日帰りファンタジー!・変身ヒーロー編
赤王五条
電脳拳闘記
現代から遠くない未来か、あるいは別の世界のこと。
そこでは人工知能技術が進み、人間社会にとって安全な自動化社会が到来していた。
設定されたAIによる完全なオートメイション。製造、会計事務、営業、運搬等々は完全に自動化し、人手を必要としなくなった。
つまり、ここに至って、労働者の権利や主張は希薄化した。労働せずとも暮らしていける世の中へと法整備されていく中で、労働の権利を断固として主張する者たちも少なからずいた。
彼らはロボット産業のセキュリティの脆弱さを指摘した。ロボットメカニック知識のある者たちが労働者として専門職として認められているが、そのマンエラーは避けられない、ということだ。
しかし、政権はこれを認めず、彼らに時代遅れの烙印を押した。それからというもの、主張者たちはサイバークラッカーやハッカーと手を組み、サイバーテロリストとなって自動化社会へ反旗を翻した。
この事態に対して、電脳空間を可視化させ、空間内へ人間をデータ化転送させる技術の開発に成功。政府はサイバーポリスを設立し、その技術でもってテロリストに敢然と立ち向かった。またそれは新たな商売のタネでもあった。
民間警備会社の一部はサイバーセキュリティ警備へと鞍替えし、公務員の手の届かないサイバー警備をメシのタネとした。
この物語は、民間サイバー警備に所属するとある女性の戦いの一節である。
可視化された電脳空間で見える物は様々だ。ビルのような市街地があったり、要塞があったり、乱雑にモノが浮かぶ海の中であったり。サイバーテロリストはそれらを何でもかんでも壊す。
目的もまた様々だ。
曰く、AI技術職を他人に奪われた。
曰く、ロボットセキュリティによって入店を拒否された。
曰く、失うものは何もないから。
人工知能が社会を動かす世の中になっていってから、人間社会のモラルは急速に崩れつつある。サイバーテロのデータ破壊行為はその象徴である。
だから【彼女】のような存在も必要になる。
サイバーテロに対する電脳戦士。可視化された電脳空間で、戦うことのできる戦士のことだ。
詳しい技術は省くが、その手法はシンプルだ。プログラム上で安全と認識されるスーツを身に纏い、テロ目標となっている電脳空間に直接乗り込み、尖兵となっている可視化されたウィルスやサイバー攻撃を直接叩くというものだ。
電脳戦士の用いるスーツは使用者によって様々ある。ファンタジーのような
【彼女】は主張する胸部とほっそりとしたスーツが、女性と察せるメタルヒーロー風スーツであった。全身の色が赤黒く、メットの目の部分と思われる箇所は漆黒で、不気味さすら感じられる。
『女のサイバーガードかぁ!』
可視化されたサイバー攻撃主が下卑た声を発する。政府のサイバーポリスでない民間セキュリティ警備はたまにサイバーガードと呼ばれる。プロではないという意味も含む。
攻撃主がそんな声を上げるのは、女性ならば倒した後にお楽しみがあるという、至極当たり前で性犯罪者とそう変わりない発想からである。だからか、可視化ウィルスをファンタジーのモンスターの姿にする攻撃主も多い。
【彼女】のサイバーガード歴は業界ではベテランだ。だがあまり知名度は無い。というのも【彼女】は攻撃主を必ず粉砕し、ブタ箱送りにしてきたからだ。
『遊んでやるよぉ!!』
などとのたまう攻撃主に、【彼女】は手下ウィルスを無視して、真っ向からフックを叩き込んだ。
「下らねぇ妄想してる前に手を出せよ、三下。タマ無し童貞かよテメーは。」
不気味なスーツから漏れた声は、ドスの利いたもの。そう言いながら、攻撃主を左ストレートで顔を砕きながらぶっ飛ばす。
「あたしと遊びたいなら、そのフニャチンをこすりながらお願いしてこいよ!」
とても汚い言葉で言う【彼女】の名は
今年二十一歳の女子大生であり、ヤンキー上がりの元不良少女であった。
「オラオラオラァ!!」
スレンダーな体型に似合わぬ、ハードパンチャー。それが彼女のスタイルだ。別にボクシングをやっていたわけではない。格闘技好きではある。
多少知識があれば、サイバーテロリストはできる。
それと同じように、格闘技知識があれば、手下を無視して本丸を殴りに行けるのだ。
可視化された電脳空間において物理攻撃の痛覚は現実世界よりも増す。この電脳空間の攻防戦では、本来騙し合いや難題の解き合いなどが主流であったが、新輝はパワーだけで何とかしてしまう実力を持っていたのだ。
