クロスカウンター

左手の疼きを頼りに後宮をさ迷う。


「ここか」

ひときわ目立つ扉の前には、兵士が2人立っていた。


「誰だ! ここは立ち入り禁止だ」

怒鳴る兵士に、私は左手をかざす。


「悪いが通させてもらうよ」

ぽっかりと開いた私の手のひらの中央へ、なにかが吸い込まれてゆく。


倒れ込んだ兵士を確認して、私は手の穴を塞ぎ、扉を開けた。


「まだ加減が良く理解できていないが……

――大丈夫だな。気を失っているだけだ」


「面白い魔術ね。800年生きてきたけど、そんなの見るの初めてだわ」


栗色のショートカットに、活発そうな顔立ちの美少女がこちらに向かって歩いてくる。

顔も背格好も例のヒロインそっくりだが……


「それではあまりにも違い過ぎるだろう!」

私は思わず驚愕の声を出してしまった。


「なんのことかしら?」

腕を組んで首を傾げると、さらにそれが強調される。

こちらに歩いて来た時から、タッフンタッフンと揺れてたから、今更だが。


「お前、そんな巨乳をぶら下げておいて…… 

影武者の方はチッパイだったじゃないか!」


「乙女ゲーのヒロインが巨乳だったらおかしいでよ。

それに、この胸はあたしのアイデンティティなの。

どんな姿に化けても、これだけは譲れないのよ」


この世界の違和感は、前々から鼻についていたが。

――もうこれは、決定打だな。


「こんな茶番は、とっとと終わらせよう」

私が左手をかざすと、彼女は嬉しそうに笑って。


「シナリオより少し早いけど、これで最終決戦ね。

まあ、寝てるのにも飽きてきてたところだから、お相手してあげましょう!」


そして、私の後ろに目をやり。

「ゲームクリアに、先にチェックをかけたのは……

悪役令嬢パーティーのようね」


――さらに嬉しそうに微笑んだ。



◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇



あたしがおっさんに追い付いたら、そこはもう戦場だった。

姫様の姿をした魔王が、魔法をガンガン放っていたけど……


――おっさんは、それを楽々と左手で吸収していた。


「なにそれ? 反則じゃない!」

魔王が叫ぶ。


「異世界…… いや、並行宇宙に移転できるのであれば、ワームホールがあることは間違いないと踏んでいた。

ならば、まだ地球で観測できていない『負のエネルギー』が、存在しているのも事実だ。

これは、その原理をもとに作製した小ブラックホールだよ」


あたしの後ろで、クマのぬいぐるみがワイルド系イケメン男に変わって、驚嘆を漏らす。

「あの野郎、あんな小さなヒントで『龍穴』を築いたのか?」


もやもやとした黒い霧が形を成して、以前召喚した下級悪魔に変わり、さらに変化して妖艶な男になった。


「龍穴? ああ、お前ら『龍族』はそう言っていたな。

万物の最後の行き先…… 我らは『地獄の門』と呼ぶが」


「龍穴でも、地獄の門でもどっちでもいいよ。

早くあの男を助けないと!

