そのままでいろ!

ポンコツの付き添いとして、プレデスタ公爵と、ディグリル氏の後に付いて王立学院に入った。式典そのものは既に終了しており、これから来賓を交えた卒業パーティーが行われる。


ひな壇の最奥部に座しているのは、この国の国王『ユーリ・エンドルク三世』

各国の重鎮も参列しており、例の隣国のフランツ王子も貴賓席にいる。


「さて、いよいよ決戦か」


私は辺りを見回しポンコツを確認すると、本物の姫様……

――復活をたくらむ魔王を探しに、パーティー会場の人混みに紛れた。



◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇



式典の最中から、ヒソヒソ声が絶えなかった。


「マリーベル様、ちょっとお痩せになったようだけど…… 以前のようなスマートさはなくなりましたわね」

「メイクや髪型で隠してるつもりかしら? まるで白豚よ」

「エッドランドの王子様との仲も、既に終わってるとか」

「当然よ、いい気味だわ」


女性陣のそんな声に混じって。


「なんかさ、角が取れたって言うか…… 可愛くなってね?」

「見ろよあの胸、すげーな。あんなんだったっけ」


そんな男共の声も聞こえて来る。

――こんなのはただの雑音だ!

あたしは自分自身にそう言い聞かせ、会場へ移動した。


以前なら取り巻きや、エスコートしたがる男性が列をなしていたけど。

――今はたったひとりで歩く。


「真の漢とは、荒野をひとりで行くが如し」

そんな、おっさんの言葉が脳裏をよぎった。


あのね、あたし女なんだけど。

まったく奴はバカなんだか頭が良いんだか、未だに分かんない。



会場に入ると、国王陛下を中心にズラリと国内外の重鎮が貴賓席に並んでいた。

シナリオ通り、女性陣の注目が彼の美貌に引き付けられた後……


「あの、隣にいる美しい男性は誰?」

「大人の魅力と言うのかしら、フランツ王子がかすんで見えるわ」


――おっさんが注目をかっさらった。

確かに、黙ってれば良い男に見えなくもない。


奴はあたしを見つけると目配せするように軽く笑って、貴賓席を離れた。


「マリーベル様の関係者なの?」

「ディグリル様と言い、まだまだマリーベル様の周りには……」

「でも、そんなの時間の問題だわ。噂では……」


おかげで、また変な陰口が増える。


やがてオーケストラの音楽が響き、パーティーが始まり。

あたしはゲームと同じように、ただひとり壁際で佇んでいた。


待ってれば、王子が話しかけてくる。

そして、婚約破棄の言い渡しが始まる。


「壁の花にしておくのはもったいない。

その肉食獣のような目つきは実に好みだ!」

おっさんが手を差し伸べて、うやうやしく頭を下げる。


「バカじゃない?」

あたしが手を握り返すと。


「そんなに緊張してたら、上手く行くものも上手く行かない」

強引に、ホールのど真ん中まで連れ出された。


ヒロインとフランツ王子のダンスに注目していた会場の視線が、あたし達に集まる。


「ちゃんと踊れるの?」

「バカにするな! これでも地元の盆踊りには毎年出ている」


あたしのトレーニングに付き合ってたから知ってるけど、こいつは無駄に運動神経が良い。もたついてたステップを強引にリードしてやったら、すぐにそれっぽく踊りだした。


「ねえ、さっきから男共の視線が胸元に集中するんだけど…… これ、あんたの趣味なの?」

やたら胸の開いたドレスを勧めてきた奴に、嫌味を言ってみる。


「ただの作戦だ、私は胸になど興味がない。

若造は母性と異性の区別がついていないからな。自立できていない男ほど、大きな胸が好きなのだ」


「そう、勉強になったわ。

……じゃあ、あなたは女性のどこに魅力を感じるの?」


「大人になると、趣味趣向は細分化される。

私としては、そのムチムチとした太ももが大変好みだ!」


「そ、それで…… トレーニングウェアがあんなに短いショートパンツだったの?」


「細かい事を気にするな。

だったら、着替えの際はぬいぐるみをクローゼットにでも突っ込んどいた方が良い。風呂に入る時は、悪魔払いの結界が必要だ。それからスカートのまま木に登るのは良くない。下から狼小僧が狙ってるからな」


