クソガキとハゲジジイ
村上 茄子吉
クソガキとハゲジジイ
「このクソガキめ! 待ちやがれ~!」
「や~いハゲジジイ!
こんな
そんなことを思いながら、全力で逃げていた。しばらくすると爺さんは
ふふん、今日も俺の勝ちだぜ! さて、さっそくいただきますか。
今日は爺さんとこの庭にある柿を一ついただいてきたのだ。もちろん勝手に。
「うお! めっちゃ甘くておいしいじゃん!」
柿をとるのは初めてで、
今日の勝利を振り返りながら
俺の家は、爺さんの家から歩いて十五分ほど離れている。こんだけ離れていれば、うちがばれることもないだろう。俺はそんな爺さんの家にほぼ毎日訪れては、なにかしらのイタズラをしていた。
ある日は野球ボールを投げ込み、またある日はピンポンダッシュ、またまたある日は玄関の前に大きな石を置いてみたりもした。爺さんはその
たまにはドジ踏んで捕まることもあるけど、大抵は俺の逃げ切り勝利だった。まあ、あの爺さんも年だからな~。詳しくは知らないけど。それに、捕まったところで長~い説教をたれるだけで、夜になる前には帰してくれるし。ほんとに、なんで老人たちってああも説教が好きなのかね~。
とにかく、平日の午後四時半、俺と爺さんは死闘を繰り広げるのが日課だった。
最初の頃は爺さんじゃない、別の家を狙ってイタズラを
何件目だったか、なんだか古めかしい家を
必死で走り続けていた。そして、もう少しで追いつかれると思ったその時。
「ふげ~!」
爺さんが転んでいた。それも
一瞬血の気が引いたが、すぐに爺さんは起き上がった。そして、その顔をみて思いっきり笑ってしまった。鼻と
「ちきしょうこのクソガキめ! 次に来たら絶対逃がさんからな!」
それだけ言って、爺さんはとぼとぼ帰っていった。
「次に来たら、か」
爺さんのあまりの転びっぷりが面白かったのかなんなのか理由はわからない。だけど翌日から俺は、爺さん以外の家を狙うことをやめた。
そして、毎日のように爺さんと追いかけっこをした。最初の頃は逃げなれていないからか、よく捕まってしこたま怒られていた。
「おいこらクソガキ、この窓ガラスいくらすると思ってんだ? お前さんのお
「よくも
そんな具合に一時間ぐらいコッテリ
「はあ、はあ、お前さん、最近ずいぶん早くなったじゃないか。はあ、少しは、はあ、じじいをいたわれ、はあ、はあ」
「うるさい! 放しやがれこのハゲジジイ!」
「このクソガキめ~!」
そんな毎日を過ごしていた。あの日、爺さんが亡くなるまで……
「なあ、お前さん、他の家ではこんなことしとらんよな?」
あれは最後に捕まった日だったか、いつものように怒鳴られるかと思ったら、落ち着いた声でそう切り出した。
「なんだよ突然。前はともかく、最近は爺さんにしかやってないぜ」
「なら、いい。覚えておけよクソガキ、世の中には儂みたいに優しい大人ばかりじゃないんだからな」
「はん、このハゲジジイのどこが優しいんだか! もしかして、ボケたのか?」
「ボケとらんわこのクソガキ! ええい、説教はこれからじゃ! だいたいお前さんはいちいち手間のかかるイタズラをしおってからに」
「爺さんがボケないようにガキなりに気を使ってやってるんですよ~」
「
この毎回飽きもせず追いかけまわしてくる爺さんのどこが優しいんだか。この時の俺は心からそう思っていた。
優しいと言うなら、小遣いくれたり、お菓子を用意してたり、そういうことをするのが優しさだろう。そう信じて疑わなかった。
爺さんが倒れているところを最初に発見したということもあり、お葬式に参列させてもらった。いつものように爺さんの家でイタズラをしかけようとしたら、
少しの間動転したが、すぐに救急車を呼んだ。しかし、爺さんはとっくに息を引き取ったあとだった。
もしかして、俺が爺さんを走らせ続けたせいなのか? 俺のせいで爺さんは……
そんな心配が顔に出ていたからだろうか、爺さんのお孫さん(
爺さんは、目の前で心配され続けるくらいなら一人で死ぬと言い張り、孫一家の世話にはならず、昔から住んでる家で一人暮らしを続けていたのだそうだ。
「さすがに少しは心配させてほしいと、月に一回は電話をしていたんだけどね。やっぱり病気がわかってからは少し元気がなかったんだ。だけど、ここ最近は楽しそうに君の話をしていたよ。まだこんなイタズラ
そして、お爺さんと最後まで一緒にいてくれてありがとう、と言われた。
それから、
「もし自分に何かあったときは、あのイタズラ小僧に渡してくれって。あと、自分が亡くなっても気付かずにイタズラを仕掛けてくるかもしれん馬鹿者だから、その時は許してやってくれとも言っていたっけ」
結局は倒れているところを見つけてくれた恩人になったのに、失礼な爺さんだね。そう笑って言いながら、最後は少し涙声になっていた。
爺さんからの遺書。なんで俺なんかに残したのか。きっと恨み言でも書かれているに違いない。でも……
お孫さんに
そこには、あの爺さんらしいしっかりとした字で短い言葉が書かれていた。
「優しい大人になれよクソガキ」
「大きなお世話だよ、ハゲジジイ」
思わず涙を
ああ、もうクソガキではいられないんだ。あんなガキのイタズラに、本気で真正面から向き合ってくれる。そんな優しい大人ばかりじゃないってことはとっくに知っていたんだ。
だから、自分がなるしかないんだ。クソガキたちの相手をする、あんな優しい大人に。
クソガキとハゲジジイ 村上 茄子吉 @Sakutarou
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます