結論 私の英雄

 合格にはしてやるが、魔法・召喚術使用禁止のルールを破ったのには変わりない。

 田丸太陽、アザレア・アースキン、シフト・ブランヴィル。貴様らに渡り廊下の掃除を命ずる。


「……じゃねぇぇでしょぉぉ!!」

「あんんのハゲェェェェェェ!!」

「死ねクソ教師ぃぃぃぃぃぃ!!」


 試験の翌日、オレたちはメドゥーサを倒したというのに、使用禁止の魔法や召喚術を使ったとかでネチネチ説教され、掃除の罰を言い渡された。

 箒を振り回し、届ける気のないシュプレヒコールをあげる。


「成り行きとは言え襲われた教師を助けたんですよ、フツー感謝すんのがスジじゃねーんですか!?」

「世界に愛されてるこの私に向かって、こんな仕打ちぃぃ!」

「スペースちゃんのライブ配信が始まっちゃうのに!」


 やってらんね。

 箒を振り回してチャンバラごっこを始める。三人の剣豪がガシャンガシャンと三つ巴の殺陣を演じる中、それを呆れ顔で見つめる少女が1人。


「【ヅマ】」


『ぎゃあああ!!』


 雷がオレたちの足元を這い、電撃で舞い上がった緑の葉が意志を持ったように襲いかかる。

 すっ転んで、逆さまの景色で、こんなことをする犯人を捜す。


「……私が監視役なの、忘れてます?」


 いた。

 不愉快で忌々しい生徒会長、カトリーは、不愉快で忌々しそうな顔を浮かべていた。

 すぐさま起き上がって抗議する。


「何スカしてんですか! 高坂のオッサンに怒られてるオレたちに擁護のひとつも寄越さねーで!」

「この従僕! 権威の犬! お役所仕事の公務員!」

「……先生が眠っている間に顔にラクガキ。学園長の像に小さく『UNKO』と彫る。靴を隠すなど優等生への稚拙な嫌がらせ」

『うっ』

「それらへの罰も含めてのこの処置です。むしろ寛大すぎて引くわね」


 大人しく掃除に戻ろう。


#


「それじゃ。私、レポートまだだから」

「僕も、早く部屋に戻って配信見なきゃ!」

「うい。あとはオレがやっときます」

「ごめん、頼むわね」


 3人分の箒を倉庫に直し、ゴミ袋を始末し、全てを終えたオレはでっかい溜め息を吐くと、自分たちでキレイにした渡り廊下のベンチに寝転がった。

 初夏の爽やかな風。

 しばらくすると、足音が聞こえてきて、間もなく目の前に缶ジュースが突き出された。


「お疲れ様です」

「会……いや、カトリー。ありがと」


 それを受け取って、ラベルも見ずにプルタブを上げてグイっとあおる。


「ブーーーッ!!」

「きたなっ」


 途端に口の中に広がる杏仁豆腐のような味。

 オレは口に含んだものを全部噴き出した。


「ド〇ペじゃねぇか!」

「美味しいじゃないですか」

「舌もげてんじゃないですか!?」


 もういいよ、と残りを渡す。カトリーはそれに迷わず口をつけた。子供の頃は何度も回し飲みしたし、中坊でもあるまいし、気にしない。

 オレが体を起こすと、カトリーは隣に腰を下ろした。

 女子のいい香り……が、オレの苦手なド〇ペの味で台無しだった。


「……ありがとうございます」

「何が?」

「諦めず、メドゥーサに立ち向かってくれたこと。あと……私を許してくれたこと」


 ふん、と鼻を鳴らす。


「べっつにぃ。お前のために立ち向かったわけじゃないですし、あと、許しはしたけど、オレ、お前のこと気に入りませんし」

「な、なんでですか!」

「偉そうなトコ。優等生感すごいトコ。そして何より……」

「何より!?」


 鼻息荒く聞いてくるカトリーから、目を逸らす。

 これを言うのは気恥ずかしいけど、なんとなく、いまこの場面で嘘を吐くべきではない気がして。


「…………憧れが多いコト」

「はい?」


「子供の頃は、オレと一緒でユニバー一筋だったのに! それが何だよ、コスモとかスペースとか!」

「そ……」

「お前、オレがあげたユニバーのポスター捨ててねーだろうな!? もし捨ててたら今度こそ絶交だからな! 一生クチ聞かねー!」

「そんなこと?」


 そんなことってお前な! と憤るオレの額が、人差し指で抑えられた。

 固まるオレに、カトリーは無表情で言う。


「実のところ私は、かっこいいヒーローなら誰でも好きなんです」

「はぁ……?」

「仲間を守って、信念を貫いて、キメるところはキメる、みんなの英雄に憧れているんです」


 カトリーは子供の時みたいに笑うと、距離を詰めてきた。


「あのときの太陽は、宇宙で一番カッコいい英雄よ」


 目を逸らしたまま固まるオレの頬に、何か、暖かいものが触れた。

 振り向くと、頬を紅くしたカトリーが、唇に人差し指を添えて、


「だからこれからは、大英雄よりも、あなたに憧れることにするね」

「なっ……」

「【空間転移】」

「待て! どういう……!」



 世界は広い。


 もともと広かったのに、ダンジョンという異界まで拡張された。


 そんな広い世界で、仲間に、先生に、そしてカトリーに会えたことって、ぜんぶオレの召喚成功率なんかよりよほど低い奇跡だ。

 不幸だ不幸だと世界を呪っていたけれど、オレはものすごく幸せ者だ。


 だけど……。




「私の英雄……だ」





 『だ』に続く素敵な言葉を待たずして、彼女が転移してしまったことについてだけは、思い切り不幸を叫んでもいいだろうか?

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ブレイブダンジョン・アカデミー(読み切り版) OOP(場違い) @bachigai

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