DEAD END

ヨウゲツ ゾンビ

第一話

 「ねぇ……お、にーさん……わた、しが…ふ……ぇ……しま……す。……だから……」


 頑丈な鋼の扉を開けたら、いきなりそんな言葉が飛んできた。面食らった。

 そこにいたのは、幽霊かと疑ってしまうほど生気の無い女性だった。

 一糸まとわぬ華奢な体には、目を背けたくなるほどの無数の痣があった。

 立派な長髪は白くなっていた。恐らくは拷問の因るものだろう。今となっては元の髪色は想像できない。


「ひ、ひでぇ……」


 俺は反射的にそんな言葉を吐いていた。

 よく見ると彼女の体には白い液体がぶちまけられていた。

 水で溶かした片栗粉、は希望的観測が過ぎるか。

 精液……なのだろうか?

 極め付けに、首には犬がつけるような首輪がついていた。

 人間のすることかよ、これ……。


「おい新入りィ!さぼってんじゃねぇ――」


 いきなり後ろから大声が発せられた。

 ビビった。

 めっちゃビビるからもう少し声小さくしてくれませんかね、隊長。あと俺はさぼっていた訳ではないです!

 そう言おうと振り向いたのだが、隊長は神妙な面持ちになっていたので、さっきの言葉は飲み込んだ。隊長は女性を見て状況を察したのだろう。


 ――隊長とは、俺の所属する部隊の隊長のことだ。そのまんま。容姿はゴリラが人間になったものを想像してもらえれば、わかりやすい。当然彼にも名前はあるのだが、『半人前のやつに俺の名前は呼ばせねェ!』とのことだった。


「……隣の部屋は倉庫だ。そこに衣類があるから、サイズが合いそうなやつを適当に見繕ってこい。あと拭くための布もだ」

「は、はい。隊長はどうするんですか?」

「オレはまだやるべき仕事が残っている。お前はこの女性に服を着せたら、外に連れてって焚き火にあたらせとけ。こんな部屋じゃ可哀想だろ」

「わかりました」


「……外道ドモガ。覚悟シトケ」


 別れ際の隊長の言葉は、小さな声だったが人を殺せそうなほどの怒気が含まれていた。

 正直、俺が殺されるかと思った。



 ――――――



 王国騎士団。俺の所属する組織であり、国の治安維持を任されている。

 当然、そこに所属する人間は犯罪者や犯罪組織と戦うことになり、危険に晒される事となる。

 にも関わらず、志願者が後を絶たないのは治安の悪さが原因だろう。過去に犯罪者や犯罪組織に大切な人を傷つけられた人々は、復讐を誓ったり、これ以上誰も悲しまなくていいように……とかなんとかで騎士団に志願するワケだ。多分。

 隊長もその典型例だろう。


 ……少々投げやりな説明なのは、俺がそんな崇高な使命を抱いて騎士団に志願したわけではないからである。


 俺が騎士団に志願したのは、幼馴染のレンの影響がある。蓮は、ずば抜けた剣の才能を持っていた。

 子供の頃にやったチャンバラごっこでは一度も勝ったことが無かったし、近所のガキと束になってかかっても勝てなかった。

 ヤケクソになってお小遣いで買ったナイフ(結構高かった)で襲いかかっても、奪われた上に峰打ちされて無様に気絶した。

 後になってナイフを返して! と言うと、勝てたらなー、といいながら汚い字でナイフに『レン』と書かれてしまった。ムカついて襲いかかったが結果は言わずもがな。

 剣の道場に二人して通っていた時もそれは変わらなかった。

 どんなにどんなに剣の練習しても勝てなかった。

 絶対、俺の方がいっぱい練習しているのに!


 ――とある日、いつものように蓮に襲いかかっていると、男が蓮に話しかけてきた。

 なんでも、男は騎士団の一員であり、蓮のことをスカウトしたいということだった。蓮はそれを承諾した。

 そして、騎士団の拠点近くに蓮が引っ越しする時、蓮は言った。


「騎士団で待ってるよ」


 色々端折ったがそんな訳で今に至る。

 ……蓮とはこの前、久しぶりに会った。入団祝い、ということで高級そうな店で奢ってもらった。その時に聞いた話だが、蓮は騎士団の中でもエリートである特殊作戦部隊に所属している、とのことだった。

 まだまだ蓮は遠い。


 俺はまだ、下っ端だ。


 閑話休題。


 今回、俺が所属している王国騎士団第5部隊は、人身売買を斡旋する闇ギルドのアジトに突入、無事に制圧した。

 俺は騎士団に入って間もないので、雑用を任されていた。

 そして雑用の仕事の一貫として、制圧したアジトの調査をしていたら、あの女性に遭遇した――という訳である。



 ――――――



「えーと、服と布だっけ」


 倉庫をガサゴソと漁る。

 ……それっぽい衣服と布を探し当てることができた。若干、薄汚れているが彼女には我慢してもらおう。

 後ろではあの女性がただ座っている。歩く気力も残っていないようだった。ここまではおんぶして運んできた。

 倉庫を見渡す。そこには衣服の他に、剣や槍などの武器、干し肉のような食料も置いてある。

 場所を取る邪魔なものは全部ここに放り込んでおく。そんな感じだった。

 必要なものは取ったので、彼女の体を拭いて服を着せた。

 不謹慎な話となるが、興奮はしなかった。彼女の体に起伏があまりないということもあるのだが、体の痣や異臭(おそらく精液……)のせいですべてが台無しになっているのだ。


 そして、彼女をおんぶして倉庫から出ようとしたとき、異変は起こった。

 今までまともな反応のしなかった彼女が、倉庫のある一点を見て声を上げたのだ。


……を返し、て……」


『ソレ』とは、何か。

 彼女が見ているところには、1つの儀礼用の短剣があった。簡素な、必勝祈願のおまじないが描かれた柄と鞘をもつ剣である。

 どこかで見たことがあるような剣だった。けれど、どこだったのか思い出せない。

 短剣を手にとっても思い出せなかった。もう少しで出てきそうなのだが……あと少しが、魚の小骨のように喉の奥に引っかかって出てこない。

 だったらしょうがない、と。

 彼女に渡そうとした時、鞘が短剣からするりと抜けてしまった。

 拾おうと思った。

 けれど、俺はその鞘を拾うことは無かった。

 だって。



 その刀身には、汚い字で『』と書かれてあったから。



 つまり、俺の背中にいる彼女は―――

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