第4話ブレインズ
「もしかして、その人も帰ってくれなくなる可能性もあるんじゃないですか?」
質問は続く。
「それは否定しません。ただ、ゲーム内に取り残された人々は帰ってこれなくなったのではなく、自ら残る事を選択したのではないかとも思われています」
「そうなんですか?」
「いえ、これはあくまでもこのゲームに参加した人たちから聞いた意見を元に推測した話です。憶測に過ぎません」
ゆかり先輩のよどみなく受け応えしているが、その表情からは忸怩たる気持ちが伝わって来た。
――先輩ももどかしいんだな――
会議室は今度はどよめきではなく沈黙が支配した。
「外からこのゲーム内にアクセスしてキャラと会話を試みるって言うのは出来ないのですか?」
「それも試みてますが、元々ヘッドギアでの接続しか考えていなかったので相互の情報伝達プロトコルの整合が上手くとれておりません。コマンドベースでの情報のやり取りは可能ですが高度な会話ができない上、サーバーからアクセスが不安定です」
またもや沈黙が会議室を支配した。
その日の会議はこれ以上の進展はなく、担当を決めて散会した。
帰り際に僕はゆかり先輩に声を掛けられた。
「今日はこのまま帰らなくても良いんでしょ?」
「はい」
「じゃあ、付き合って」
僕はゆかり先輩と一緒に、中央合同庁舎を出るとタクシーに乗り、とあるビルの前に着いた。
こぎれいなガラス張りのビルだった。
入り口で簡単なセキュリティチェックを受けると僕達はエレベーターに乗った。
エレベーターは扉が閉まると静かに昇って行った。
エレベータを下りるとそこに1人の男が立っていた。
「安達君、さっきはどうもありがとう」
ゆかり先輩はにこやかに声を掛けた。
「いえ」
そこに立っていたのは先ほどの会議で状況を説明していたマルチマテリアル社の技術責任者の安達だった。
会議室と同じように無表情で返事を返していた。
「それではこちらに」
案内されて入った部屋に入った途端、目に飛び込んできたのは巨大なサーバー群だった。
その奥で一際は目立っていたのが、2台のメインサーバーだった。
「これは、わが社が開発した有機半導体を使用したニューロコンピュータです」
安達が説明する。
「え?有機半導体ってもう実用化していたんですか?」
思わず僕は聞いた。
「はい。ただ、これは弊社が開発した世界で唯一の有機ニューロコンピュータです」
僕は思わずのけ反りそうになった。いや実際少しのけ反っていたかもしれない。
話では聞いた事があったが、まさか実物があるとは思ってもいなかった。
「だからうちが出張って来たのよ。まだ誰も知らないわ。勿論、あの会議でも言わないけどね」
「なるほどねえ……でなけれは消費者庁で担当ですよね」
「そう言う事」
――ほとんど国策絡みの案件っていう訳か――
僕とゆかり先輩の会話に関わらず安達は淡々と説明を続けた。
「それでは……良いですか? 続けて説明しますと演算に関してのスピードと容量は分子コンピュータ並みの速さと並列化を実現しています。また現在サーバーはデュアルコアで位相反転方式の相互チェックを行っております。これによりサーバー内で発生したバグの除去、セキュリティーの保全を実現しております。勿論バックアップもお互いに随時行っており、予備にもう一台稼働してます」
「へ~。どんなレイドを組んでいるのか見たいもんだな……」
と僕はそのサーバーを見上げて感心した。それしかする事が無かった。
「またこの分子あるいはDNAコンピュータともいわれるアルゴリズムを採用する事により、スパイキングニュートラルネットワークの欠点である効率化の低下を防いでいます」
「だから、このシステムを実現するためにゲーム開発企業と運営企業が別なんですね?」
「そうです。このソーマファンタジックシステムズのフルダイブ型VRMMOのアルゴリズムは斬新で革新的です。素晴らしいモノです。しかし既存のコンピューティングシステムでは到底対応できるものではありませんでした……ただ、うちの開発したこのブレインズを除いては」
どうやらこのサーバー群は『ブレインズ』というらしい。
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