第2話統括官篠崎ゆかり
「天田君、久しぶり」
僕は顔を上げてその人を見た。
机に人差し指と中指をつけて上から見下ろすその姿……なんだか見覚えがある。
僕は気がついた。その人は僕の高校時代そして大学でも先輩だった篠崎ゆかりさんだった。
さっき見た時は雰囲気が変わっていたので気が付かなかった。
長くて黒いストレートの髪はボブカットになっており、今はやり手のキャリアウーマンって感じだった。
ま、実際そうなんだろう。
「え?こんなところで会うなんて……ご無沙汰してます」
僕は立ち上がって挨拶しようとしたが、ゆかり先輩に押し止められた。逆に先輩が僕の横の席に座った。
先輩が官僚の道を選んだのは知っていたが、ここで会うとは思ってもいなかった。
「天田君ってゲームオタクだったよね」
「そういう訳でもないですが……何故それを?」
「私はなんでも知っているわ。ついでにアニオタであることも」
とゆかり先輩はニコッと笑った。
この先輩がこんな笑い方をする時はろくなことが無い。
「今回は君に期待しているわ。また後でね」
そう言うと先輩はすっと席を立ち、元いた正面の偉そうな席に座って険しい顔をして書類に目を通した。
微かに浮かんだ眉間の皺も色っぽい。
「それでは定刻となりましたので、今から対策会議を始めさせていただきます。ご出席頂きました皆様におかれましては、本日御多用中のところお集まりいただきまして誠にありがとうございます。今回、司会を務めさせていただきますサイバー社会政策担当参事官の篠崎でございます」
ゆかり先輩は立ち上がって会議の開始を宣言した。
昔からゆかり先輩の声は良く通るスッキリした声だったが、今もそれは健在だ。女性の声なんだが、線が細くはない。はっきりとしたいい声だ。
各省庁から呼ばれて来たであろう役人達の紹介が始まった。
厚生労働省や総務省それに経済産業省とか各省庁からも何人か来ていた。その後は大学の工学部教授、医師と続いた。僕も最後の方で挨拶をさせられた。
それ以外は例のVRMMOを開発したソーマファンタジックシステムズの開発責任者も数名の部下と共に参加していた。もちろんこのゲーム自体を運営しているマルチマテリアル社の技術社員も同席していた。
「お手元にお配りした資料をご覧ください。ざっと概要を説明いたします。ちょうど3年前、ソーマファンタジックシステムズ社が開発したフルダイブ型VRMMOゲーム『シルバーソードストーリー』がサービス提供を開始しました。運営に関してはマルチマテリアル社が担当しております」
ゆかり先輩はその通る声で話を続けた。
「VRMMOゲームとはどんなものか?お手元の資料1をご覧ください。簡単に説明しますとご覧のようなヘッドギアを被る事により、あたかもゲームの世界に転移したかの如く、ゲームを現実社会あるいは実体験として認識できるという仕組みです」
ガサガサと資料に手をやる音が会議室に響く。モニターにはヘッドギアの実物写真が映っていた。
「技術的な話は後で開発した企業の担当者より改めて説明させていただきますが、ここではサービス開始から現れた現象に関してお話したいと思います」
ゆかり先輩はここでいったん話を切ると会議室の参加者を確認するように見回した。
「サービス開始から2年半経った頃、それは一本の119番の緊急通報から始まりました」
「その緊急通報は『ゲームをしたまま意識が戻らない』というモノでした」
「通常、揺り動かすあるいはある一定以上の大きさの声で呼ばれる、大きな音がするとか五感に関してセキュリティーコードに抵触する行為が行われた時は、ゲームの当該者は瞬時に覚醒しゲームを中断する事になっております。しかしこの通報以来、そのまま目が覚めないという事例が数十件ほど出現しております」
会議室がどよめいた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます