第02話:対の者

 春穂と出会った日の夜。異世界に戻った俺はルルカと酒場に来ていた。

 俺が春穂とハルホの話をすると、ルルカは神妙な顔をしてジョッキをテーブルに置いた。


「それは間違いなく対の者ペアじゃろうな」


 対の者ペア元のあちら世界とこちら世界には、同じ姿をした人間がいる。知識としては知っていたけれど見たのは初めてだった。


「まぁ、忘れるがよいじゃろう。くれぐれも関わりを持つでないぞ。今後の旅に支障がでるからの」

「……解ってる。でも困ったことになった」

「困ったこととな?」


 俺は頷くと、ルルカの後ろへと視線を向ける。そこには男が立っていた。


「おっす! オマエ、強いんだってな!」


 そう言って屈託なく笑う男は、どこからどう見ても袴田だった。


「まさか、こやつも対の者ペアじゃというのか?」

「あぁ、多分。しかも数少ない友人のひとりだよ」


 俺が顔を引きつらせるのを見て、袴田は楽しそうに笑った。


「何の話だ? 俺も混ぜてくれよ!」


 そう言って近くの席に腰をかけると、袴田は握手を求める。


「俺はハカマンディーヌ・ダングスレイだ! よろしくな!」


 握手に応じると、袴田は掴んだ手を上限に何度も振る。


「それじゃ早速だが俺に力を貸してくれねぇか?」


 相変わらず唐突で遠慮のない奴だ……って、こちらの世界の袴田と話すのは初めてだった。


「旅の先を急いでるんだ。悪いけど力には――」

「なに、大した事じゃない! ゴブリンの巣を叩く手伝いをして欲しいだけだぜ!」

「いや、だから、手伝う気なんか――」

「それじゃ行くか!」


 あー、ダメだコイツ。話にならない。こんなところまで袴田にそっくりだなんて。

 どうすれば袴田を丸め込めるか考えていると、酒場の喧騒けんそうの中に渋く凛とした声が響く。


「私からもお願いさせていただきますよ」


 声の方に振り向くとダンディな老紳士が立っていた。

 周囲の客が老紳士に気づくと途端に全員が立ち上がって喚声かんせいを送る。


「見て! リント村長よ!」

「今日も相変わらずイケメン過ぎるな!」

「キャー! 村長! 抱いてっ!」

「ギブ、ミー、サイン!」


 リントと呼ばれた老紳士は客たちに手を振りながら、くちに人差し指をあてて静かにするようにジェスチャーする。その仕草に何人かの女性がうっとりとしながら倒れ込んでしまう。

 ……なんだ、この状況は。ルルカも異常を察知したのか酒を飲む手を止めて辺りを睨みつけた。


「おかしいのう。何故なにゆえあのような老いぼれが歓声を浴び、サインを求められる? その役目は崇高すうこうな女神であるワシの役目じゃろうが」


 疑問点はそこじゃない。観点がズレている。

 結局、俺はリントがただ単にそういう人物なのだろうとムリヤリ納得することにした。

 リントは俺たちに近づくと「ご一緒してよろしいですか?」と確認してから席に着いた。


「このシノル村の村長をしておりますリントと申します」

「イケメン過ぎる村長として有名なんだぜ!」


 袴田の紹介に相づちを打ってみたものの、俺にはそれほどイケメンには見えなかった。まぁ、異世界のイケメン基準なんて俺には判らないけれど。


「で、その村長とやらがワシらに何の用じゃ?」


 ルルカはいぶかしそうにリントに視線を向ける。そんな視線を気にする様子もなくリントは堂々と答える。


「ハカマンディーヌ殿がお伝えした通り、近隣に巣くっているゴブリンを討伐していただきたいのです」

「断る。ワシらに貴様らを助ける義理はないのう」

「報酬は弾みますよ」

「金などワシらには必要ないわい」

「先程から高級なワインをジョッキでガブガブと飲んでおられるようですが、お支払いは大丈夫でしょうか?」


 リントの発言でルルカが静かになる。ジョッキを傾ける手を休めないままチラリとこちらへ視線を送ってくる。俺が首を横に振ると、ルルカは諦めたようにリントに視線を戻す。


「食い逃げするから大丈夫じゃ」


 それは大丈夫とは言わない。

 食い逃げ宣言したうえで更に追加注文しようとするルルカを見て、リントが豪快に、けれど品良く笑った。


「ルルカ殿はかなりお酒が好きなようですね。それでは報酬に私のワインコレクションから極上の――」

「解ったわい。引き受けるしかなさそうじゃのう」


 食い気味に答えるルルカに呆れてため息が出る。

 結局、俺たちは報酬目当てでゴブリン討伐をする羽目になった。



   ▼△▼



 その日は澪の月命日。雨こそ降っていなかったが、陽は雲に遮られていた。

 墓の掃除をしながら俺は澪に近況を報告する。袴田が小テストで0点をとった話。オーガや死霊魔術師ネクロマンサーを倒した話。袴田がチョコレートと間違えてカレールーを食べた話。袴田の対の者ペアに会ってゴブリン討伐に行くことになった話。


