナイフを寸でのところで止める。気配の主はハルホだった。
俺は声を絞り出すようにして問いかける。
「……どうして、こんなところに?」
「ミツヒさんが心配だったからです」
「心配? なんで心配する必要がある? 俺はこの通り無傷だ。心配なんかいらない」
ハルホは静かに首を横にふる。
「心配です。だから私が助けに来たんです」
笑えない冗談だった。
「戦う力を持たないキミがどうやって俺を助けるつもりなんだ?」
ハルホは無言で俺の頭へ両手を伸ばす。温かい手のひらが俺の頭をなで、そのまま彼女の胸へと抱き寄せられた。
「私が泣いたとき、母はいつもこうしてくれました」
心地よいリズムでハルホの鼓動が俺の耳に届く。柔らかい手のひらが何度も俺の髪を撫でる。不思議と気持ちが落ち着いていく。
「復讐してミツヒさんの気は済みましたか?」
しばらく考えてから俺は首を横に振る。今は強がるのを止めることにした。
「人の心は難しいですよね。大切なものを奪われれば復讐したくなっちゃいます。復讐できたとしても失ってしまった大切なものは返ってこないって解ってるのに」
俺を抱く力が少しだけ強くなる。
「だから楽しいことをしましょう? 復讐なんてつまらないこと忘れちゃうくらい楽しいこと。そのためのお手伝いがしたいです。それなら私もミツヒさんを助けられる。ミツヒさんが私を助けてくれたみたいに、私もミツヒさんを助けたいんです」
彼女の優しい声が、疲れ切っていた俺の心に浸透していくのが判る。
「……私じゃ代わりになれませんか?」
それは春穂にも言われた言葉だった。そんなの答えは決まりきっている。
「代わりになんてなれる訳ない」
「……私じゃ魅力不足ですか? ミツヒさんが望むのなら私は――」
「違う。そうじゃない」
俺は頭を抱かれたまま少しだけ顔を上げると、上目で覗き込むように彼女と目を合わせる。
「もうハルホだって俺にとって大切な人なんだ。だから誰かの代わりになんてできない」
彼女は顔を真っ赤にして驚いた。けれど、すぐににんまりと笑い始める。
「……今の、もう一回、言ってください」
「イヤだ」
「イジワルですね」
「……そろそろ放してくれないかな」
「イヤです」
「意地悪だな」
「お互い様ですよ」
▼△▼
シノル村へ戻った俺たちは、リントの家を訪ねてゴブリンを殲滅したことを報告した。
「ご苦労です。ハカマンディーヌ殿のことは残念ですが、これで
「いや、まだ終わりじゃない」
ハルホと襲っていたゴブリンたちと戦った時からずっと感じていた。高いレベルで連携攻撃できるほどに練兵されたゴブリン。コイツらの群れにはゴブリンキングやゴブリンロードのようなリーダーが存在しているはずだと。300匹規模の大型の群れが統率されていたことも推測を裏付けている。けれど俺が殺したゴブリンの中にはリーダーとなる個体は存在しなかった。
「……つまり、まだ親玉が残っているはずじゃと」
ルルカの問いに小さく頷く。リントは腕を組んで大きく息を吐いた。
「では、改めておふたりに依頼しましょう。ゴブリンどもを操っていた黒幕の討伐。引き受けてくれますね?」
「当然だ」
「うむ、速やかに報酬の酒を用意しておくが良い」
俺たちがリントの家を出ると、ルルカが冷ややかな目で俺を見る。
「旅の先を急いでおったお主が、この村には積極的に肩入れするんじゃのう。……いや、肩入れしておるのはあの娘かのう?」
「……どうでも良いだろ、そんなこと」
それから俺たちはシノル村周辺の捜索を始めた。
捜索の成果はなかったけれど、俺の生活には少しだけ変化が生じる。
「おはようございます。今日もいい天気ですよ」
そういって俺の家を訪ねてきたのは春穂だ。袴田の葬儀で俺が冷たい態度をとったにも関わらず、彼女は翌朝から俺の家を訪ねてくるようになった。まるで澪が殺されたときの袴田の様に。
俺は
「あー、悪い。まだ学校行く準備できてないんだ」
「見れば判りますよ」
春穂がくすくすと笑う。そこでやっと俺はパジャマ代わりのジャージを身に着けたまま春穂を出迎えていたことに気づく。
「お邪魔しますね」
靴を脱いた春穂が俺の横を抜けてキッチンの方へ向かう。
「お台所を借りますね。簡単に朝ご飯を作りますから、晶先輩は学校に行く準備をしてください」
顔を洗って着替えを終えた後、春穂が作ってくれた朝食を食べてから家を出た。
俺の隣を歩きながら「朝ご飯、美味しかったですか?」とか「晶先輩は何時に授業終わりますか?」とか「今日はクレープ食べに行きませんか?」とか楽しそうに話す春穂を見ていると、ふと考えてしまう。……俺は何をしているんだろう、と。
彼女と一緒にいるのが嫌な訳じゃない。むしろ楽しくさえ感じる。けれど俺には他にやらなければいけないことがある。だから罪悪感と焦燥感が俺を蝕むんだ。
「……晶先輩?」
不意に春穂が俺の顔を覗き込むように顔を近づけた。
「大丈夫ですか?」
俺は「ああ」と答えると少しだけ笑ってみせる。
結局、その日の放課後は春穂とクレープを食べに行った。
▼△▼
思ってたより遅くなったな。そう考えながら家に帰ると、ルルカがハイボール缶を片手に「おそかったのう」と出迎えた。
ルルカに謝ってから自室に向かおうとすると「話がある」と呼び止められた。
「どうしたんだよ、いったい?」
「お主、自分の目的を忘れてはおらんよな?」
ルルカの言いたいことは明白だった。それは俺自身も感じていたことだから。
「ああ、忘れてないよ。俺は魔王レムオンゴーザを蘇らせるために生きているんだ」
そして、こんな意味のない世界を終わらせるんだ。……意味のない世界? 微かに頭に浮かんだ疑念を振り払う。
「忘れておらぬなら良い。しかし春穂とやらに会うのはもう止めい。辛くなるだけじゃぞ」
「解ってるさ」
「本当に解っておるのか? 魔王レムオンゴーザを蘇らせれば、あちらの世界の人間は駆逐されるじゃろう。さすれば
そんなことは解ってる。解っているはずなのに、ルルカの言葉に俺は少なからずショックを受けた。
「それでも、お主は魔王を復活させる決断ができるのじゃな?」
「俺は……」
言葉に詰まった瞬間、部屋に携帯電話の着信音が鳴り響いた。ディスプレイの表示は春穂。俺はルルカの問いから逃げ出すように電話に出た。
「もしもし――」
「助けてください!」
携帯のスピーカーから聞こえてきたのは、春穂の切羽詰まった声。
「どうした!? 何があった!?」
「お願いします! 助けに来てください!」
「わかった! どこに行けばいい!?」
「シノル村へ――」
通話はそこで切れた。
シノル村……? その名前をなんで春穂が? もしかして今のは春穂じゃなくてハルホだったのか? いや、今はそんなのどっちだって良い。
「ルルカ! 今すぐ俺を異世界転移の準備をしてくれ!」
俺たちは急いで異世界転移する。これ以上、大切な人を失わないために。
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