電脳空間での敗北は、心の敗北である。スーツを丸裸にされたり、精神攻撃による心の折れなどで、勝負は決まる。だから彼女は全部、相手が死にそうになるまで殴って勝ち続けているのである。
「それではお待ちかねの給金だ」
「やたっ!」
つつがなくサイバーテロリストをリタイアさせ、当局に住所を通報した。
ヴェルジェ警備保障はサイバーセキュリティとしては古い方である。固定の営業先にしかサイバーガードを寄越してはいないし、低価格競争の元になる契約金を落とすようなことはしていない。だが、会社としてはまったく問題なく回っている。
とはいえ、サイバーガードが新輝一人しかいないのだが。
彼女が大学生ということもあり、パートタイマーな契約だが、特別待遇で社員扱いになっている。営業を兼務する社長が彼女とそういう契約を十七歳の時に取り交わしたままである。
給料は一回の仕事終わりに現金で手渡されている。その時の新輝は、仕事中の怖さとは真逆の猫なで声を出す。初めての人がいると、端から見て気持ち悪い。オフィスには、新輝の仕事をサポートするマネージャーの男性しかいないので、まったく気にする必要はない。
リアルの新輝はというと、長身の女性だ。脚はすらりと長く、ウェストはほっそりとしている。唯一、女性として自己主張する胸部は膨らみが見えない。見た目は清楚に見える黒髪は肩まで伸びている。昔は金髪に染めていた。切れ長の目つきは、給金取得で緩んでいる。
「とりあえず次の仕事の予定は一週間先までない。飛び込みがあっても、来週初めに分かる。だから今日はお疲れさまだね。」
「はーい、お疲れ様でしたー」
仕事中は口汚いが、リアルの仕事付き合いで当然それが出ることはあまりない。
これでも彼女は大人として振舞っているつもりなのだ。
ホクホクとして上機嫌な表情で、会社のあるビルを出て徒歩で数分、自分が住むマンションに帰宅する。先ほどのマネージャーの奥さんが管理人をしている個人所有マンションであり、そのおかげで家賃を安くしてもらっている。
それに加え、彼女は大学に入ってからの友人とルームシェアをしていた。
「ただいまー。環いるー?」
「おかえり、シンキちゃん!」
ルームシェアしている女性、
だが、新輝としてはただの可愛らしい女性。出迎えてくれた同居人に対して、抱き締めることなど造作もない。そして、環のほうもそれを嫌がらない。同居している、ルームシェアしているなどと言うが、それは結局建前に過ぎない。関係性のそれは、誰が見ても恋人で、同棲していた。
「給料もらったから、明日デート行かない?」
新輝は自分より小柄な彼女の尻を揉むなど、自分と違い肉感的な体に触れる。新輝は特別同性愛者というわけではない。自分の好きな子が、環だっただけのことである。
「もー、シンキちゃんはえっちなんだから。ふふ、久しぶりのお出かけね。」
そして、そんな新輝のことを環は受け入れている。というのも環は、その男の好きそうな体つきで、これまで男性恐怖症の気があった。環の新輝との出会いは、大学構内で男性二人に絡まれて、新輝に助けてもらったということからである。環の目線では、新輝が王子様にしか見えなかったのも、関係性を深くした一因でもある。
この出会いに関して新輝は、教室に入るのに邪魔だったから蹴り倒しただけである。助けてみたら、環が可愛かったというわけだ。
そんなお互いで、約一年ほど普通に付き合い、新輝から環をルームシェアに付き合い、現在に至る。女性同士ではあるが、肉体的な交渉は済ませてしまっている。
この時代、同性愛に関して寛容になりつつある。それもまたAI社会の側面である。機械が労働の根幹になるにあたり、フェミニズムが意味を為さなくなったのが大きな原因であった。機械知識に男女差はつかないこともある。性差別が薄くなったことで、同性同士の恋愛にも寛容になったと言える。
ともかく、新輝は現在では環と暮らす前提で毎日を過ごしていた。サイバーガードの仕事で手に入れた給金は、環とのデート代にほとんど消えていた。
「いやぁ、今日も環のおかげでメシが美味い!」
などとおっさんみたいなことを言う新輝。元ヤンとは思えない。むしろ、だからこそ元ヤンキーなのかもしれないが。