「ホント、嘘みたいな話ばっかりだよな。信じられるか、こんな話?」


 問いかけるけれど、答えは返ってこない。

 俺は何をやっているんだろう。こんなものに話しかけたって澪が聞いてくれる訳じゃない。澪が笑ってくれる訳じゃない。澪のいない世界に意味が見いだせる訳じゃない。


「……澪がいない世界は辛いよ、やっぱり」


 思わずつぶやいてしまった言葉をかき消すように声をあげる。


「そろそろ帰るな。また来るよ」


 俺は澪の墓を後にする。入り口付近にまで来たところで見知った顔を見つけた。袴田と春穂だ。


「おっす! 用事は終わったかよ」

「こんにちは」

「オマエら、こんなところで何してんだよ?」

「いやー、春穂ちゃんに頼まれて晶を待ち伏せしてたんだけどさ」

「袴田先輩! それは言わないでって……」


 袴田は何も気にした様子もなく言葉を続ける。


「まぁ、あれだよ、春穂ちゃんは晶にどうしてもこの間のお礼がしたいらしくてさ」


 この間、ってナンパから助けた時のことか。


「礼なんか気にしなくて良い。どうしてもっていうなら袴田にでも感謝すれば良いだろ」


 あの時、袴田が助けに行かなければ、きっと俺は助けなかった。だから感謝するのなら袴田に感謝するべきだと思う。

 けれど彼女は頭を下げてまで頼み込んできた


「私は他の誰かにじゃなくて晶先輩にお礼がしたいんです」

「春穂ちゃんの奢りで飯を食うくらいだぜ。困ることじゃねえだろ。もちろん俺も一緒に奢ってもらうから心配すんな」


 春穂に続いて袴田までが頭を下げる。

 ふと、澪の墓がある方に視線を向ける。……なぁ、澪。俺、澪のいない世界でこんなことしてて良いのかな? もちろん、答えは返ってこなかった。


「おし! 決まりだ、決まり! さっさと行こうぜ!」


 急に袴田が声をあげたせいで春穂が体をビクリとさせる。

 袴田は俺の肩に手を回すと強引に歩みを始めた。俺にだけ聞こえる声で耳打ちをする。


「あんま難しく考えんなよ。失っちまったもんは戻らねぇ。でも、失っちまったからって代わりになるもんなんか何処にもねえから、それはそれで忘れねえで大切にすりゃ良いんだ。だがよ、それはそれ。これはこれだ。これはこれで楽しんで、大切にしたいと思えるもん増やしていこうぜ」


 袴田の言うことは相変わらず支離滅裂しりめつれつだったけれど、言いたいことは伝わった。


「……袴田のくせに生意気だな」


 俺にはそう返すのが精一杯だった。



   ▼△▼



 家に帰るとルルカがビール缶を片手に「遅かったのう」と俺を出迎えた。


「おまえ、また勝手にウチにあがりこんだのか」

「帰りが遅いミツヒが悪いのじゃろう。それともワシに玄関先で待ちぼうけしろと申すのか?」

「はいはい、俺が悪かったよ」


 ルルカの相手もそこそこに自室へ戻ろうとする俺にルルカが声をかける。


「すぐに異世界転移するかの?」

「シャワーを浴びるから少し待ってくれ」


 俺はシャワーを浴び終えると、ルルカに声をかけてから自室へと戻ってベッドに横たわる。

 ベッド脇に立ったルルカが僕の手を握った。


「それでは、ゆくぞ」


 目を閉じてゆっくりと10を数える。そして次に目を開けた時、そこは異世界だった。

 こちらの世界は未だ太陽が頭上に位置している。元の世界とは1日の周期が異なるようだ。

 異世界の袴田と合流した俺たちは、さっそくゴブリン討伐に向かう。……と言っても、巣の具体的な位置が判っている訳ではないので、見回りのゴブリンたちを見つけては尾行と戦闘を繰り返して、やっとゴブリンの巣へと辿り着いた。すでに太陽が沈む時刻となっていた。


「よっしゃ! 攻めこむぞ!」


 血気にはやる袴田。けれど疲れから動きに精彩が欠けているのが見て取れた。


「いや、今日はここまでだ。突入は明日にしよう」

「場所を特定できただけでも十分な成果じゃろう」


 俺とルルカにいさめられて渋々と同意する袴田だったが、急に眼の色を変えた。

 袴田の視線の先を見る。そこには1人の人間の女性。ゴブリンたちに引きずられて今まさに巣へと連れ込まれている。


「奴隷とするつもりなのじゃろう。まぁ、すぐには殺されんじゃろ」


 その光景を目の当たりにした袴田が飛び出していった。


「助けに行くぜ!」


 あのお節介バカが!

 急いで袴田の後を追おうとするが、突如として視界が暗闇に包まれる。次の瞬間、俺は元の世界でベッドの上に横になっていた。

 転移限界トランスリミットによる強制帰還。最悪のタイミングだ。

 運の悪さに苛立ちを覚えるが、悪態をついている暇なんてない。早く袴田を助けに行かないと。


「ルルカ! どこだ!?」


 家中を探し回ってもルルカは見つからなかった。袴田がゴブリンの巣へ向かってから大分時間が経ってしまっている。

 俺は携帯電話を手に取ると袴田に電話をかけた。しばらくして通話が開始される。しかし、スピーカーから聞こえてくるのは袴田の声ではなかった。


「もしもし、私、救急のものなのですが、この携帯の持ち主の方のご友人ですか?」


 ……あぁ、やっぱり駄目だったのか。


「ご友人が事故に遭われまして、ご家族の方と連絡を取りたいのですが――」


 翌日、袴田が死んだことを知らされた。

 袴田は交通事故によって命を奪われたことになっているらしい。でも本当は違う。袴田はゴブリンに殺されたのだ。

 対の者ペアの片方が死ねば、もう片方も死んでしまう。そう知っていながらも袴田をゴブリン討伐に同行させた俺の落ち度だった。

 また俺は大切な人を失ってしまった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る