魔王が放つ魔法は、どれもこの世界を破壊しかねない大魔法だ」


そう叫んだのは大きな白い狼から人の形になった、良く森で出会う少年だった。


「あなた達は?」

あたしの質問に、ディグリルが答える。


「この方たちは、お嬢様をお助けするために集まってくれました。

龍王テュポーン様と、堕天使の統率者サタン様、狼神フェンリル様です」


ズラリと並ぶイケメンの肩書に、おっさんの言葉が脳裏をよぎる。


「着替えとお風呂と木登りね……

そ、それより! おっさんを助けなきゃ!」

あたしが叫んだら。


「必要か? あれ」

べあちゃんの声に振り返る。


「はっはっは! 口ほどにも無い」


崩れ落ちる魔王を、余裕の態度でおっさんが見下ろしていた。

――あれじゃあ、どっちが悪か分かんない。


「こうなったら、人質になってもらうわ!」


そのスピードに、周りのイケメンどもは反応できなかったみたいだけど。

あたしをつかもうと伸ばした魔王の手に、無意識でパンチが出た。


「見事なクロス・カウンターだ!」


おっさんの喜ぶ声に、ダウンした魔王がぽそりと呟いた。

「なにこれ? 乙女ゲーじゃなかったの…… 格ゲーじゃん、これじゃ……」




「謎解き編は必要かね?」

おっさんは意識を失った魔王の胸をプニプニ揉みながら、あたしに聞いてきた。


「おっぱいに興味はなかったんじゃないの?」

「知的好奇心と言うやつさ」

「まあ、いいわ。謎解きってやつがあるなら教えて。

あたしも今ひとつ腑に落ちてないから」


なんだか、この状況は理解に苦しむところが多い。


「2ヶ月ちょっとこの世界を行き来したが……

しっかりとした世界観と、間に合わせ的な設定が同居している。

つまり、異世界としてのリアリティーとゲームとしての曖昧さだ。

だがゲームの世界に転生など、理論的に有り得ん。

そんな電脳世界は、地球のIT技術ではまだまだ先の話だ。

ならここが並行宇宙……

異世界だとしたら、ゲームシナリオ自体が存在することがおかしい」


おっさんが魔王のおっぱいをのぞき込もうとしたから、後ろから殴っておいた。


「それで、その違和感の正体ってなに?」


「私のところに変な依頼が来てね……

『異世界管理警察』を名乗ってるんだが。

今回の茶番劇を仕組んだのはそこか、さらに上位組織があるのなら、そいつらだろう。この世界の王国同士のいざこざに紛れてゲームを作成し、地球でそれをばらまいて人材を集める。

――ポンコツも私もその実験対象だと仮定すると、辻褄が合う」


「じゃあ、あたし達はなにかに操られてただけ?」


「そうなるな。

そしてお前は勘違いしてるようだが、科学的に考えて、転生なども有り得ん。

あるとしたら、ワームホールを利用した『移転』と、魔力を利用した『記憶の改ざん』だ。

数か月前に自分が転生者だと気付いたと言っていたが……

その頃に、移転して記憶を改ざんされたのではないか?」


「証拠は?」


「そんなものは簡単だ。

私のように現実に戻って、またここに来ればいい。

王国の危機も、公爵家の没落も回避できたし。

この状況なら、あの王子が泣きついてくるのも目に見えている。

――もっとも、よりを戻す気があるかどうかは、別の話だが」


おっさんは、そう言って楽しそうに笑った。


「戻れるの?」

あたしがあっけに取られてると。


「入口があれば、出口もある」

おっさんは右手を広げ。白く光る石をあたしに差し出した。


「こっちはホワイトホールだ。それを利用すればいつでも戻れる。

使い方は…… セバスチャンに説明しておいた。

――理論に興味があれば、ちゃんと補習を受けに来い」


そしてあたしの本名を呟いく。


「入学してすぐ病欠したバカな生徒でも、半年程度のブランクなら、補習と今後の履修しだいでちゃんと卒業できるのが、今の大学だ」


「そんな……」


「ポンコツのバイタリティなら可能だ。

地球でもこの異世界でも、ちゃんと幸せをつかめばいい。

真に生きあがくなら、相手が魔王だろうと、異世界を管理する組織だろうと、それが神と呼ばれる存在だろうと。

必ずなんとかなる。

安心しろ! 契約が終わるまでは私もそれを手伝う」


「ねえ、その契約ってなに? あなたはあたしになにを求めてるの?」


おっさんはもう一度クスリと笑うと……


「その問いの答えは、地球で話そう。

どうやら今日は、ここでタイムリミットのようだ」


不思議の国の猫みたいに、笑顔だけ残して消えていった。



◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇



私がコーヒー味の砂糖を摂取し、一息つくと。


「遅れて申し訳ありません」

立花君が研究室の扉を開けた。


「今日は休むと思っていたが…… 仕事熱心で非常に助かる」

「あら先生、どうしてそう思われたんですか?」


私は立花君の左頬のシップを見て、ため息をついた。


「謎解きが必要なほどのことでもないだろう」


かるく微笑んだ彼女に、この2ヶ月間の出来事をまとめた研究リポートの内容を見せる。


――そして私は、ワクワクしながら彼女と話を続けた。


魔法のこと、おっぱいのアイデンティティこと。

休学明けの女子学生の補習プラン。

並行宇宙における神の存在について。



そして、クロスカウンターの避け方についても。

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イケメン変人教授は異世界でポッチャリ悪役令嬢と踊る 木野二九 @tec29

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