そしておっさんといえば、夜は環に対して男性的なのは言うまでもなく、ここで語るのは憚れるため、割愛することとする。
仲睦まじく、とはいっても客観的には女性二人だけでいるということである。常に手繋ぎだったり、妙に距離が近かったりで、見る人が見れば関係の怪しさを深読みすることはあろうが、通行人はそこまで深入りはしない。
なので、和やかにショッピング。代金はほぼ新輝持ちで、服や下着を買う。身長が一八〇近いバレー選手のような長身の新輝は必然的に男性用が多くなる。環は、新輝が甘々なので、子供っぽい服装はそのままだし、下着は好みのエロいのを付けさせる。これだけ見ると、新輝は性別が女性なだけで、男性よりである。そして、そうした印象は、彼女は否定しない。
ひとしきり買い物を済ませ、昼ご飯の後に映画でも、という感じにチェーン店レストランに入る。食事で見栄を張らずに、さっぱり食えるものを食っておく。新輝の流儀である。
新輝の両親は西欧系の父と日本人の母だ。父の方が会社重役という、本当ならお嬢様なのだが、両親は揃って西欧で仕事をしている。新輝は高校に入るころから、両親の金で一人暮らしを始めており、同時に不良少女生活も始まっている。両親が放任主義だったのも災いしている。
一人暮らしや、徒党の組み方、知恵の付け方を多少なり分かっているため、経済観念でも実はクールなのである。別に高級店を嫌がっているわけではない。彼女なりに時と場合を考えて、食事のグレードやランクはいきなり高めに設定していないのである。
こうした経済観念の目聡さが今回仇になった。
加えて、AI社会で人件費を大きく削り負担が解決されたのはチェーン店のレストランや牛めし店などの外食産業である。調理と接客のほとんどを自動化できたため、それらを操作できる人間一人がいればどうとでもなってしまうからであった。
つまりそれは、サイバーテロの標的になりやすくもあった。
新輝と環の二人が食事し終わり、さぁ会計だという時に、店の制御システムが狂いだす。注文用のタブレットは映像が乱れ、調理担当機が停止して調理中の食物が焦げ臭いにおいを出す等。果ては、食い逃げ防止用の正面自動ドアがロックされてしまう。
「どうしてくれるんだ!? 早くしろ!」
「はやく入り口ぐらい開けなさいよ!」
「すいません!すいません!」
異常が起こってから数分。客たちが騒ぎ出すのは当然だった。その日の店舗管理者は女性で、若かった。恐らくクレーム処理にも慣れていないのだろう。お客様のクレームに追われて、会社連絡もできないように見える。
「このままじゃあお店からも出られないね」
デートに水を差された環がか細く言う。一つ前の客が顔を真っ赤にして文句をがなり立てているのも、彼女の不安さを助長している。恐怖感を隠すために新輝の腕に絡んでくるのが、新輝にとってとんでもなく愛おしく感じさせた。
「うーん」
「シンキちゃん?」
「どうにかできないことない、かな」
新輝には腹案があった。ただそれを実行するとなると、環をもっと不安がらせるのではないかという懸念もあった。
新輝はサイバーガードである。現在のガードには免許制度などはなく、民間が勝手に精神崩壊の危険性もある仕事に参入している。ガードの仕事の遂行は、会社のサポートが必須ということになっているが、それは単独行動ではスーツ稼働時間が三十分を割ってしまうというとんでもない燃費の悪さが原因にある。なので、会社から接続して当該エリアに出撃するのが一般的である。
サイバーポリスに通報しても、組織規模に対してテロ発生件数が追いついていないため、到着にかなり遅れが出る。そのため一般企業としても、泣き寝入りするよりは民間サイバーガードに依頼をするという形になっている。
テロ現場で被害に遭う店舗に遭遇して、仕事を行うガードも昔いたが、サポートを得られないため失敗が続出し、現在はタブーな案件である。
「ただそのために、環を一人にしたくないな」
「シンキちゃん」
客も多くいる中、レジの側で女性同士の抱き合いは、流石に引く。
「私はこれで大丈夫。行ってきて、シンキちゃん!」
「環がそう言うならやってくるわ!」
周囲が、何なのこの二人、という目で見ている中、新輝はスマートフォンでヴェルジェ警備保障に電話する。会社の方で電話に出たのは、あの男性マネージャーである。
