落陽
ゆうき さくや
落陽―河上彦斎 追悼小説―
佐々 淳次郎殿
こうして何度もお前に文を出してきたが、たぶんこれが最後になるだろう。
【河上彦斎 追悼小説 『落陽』】
この文は読んだら燃やしてくれ。今まで送った文も燃やせ。お前に迷惑をかけてしまうだろうから。
そして、この文が届く頃には、私は死んでいるだろう。
だから、最期に私の思いをお前に伝えたい。
私は今まで大切な人を三人失った。
宮部鼎蔵、久坂玄瑞、高杉晋作。皆、素晴らしい人たちであった。
それ故に、彼らを失った悲しみは私にとって耐えがたいものであった。
高杉さんを失い、私は願った。
次こそは私が逝きたい、もうこれ以上の失う悲しみを知りたくはない、そう願った。
そして、佐々、お前と共に仕事をすることになった。
信州でのあの夜、お前はいとも簡単に私の弱さを見抜き、私を守りたいと言ったな。
初めてだった、守りたいと言われたのは。
私は誰かを失い孤独になることに怯え、その弱さを隠し、いつも必死に誰かを守ってきた。
だが本当は、誰かが私自身をこの恐怖から守ってくれることを望んでいたんだ。
だから、お前の言葉で私は救われた。嬉しかった。
ありがとう、お前に出会えて良かった。
残される者の悲しみを、私はよく知っている。
それなのに、お前を置いて先に逝く私を、お前を悲しませてしまう私を、どうか許してくれ。
もし、来世というものが本当にあるのならば
私はまた、お前の隣にいたい。共に歩みたい。お前を守り、お前に守られたい。
それが今の私の願いだ。
佐々、本当にありがとう。
また、来世で逢おう。
明治二年 師走三日 河上 彦斎
じわり、じわり。涙の滴が手紙の文字を滲ませた。
こうして手紙を読んでいるのに、この手紙の送り主はもうこの世にはいない。それは、佐々にとって受け止めがたい現実であった。
河上はこの手紙を書いた翌日、政府によって処刑された。先に逝った3人の志士と同様に、彼もまた最期まで尊皇攘夷志士であり続けた。
河上と過ごした日々、思い出、感情、すべてが涙となって佐々から溢れ出た。
「河上……っ、ありがとう、ありがとう……」
落ちてゆく太陽だけが、佐々を優しく包んでいた。
―終―
落陽 ゆうき さくや @SakuyaYuki
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