ツインテールの天使

紅蛇

盗撮は犯罪です。



 「あのね、お母さん。あのね、聞いて欲しいの」


 少女が母親の袖を背伸びしながら引っ張っていた。短い髪をツインテールに結び、うさぎのついた髪留めをつけていた。歩くたびに揺れるワンピースの裾についたソースが現れ、隠れた。


「どうしたの?」


 母親が少女に振り向き、同じ目線にしゃがんであげた。目尻に皺が寄り、薄く塗られた化粧が、聖母のような表情を引き立てた。少女の跳ねる髪を撫でてあげ、優しく聞く姿が、そこにはあった。


「わたしね、大きくなったらね、まほうしょうじょになるんだ!」

 

 そう宣言し、少し離れたところへ駆ける。嬉しそうに少女はテレビアニメで見たのか、クルリと回り、ポーズをとった。左手には買ってもらったステッキを持ち、もう片方の手でピースサインをして、仁王立ちをして見せた。母親はその様子に、ニッコリと微笑んだ。


「あらあら、魔法少女になって何をするの?」


 立ち上がり、少女に近づきながら聞く。緩くとめられた髪が、動きと共にみだらせた。白いブラウスから覗く下着は華がなくも、純白が誘惑しているようだった。近づく母親に気づいて少女が考えた。


「悪いやつをたおすの! それでヒーローになるんだ」


 先端にハートのついたステッキを振り回して、少女も一緒に回る。ふわりとスカートが浮きあがり、小さな花を開かせた。傷ひとつないシルクのような太ももを覗かせ、目が回ったのか座り込む。母親は急いで駆け寄ると、天使のようなえくぼを見せた。


 もう我慢できん。俺はスマホをいじっているフリをとめ、カメラを開いた。シャッター音が出ないアプリをなんとなく入れて正解だった。こんな時に使えるとは思わなかった。まさか、目の前に本物の聖母と天使が現れるなんて、誰が想像できただろうか? 

 曇っていた空に、光が照らされ二人に差し込む。聖母の肌をうっすらと滲んだ汗が輝かせた。薄いベージュのロングスカートと眩しい白のブラウスはさながら、優しさに包み込まれているようだった。母親に微笑まれる少女も、大きなリボンのついたフリルワンピースに、汚れ一つ知らない笑い声をあげた。

 これは完璧だ……。完璧としか言えない光景が、目の前に広がっていた。俺は直視するのをやめ、急いでシャッターをきった。連写で二人の姿を捉えながらも、同時に自分の目でも絶景を眺めた。


「そろそろ帰ろうか」

「うん! おとうさん、もうすぐアニメが始まっちゃうよ!」


 聖母と天使ならぬ、妻と娘が俺に振り向いた。

 

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ツインテールの天使 紅蛇 @sleep_kurenaii

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