占いが当たらない
近藤近道
占いが当たらない
何年か前に空き地になってからずっとそのままにされているという空き地が、私の通う高校の近くにある。
その空き地の隅で、クラスメイトのイワオが岩を持ち上げていた。
かなり重い岩だ。
イワオは苦しそうな顔をしながらも、持ち上げたまま固まっている。
一体何事なのか。
私はイワオに走り寄った。
イワオは近づく私を見て、まずいといった顔をした。
「なにしてんの」
「静かにしてくれ」
とても小さな声で、早口でイワオは言った。
「なんでさ」
と私は普通の声のまま言う。
「いいから。とにかく」
イワオは岩を持ち続けるのが辛いらしく、一言一言が短い。
怪しく感じた私はイワオの周囲に目を配らせる。
するとイワオの足下に小人を見つけた。
そんなものを見たのは初めてだったが、絵本に出てくるイメージまんまの、真っ赤な服を着た小人だった。
「小人じゃん!」
「大声出すな」
小人は寝ている。
まさか、と私は思った。
「寝ているうちに小人を潰そうとしてたわけ?」
「事情があるんだ」
イワオは否定しなかった。
「事情があってもこんなことしちゃだめでしょうが」
厳しく言う。
イワオは、頼むから静かにしてくれ、と泣きそうな声で言った。
腕が震え、岩の位置が低くなる。
今にも岩を落としそうだ。
「危ない!」
けれど私は小人を救おうと手を伸ばさない。
そうした途端にイワオが限界を迎えてしまいそうだった。
私は小人に起きてもらうために、なるべく大きな声を出して話した。
小人は目を覚ました。
「どうしたんですか?」
「すまない。邪魔が入った」
イワオが小人の質問に答えた。
そうですか、と小人は残念そうな顔をして体を起こす。
「大変だったでしょう、今どきますね」
小人がイワオの傍から離れる。
イワオは岩を落とし、そのまま大きなため息と共にへたり込んだ。
「死ぬかと思ったあ」
「どういうこと?」
「どうでもいいだろ」
イワオは無愛想に答えた。
愛嬌のない、普段のイワオだ。
友達はいないわけじゃないけれど、友達グループの中にいても不機嫌そうな顔をしているようなやつ。
「どうでもよくない」
「いいだろ」
「よくない」
にらみ合いになる。
それを制止するように小人が口を挟んだ。
「私が頼んだんです」
「おい」
「実は私、寝ている時に岩に押し潰されるのが好きなんです」
恥ずかしそうに小人は言った。
「寝ていて全く無防備なところに来る、冷たい激痛。それが快感なのです。だけどこんなこと、誰にも頼めません。せめて岩に挟まって近い気分を味わおうと一人で四苦八苦しているところをイワオさんに見つかりまして」
「それで話を聞いて、手伝ってやってたんだ」
イワオはますます不機嫌そうになっている。
「なんだ、小人を殺そうとしてたわけじゃないのか。なら始めからそう言えばいいのに」
というか、かなりすごい趣味の小人だ。
あまりにも異様で、笑いそうにも引きそうにもなったのに、どちらにもならなかった。
「お前馬鹿かよ。こいつの身になって考えろよ。人に頼めないと思ってたくらいなんだ。そんなのを言いふらすなんて、かわいそうだろ」
「それは、そうだね。ごめん」
謝るけれど、たぶん誠意はこもってなかった。
変な趣味の小人を真面目にかばおうとするなんて、変に優しいやつなんだな、とイワオのことに意識が向いていた。
「俺もこいつの気持ち、よくわかる」
イワオは依然にらむような目で、私から少しも目を離さず喋った。
「俺の家、チワワを飼ってる。俺が飼いたいって、ねだったんだ。だけど俺はこんなんだから、チワワなんて可愛いのを飼ってて溺愛してるなんて知られたら恥ずかしくて死ぬ。だから散歩は親任せで、俺は一度も散歩に連れていったことがないし、どんなに仲がいいやつだって俺の家にあげたことはない」
それと同じことだろ、とイワオは言った。
「誰だって、自分どおりじゃないところがあって、それに縛られているんだ」
「それはよくわかるよ」
私はイワオから視線をそらし、小人を見た。
小人は安心しきった顔でイワオを見上げていた。
たぶん同じような話をして、信頼を得て、それで岩を落とすのを頼まれたのだろう。
そして私も彼を信頼できるという気持ちになっていた。
私は彼が持ち上げていた岩を見た。
かなり重くて、底が平らで、押し潰すにはうってつけの岩だ。
「その岩、私が運んだ。殺したい人がいて。うちの近くの山から毎晩少しずつ、ここまで運んできた」
だからイワオが岩を持ち上げているのを見た時、焦ったのだった。
殺したかったのは、私の一番の友達の元彼だ。
私が一番大切にしている友達は、二股をかけられていた上に酷いことを言われて振られたのだった。
電話越しに彼女が泣くのを、私は一時間ずっと聞いていた。
そして復讐してやろうと思った。
岩で頭をぶん殴って、倒れたところに岩を落として頭をぐちゃぐちゃにしてやるつもりだった。
それが私なりの、今一番大事にしているものに対する愛情表現だったのだ。
毎晩少しずつ岩を移動させて、そのうちに筋肉がついて本当に岩で殴ることもできそうになって、とうとう私はこの空き地まで岩を運んだ。
「だけど私、友達の元彼を殺さなかった。自分が殺人することにびびって、岩をここまで運んだだけなのに、やりきったような気分になってる。友達は今も落ち込んでるのに」
友達を大切に思う私の気持ちは、なにも成し遂げられずにいる。
これから先、私がこの岩で行動を起こすことはないだろうと感じていた。
そして私は友達のためと岩を運んできたこと自体が私らしくない行動だったようにすら感じているのだった。
話し終わると、イワオが岩を指さした。
「なあ、それじゃあその岩、持ち上げられるのか?」
「余裕だよ」
私は運び慣れた岩を持ち上げる。
それを見てイワオが、なんだよ、とのけぞった。
「ならお前の方が適任だな」
「なんの」
「小人を潰すのだよ」
「ええっ」
私は顔をしかめた。
そして小人の方を見る。
「いいの、私で」
「私は潰してもらえるのであれば、どなたでも構いませんが」
「いいのかよ」
「冗談です。あなたもイワオさんと同じくらい信頼できると思ったのです」
「ほらな、決まりだ」
イワオは、パンと手を叩いた。
その音で、イワオだけがこの場から切り離されたように私は感じた。
「ならさ、この岩、あんたの家に運ぼうよ」
私はイワオに言った。
「私は小人を潰しにあんたの家に行く。そしたらついでに、チワワの散歩に一緒に行こうよ。女と一緒ならチワワと散歩してても恥ずかしくないでしょ」
「女連れはそれはそれで照れくさいものがあるんだがな……。でもまあ、そうだな」
イワオはうなずいた。
「散歩したいな」
「なら決まりですね」
小人がにこにこして言った。
「そうだ、俺の母ちゃんに占ってもらえよ。滅多に当たらないって、占い好きの間では評判なんだ。絶対に外れる占いだったらよかったのに、たまに当たってしまうのが玉にキズってな」
イワオは誇らしげに笑った。
確かに今の私たちにはぴったりなプロフィールだった。
誰だって自分どおりじゃないところがあって、綺麗に丸く進んでほしい人生はキズだらけだ。
今だけのことかもしれないけれど、でも今はそのキズが愛おしく感じられた。
素敵だね、と私は返した。
占いが当たらない 近藤近道 @chikamichi
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