あの子のごっこ

九十九

4月―日

…き……で………

言葉にノイズが走る、耳鳴りがする。

屋上、全てが朱に染まる時間。

僕と彼女は向かい合っていた。

思わずフェンスにもたれ掛かる僕。

1歩、確かな足取りで歩み寄る彼女。

え?なんて言った?

そんなありきたりの言葉を返そうとした時だった。

また、逃げるのですか?

そう言われてしまう。

違うんだ、別に僕は……

ただ、今は。

耳鳴りが、酷いんだ。

もう、とっくに気づいているのでしょう?

あなたはそんなに鈍感じゃない。

ううん、たとえ鈍感だったとしても。

気づかないわけないじゃないですか。

頭が、いたい。

こんなやり取りは何回目?

みんな、あなたに言ったのでしょ?

その度に誤魔化して、見ない聞かない、気付かないふり。

もう、いいでしょう?

また1歩、また1歩と僕に歩を進める。

影が濃い。

見たことある。いいや見たことない。

きっと彼女はこう言う。

そしてまた彼女はああ言うのだろう。

知っている、いいや、知りたくない。

いたい、痛いんだ。

見上げれば彼女は僕の目の先。

それも、互いの息が分かるくらいに。

そして彼女が耳元で小さく囁く。

……………………

だから、僕は…………






桜が咲く。

入学式。

人が集まってザワザワと五月蝿い。

新輿が言う。


「これで私もみんなと一緒の学校だね。」

「いや、いいから早く席座りなよ。式が始まっちゃうよ?」


ななせが少し鬱陶しそうに顔を顰めた。

それを無視して新輿は興奮気味に思い出を語っている。

ひと通り話終えると満足したようにドヤ顔をして見せた。

興奮しているせいか、普段よりも妙にテンションが高い。


「そう言えば楓璃ちゃんは?」


ななせが耐えきれずに話題を変える。


「楓璃は―――まだ拗ねてるんじゃないか?」

「あぁ、そういえばそうだったね。」


そんなくだらない話をしている。

新輿もそれに加わる。

時刻は10時になろうとしていた。

もうすぐ、式が始まる。






放課後。

俺たちは今、モノレールに乗って家を目指していた。

式が終わり短いクラスの顔合わせが終わったあと、予定通り、楓璃を交えて俺たちは帰宅しようとしていた。

でも、予定とはいかんせんうまくいかないもので。

楓璃が探検と称し学校や周辺地域を回ったせいでだいぶ帰りが遅くなってしまった。

昼後のあの青空が懐かしい。

いまや世界は紅あかに満たされていた。

そしてこのモノレールの心地よい揺れとちょうどいい倦怠感、3人の会話が眠気を誘っている。

新輿しんごし 梓穂しほ

今、俺の目の前で立っている女の子。

朱色あかいろの瞳に紅味あかみがかった髪。平均的な身長に平均的ではない知能。

いろいろと発展途上なのを気にしており、いまだに牛乳を毎日飲んでいる。

また新輿とは小学生からの付き合いで、もう10年近くの関係になる。

料理が好きでよく試食と称して異次元物質を食べさせられていたが、まともに作れば結構うまいことを最近知った。正直、あれほどの衝撃を俺はいまだに知らない。

ついでに。こいつだけ立っているのはじゃんけんで負けたせいであって、別に俺が甲斐性がないとかじゃない。いや、本当に。

七瀬ななせ 瑞穂みずほ

俺から一番遠く、楓璃の隣に座っている女の子。

ななせは新輿が赤の子というなら青の子。まぁ、別に髪や瞳が青い訳では無いが。

黒い長髪が特徴的な女の子で、楓璃と一緒の幼なじみ。

病弱で気が弱い、はずなんだけども妙に新輿と仲が悪い。

ついでに成績は俺と一緒でよろしくない。

新輿よりも身長が低く対人関係が得意ではないが、本人はさほど気にしていない模様。なお、今朝見たクラス発表では一人だけ違うクラスになってしまい今日は機嫌が悪い。

守宮かみみや 楓璃ふうり

例のごとく幼なじみの女の子。

元気がよくていつも向日葵を想起させられるこいつは、今、俺の隣に座っている。

髪は染めていてちょっと癖っ毛で少しだけ自虐的な人。

何にでもひたむきで頑張り屋。

そしていつもつけているヒヨコの髪飾りがトレードマークだ。

不意に新輿が同意を求めてくる。

――あぁ、何を話してたんだっけ?

そうだ、今月末に――

――あぁ、眠い。

寝てしまおうか。

いや、でも。

ううん。

どうせたいした話してないんだ。

それならば、そう。

寝てしまってもいいよな。

――――――

――――――

――――――

眠気に負けてすぐのことだった。

「―――ねぇ、これ。」

軽く揺さぶられ、何かを握らされる。

楓璃やななせはこちらに気付かず未だに話を続けている。

何だか彼女達の声がやけに遠く感じられた。

新輿が耳元で囁く。

――――――――――。

ノイズが走る。

同時に耳鳴りも。

あぁ、赤い。

紅い世界。

紅くて、朱い。

ここもきっとこれまでか。

そんな悠長なことを考えていた。

意識が遠のく心地よい微睡み。

そしてそれに敢えて抵抗する苦痛と快楽。

新輿が優しく微笑む。

それに応えて俺も微笑む。

今、新輿と目が合った。

なにかを言いたそうに口を動かす。

その音は内に秘め、意味だけを伝える。

外を覗けば崩壊を始める世界。

淡い水色と赤が飽和している。

その中に蛍を見た。

ただただうえに。

単調にふわふわと上る無数の淡い光。

4月の始まり、僕の―――――が終わった

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あの子のごっこ 九十九 @tukumon-

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