「やっほー、休日出勤お疲れ様。ちょっと今、テロ現場に遭遇して入り口もふさがってる状態なんだわ。今から店名伝えるから、向こうさんと話付けておいてくれる?」
『単独侵入かぁ。まぁ、問題はないと思うけど、稼働時間に注意してね。発生から三分以上となると相手方も防衛構築もできているだろうから。』
「りょーかい、りょーかい。じゃあ現場のほうは話付けておくから。」
わざわざ聞こえるように電話連絡し合って、新輝は電話を切る。
「ほい、そんじゃあおねーさん?」
「すいません!もう少々お待ちください!」
新輝は前にいる客を押しのけて、レジにいる女性店員に声を掛ける。彼女は目を真っ赤にしながらなおも謝ってきた。
「いや、そうじゃなくてね。あたしがこの機械トラブルなんとかしてくるわ。だから、ちゃんと上司や会社への連絡お願いね。」
「え!? あのお客様!?」
店員の状況保全能力はほぼ無い。そこに新輝の申し出は面を食らった。新輝は、店員さんの混乱を全無視して、スマホにある番号を打ち込む。
「そいじゃ、行きますか」
《Ready》
スマホからの機械音声が鳴る。これはサイバーガード用のスーツ装着準備の合図である。
その音声からサイバースーツへの装着は一秒で終了する。そのプロセスを一応説明すると、魔法というべきだろう。どこからスーツを出していて、どう装着させているのか、新輝は何度説明されても理解はできなかった。
そして新輝の纏った赤黒いスーツは、このままではただのコスプレである。サイバースーツは電脳空間内でないと性能を発揮できないのだ。
《Access》
持っているスマホをレジに近づけ、電脳空間の可視化と進入路形成を同時に行う。処理にかかる時間は一秒とかからない。
「それじゃあ行ってくるわ」
「いってらっしゃい!」
《Install》
電脳空間に侵入する前に表情は見せらないものの、右手の親指を立てて環に言う新輝。それを環は笑顔で送り出し、機械音声が新輝を電脳空間へとデータ侵入させた。
この時の新輝は視覚的には、電子の網目模様の海に沈んでいく、と表現している。そして気が付けば、電脳空間内の被害エリアにたどり着いている。瞬きする余裕などない。そして、可視化された空間内を把握する前に、新輝はその場の闇に飲まれた。
(罠を張られていた!!)
まったく対処できなかった迂闊さと後悔の念を持ちながら、彼女は罠に飲まれていった。
******
「ヒャハハ! やった!」
サイバーテロリストは哄笑する。
テロする理由は先に述べたように色々ある。このテロリストは店を解雇された恨みからだ。本人が店のAI設定を勝手にアレンジしていったのが主な解雇理由なのだが、それを知る由もない。
電脳空間の可視化による技術の恩恵を受けたのはサイバーセキュリティだけではない。ハッカーやクラッカーもバーチャルリアリティシステムで、直接しかも明瞭に事を為すことができるようになった。そのおかげで、新輝のように直接殴ってくる輩もいるのだが、その彼女はすでに罠にはめた。
このテロリストが作った洗脳催眠空間によってサイバースーツを徐々に剥がされていき、最期は一思いに精神ごと抹殺する流れだ。
「特製の催眠空間だ。効き目はどうかな?」
テロリストはトラップ空間内の映像を出す。
そこは明るい外の風景だ。繁華街を男とデートする可愛らしいワンピース姿の新輝がいる。男は黒髪の若い紳士的な男性だ。
男っぽい新輝がとても女性らしく振舞っている。
「チッ」
自分で作った、理想のデートを再現する夢空間、とはいえ、他人がそれを実行しているのは腹が立つから舌打ちする。相手の男性は、テロリストの理想形だ。寝取られたようなものだ。テロリスト自身男と寝たことはないが。
新輝は充実したデートをし、ホテルの雰囲気のいいレストランで食事をする。その後は、男性が取った部屋で蜜事をする流れだ。
テロリスト、いや彼女は、男性と同じ口の動きで言う。
『僕になら何されてもいいって言えよ』
自分でマネしておいて、耳を真っ赤にして鼻息荒く興奮する。言われたのは自分でないのに。
「バッカじゃないの」
興奮して映像から目を離していた彼女は、映像の中の新輝が冷たい言葉を言い放ったことで我に返った。
シチュエーションは、半裸になった男に殺し文句を言われるシーンだ。ここから身も心も裸にし、侵入者を支配する流れなのだ。
だが、侵入者は、新輝は暴言を放った。