「なんのことよ」

「分からんか?」


相変わらず意味不明なことばかり言う。


「なら、タオルで汗を拭くと、セバスチャンが必ず後ろに立つのは気付いてたか?」

「ディグリルが? それがどうかしたの?」


「奴はうなじフェチだ」


……なんだろう、軽く男性不審になりそうだ。


「男って最低ね。そんな目でしか女を観れないの?」


そう考えると、やっぱりフランツ王子は素晴らしい。

いつもあたしの笑顔や、仕草を褒めてくれた。


「そうでもないさ。セバスチャンがどうして没落寸前の公爵家にしがみついて、ポンコツを今までサポートしてきたと思う?

あの有能な男は、他家から引く手あまただったのに」


「ディグリルが?」

それは、初耳だ。


「農作物の開拓も、治水工事の改良も、基礎理念はセバスチャンから聞いた。

『お嬢様の意志を完遂したい』とな。

彼はとても有能だから、私がいなくても時間さえあれば成功しただろう。

龍も悪魔も狼も、お前の優しい心と、強い意志にひかれたんじゃないだろうか。

――たとえ悪と言われようと、それが成功していなくても。

生き抜くために全力であがき続ける姿は、人として美しい」


「そんなこと言ったって…… もう、あたしの周りには誰もいないわ」

「さっきも言っただろう、お前の魅力はガキには理解できん」

「――じゃあ、あたし。このままでいいの?」


「そのままでいろ! 実に愉快で、美しい」

あたしが貴賓席に視線を向けると、お父様とディグリルが優しい笑顔をくれた。


「緊張も解れたようなので、私はこれで失礼しよう」

急におっさんがあたしの腰から手を放そうとしたから。


「ねえ、あなたはどうしてあたしを助けてくれるの?」

言えなかった、そんなセリフがこぼれ出てしまった。


「最初に話しただろう。お前との契約だからだ」


契約? あれ以来おっさんはその話をしなかったから、すっかり忘れてた。

いったい彼は、あたしになにを求めるんだろう。


呆然とおっさんを眺めてたら、曲が終わって……

――溢れんばかりの拍手が、あたし達2人に贈られていた。



◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇



おっさんは緊張をほぐすって言ったけど、なんか頭ん中がごちゃごちゃだ。

たしかに緊張はなくなったけど。


「マリーベル、久しぶりだね」

その声に振り返ると、フランツ王子がヒロインを伴ってあたしの側に来ていた。


確か彼は、既にヒロインが影武者だと知ってて、それでも婚約破棄したいと宣言するんだっけ。

まじまじとその男の顔を見て、不思議に思う。


――あたし、なんでこの男が好きだったんだろう?


カッコ良い容姿だけど、おっさんやディグリル程でもない。

貧乏だった自国を、その知恵と努力で豊かにしたのは認める。


けど、悪知恵はおっさんの方が上だし。

ディグリルの方が、努力家だ。


「あなた達、幸せになってね。

あたし忙しいから、ちょっとお暇するわ」


物語では数日後、ヒロインが『大天使』を呼び出し……

――聖剣を得た王子と、聖騎士長と王宮魔導士の助けもあり、復活した魔王を討伐する。


それだと、王都に甚大な被害が出る。おっさんはそれを事前に止める気らしい。


後ろにあらわれたディグリルに話しかける。


「おっさんは?」

「シンイチ様は、魔王を探しに後宮へ向かいました」


あたしには、大天使も聖剣を持った王子も……

聖騎士や魔導士の援助もないけど。


「ディグリル! 急ぐわよ」


そんなこと、もうどうでもいい。

あいつは、そのままのあたしで良いって言った。

なら、失敗したって怖くない。最後まで意地汚く抵抗してやろう。


――それが、悪役令嬢の誇りだ。


後宮へ向かって駆け出すと、ディグリルはなぜか『べあちゃん』を抱えてついてくる。それを追うように、黒いもわっとした影が見えたり、大型四足獣の足音が聞こえたような気がしたけど。



とにかくあたしは……

――あのバカのもとへ、全力で急いだ。

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