「すこし乗ってあげてたけど、ダメだ。笑えるわ。あと寒気がするわ。臭い。臭すぎる。何、この男? 腕は細いのに体は筋肉質。顔はいかもしれないけど、目が細いのが気持ち悪いわ。自分はスポーツやってましたっていうの?」
彼女がしっかりモデリングした男性の特徴をすべて、侵入者にけなされる。
「極めつけにあのセリフよ。悲劇のヒロイン様気分が抜けてないバカ女の思ってる言われたいセリフってわけ?」
彼女はようやく気付く。特製の洗脳催眠波が通じていない。この茶番劇に、侵入者側の演技で最後まで騙された。
「男なんてものは!」
新輝は目の前の男の顔をアイアンクローで掴む。
「胸と!」
力づくで無理矢理ベッドから引きはがす。
「股間しか見てないのよ!」
引きはがした後で、男の頭を壁に叩きつける。それと共に、トラップ空間は割れた。
******
新輝を引きずり込んだトラップ空間は破壊され、通常の電脳空間へと戻ってくる。彼女が纏う赤黒のサイバースーツは未だに健在だ。可視化された空間は、環と利用したファミレス内部とほぼ同じものである。トラップ空間に引きずり込まれて、戻ってくるまでに五分ほどしか経っていない。あの空間内の出来事は時間間隔を麻痺させていた。それぐらいは新輝に効いていたのだ。
(それ以上にアホなデート設定で演技しなきゃいけなかったのが拷問よ)
新輝は今でこそ環と同棲しているが、特別男が嫌いなわけではない。初体験は普通に済ませているし、その時に特別乱暴されてわけでもない。
「多分、股間に蜘蛛の巣張ってるか、処女かなんだろうけど、自分の理想が他人にも通用するっていうバカさ加減はしっかり矯正しないとね」
「このメス豚がぁぁぁぁぁぁぁ!!」
この世のものとは思えないほどに顔を歪めて激昂した少女が空間内に可視化された。あれが目的のテロリストだろう。
自分の姿を空間内にダウンロードさせるサイバーガードと違い、テロリスト側は都合上アバターの姿を取る。それ故、テロリストの本来の性別や国籍、身分を示すものは普通伺い知りにくい。
しかし今回は、新輝の逆精神攻撃にテロリストは激おこだ。
「お手付きだから偉いってか!? 処女の何が悪いんだよ!!」
ピンクのドレスを着た少女のアバターは見た目にそぐわぬ汚らしい言葉を吐いて、手下を呼び出す。新輝がトラップ空間で見た黒髪の美青年を含め、いずれもハンサムガイな顔をした男たちだ。
「男を知らない女って無条件にイケメンが好きよね。着飾らないし毒のない女がみんな清楚でキレイな女だって思う童貞と同じみたいに。」
新輝だって、自分の顔が美人だと言われたこともある。口説かれたこともある。ただ、大体そういう男たちは、彼女が口を開いたら逃げ出した。
「なめんじゃないっての。恋や愛なんてのは、結局後付けでついて来るのよ。」
かかってくるハンサムガイを殴る。殴る。殊勝にも後ろから捕まえてくる奴は裏拳で弾き飛ばし、時には肘鉄を突き刺す。
手下をすべて地に伏せさせたところで、テロリストアバターは日傘を機関銃にして撃ってきた。
「このタイミングなら!」
ついにテロリスト自身が攻撃してきたが、悲しいかな、戦いの機というものを分かってなかった。撃てるなら、手下もろとも撃てば良かった。それをしなかったのは、手下たちが自分の作り上げた作品だからだろう。作品なら戦わせるなとは思う。そういう矛盾が、このテロリストの甘さであり、程度の低さだ。
「う、嘘でしょ!?」
だから、銃弾のいくつかを掴み取り、指の間に挟んで姿を現した新輝に、そんな声を上げられる。彼女は、テロリストがどんな考えでテロをするかを、あまり理解したことはない。仕事の遂行に邪魔な考えだと思っているわけではない。
単純に自分に関係のない話だからだ。他人に事情はそれぞれある。普通は尊重したり、妥協させたりする。しかし、彼女は尊重しないし、妥協もしない。
自分の気持ちを優先する。ムカつくならぶん殴る。それだけのことだ。
自分が一番可愛い、夢を見ている、という気持ちは少女にはよくあることだ。こじらせて、相応しい王子様を探すことだってよくある。だが、本来の現実を直視できず、半端にチラ見したような理想を掲げて、あまつさえ他人に押し付けるのは我慢ならない。
それは、いつも手が先に出る新輝が半ギレするぐらいのことだ。そう、新輝が本来得意なのは拳ではなく、足だ。長い脚を痛めたくないので、普段拳闘しているだけに過ぎないのだ。
「あ、あぁ」
無言で構えを取る新輝に、女テロリストは迫力を感じ取り、恐慌に陥る。この空間内からの離脱を図ろうとするが、いかなる操作も通じない。可視化された空間内では、まず可視化を解除しなければならない。空間を可視化させているのは、新輝の方なので、彼女を倒さないで離脱するというのは準備無しでは極めて難しい。
つまり、逃走準備もしていない程度の低いテロリストということになる。
「これであんたは見事な悲劇のヒロインよ。モテるかどうかは別としてね。」
新輝はサイバースーツの左脚にエネルギーを集中させる。
「ひゃあああああああ!!」
蹴り倒す前から女テロリストの悲鳴が響き、新輝の左の回し蹴りが、お姫様の顔に炸裂する。アバターを通じて、つながるテロリスト自身のシステムにもダメージが入る。電脳防壁で対策しているならともかく、通常はテロリスト自身のパソコンやサーバーは吹っ飛ぶ。バーチャルリアリティシステムを使っていれば、それが火を噴くこともありうる。つまり、大抵の現実の人間は痛い目を見るということなのだ。
ただどうなるかは、新輝が知ることは無いし、知りようがないし、知ろうとしたこともない。これにて鎮圧完了。侵入してニ十分。十分に余裕を残して任務完了であった。
現実空間に復帰してサイバースーツを解除したらすぐに、環が抱きついて来る。
「おかえりなさい!」
「ん、ただいま」
環の微笑みを見ると、むかむかしていた気持ちがスッと消えた。現金な話だが、その時点でどうでもよくなったのだ。
(あーカワイイなぁ)
流石に人前で女同士のキスを見せるわけにはいかない。それぐらいの常識は持ち合わせている。だから、抱き締め返すだけにする。
そうしていると店の人工知能がゆっくりと再起動し始めた。調理場の方はかなり暴走していたので、これから洗浄や掃除等、復旧することのほうが多いだろう。
どの道、今日の商売はもうできない。店側もこれで一端閉店という扱いで、飲食代を請求してくることはなかった。女性店員は客一人一人に謝り続け、新輝にだけは礼を言った。新輝は彼女に愛想笑いだけして、環と共に退店したのだった。
月曜になって、午前講義だけを済ませて出勤した新輝に、男性マネージャーはネット記事が映ったタブレットを渡してくる。先日の女テロリスト逮捕の記事だが、どうもネットカフェからクラッキングを行ったようで、そのネットカフェで同時にボヤ騒ぎを起こしたようだ。本当にバカな女だったというわけだ。
マスメディアはいたずら気分で、容疑者のプロフィールを暴き立てている。ワイドショーが好みそうだが、新輝には興味のない話だ。
「とりあえず良心的な値段で報酬をもらえたよ。必要なら明細を印刷するが、どうするね?」
そう言われても、サイバーセキュリティの民間警備の相場は知らない。とはいえ、今回のような会社サポート外の仕事はさらに手当が加わることを知っている。
「もちろんもらうわ。こういう時間外出勤は給料もらえても、積極的にしたくないけど。」
「若い時は苦労を買ってでもしろというけど、大体そうだよ」
と、休日出勤を喜んでするマネージャーは言う。なぜ喜んでしているかと言えば、彼はサイバースーツの試作開発を行っているからだ。好きなことを自分のペースでやっているので、彼自身は仕事をしているつもりではないのだ。この会社の実質的な社員は社長と彼の二人だけ。それでも会社という体を為しているのだ。
彼はPCで何か入力して、プリンターを動かす。そして出てきた紙片が、新輝に手渡される。
「今回は特別手当だから、その明細持って社長の所に行きなー」
「はぁい」
新輝は電脳空間で、己の欲を満たそうとするテロリストたちと荒事をする。金が欲しいからではない。名声が欲しいからではない。仕事として、ムカつく奴らを殴れるからやっている。
そこに正義を見出しているわけではない。これは彼女の勝手な理屈だ。その理屈においては、彼女もテロリストもそう変わらないだろう。
でも彼女はムカつく奴をブン殴る。自分勝手に殴る、時々蹴る。相手の事情なんか知らない。それが今、自分自身が信じた道であることを自信を持って歩むのだ。
《Battle End》
日帰りファンタジー!・変身ヒーロー編 赤王五条 @gojo_sekiou
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