最終話

「あ……あ……あのっ……」

「ん……?」


 無事今回も大仕事が終わったあたしは、ずっと戦いを見守ってくれた少年を連れてグランドナヨタケの機体内部から一旦元の大地に降り立った。そして、凝った体をほぐすために背伸びを始めたあたしに向けて少年が突然始めたのは、自分自身の行動や判断についての『謝罪』だった。冒険者と言う仕事や『アカツキ』と言う人物を自分は完全に舐めていた。単に一緒について行きさえすれば、どんなダンジョンでも簡単にに攻略出来るほどに強くなれると思い違いをしていた。自分の常識でも理解できないようなほど物凄く、怖く、そして恐ろしい仕事だなんて、全く考えてもいなかった、と。


「ぼ、僕……その……迷惑ばかりかけちゃって……変な事ばかりで……ごめんなさい!」



 純真な心を持つ少年の目からは、一切の毒も混ざっていない、清らかな涙が溢れ出ていた。

 正直言って、今までの彼の行動――それまであたしが当たり前のようにこなしてきた様々な事柄に対していちいち質問を投げかけてくると言う行為に対して、ほんの少し苛立ってしまったのは事実だ。でも、こんなにしっかりとその旨に対して謝られてはこちら側も許すしか選択肢はない。何よりも、少年本人が冒険者と言うのは簡単な思い付きだけでやっていけるような仕事じゃないというのを身をもって知れたのは間違いないだろう。

 そして、ずっと自分を責め続けている少年の嗚咽を止めるため、あたしは彼の体を思いっきり抱きかかえた。突然の行動に対する困惑に加え、恐らくあたしの胸の柔らかさや素肌の暖かさのせいであっという間に顔を真っ赤にしてしまったであろう彼に、あたしは優しく声をかけてあげた。


「これで、良く分かったでしょ?『チート』過ぎる仕事には、あまり憧れないほうが良いって……」

「で、でも僕……ぼ、冒険者に……ずっと……」

「大丈夫だよ、少年。君には『冒険者』になる事以外にも、いろんな生き方がある。もっと色々探してみな」

「……?」


 あの女将さんや叔父さんのように陰から支えるやり方だってあるし、美味しい食べ物で冒険者の腹を満たしたり、今回あたしが使ったような様々な武器を開発する側に回ってもよい。もしまだ『冒険者』への憧れが残っていたとしたら、あたしの真似をせずとも様々な形で関わることが出来るはずだ。『憧れ』から一歩進み、色々な自分の仕事を考えてみて欲しい――丁寧に語るあたしの言葉が効いてきたのか、少しづつ少年の顔に元の純真さが戻ってきた。


「……は……はい!」


 やがて耳に届いた少年のはきはきとした返事は、あたしの言葉をちゃんと理解してくれた証拠でもあった。

 そんな彼の純真さ、まじめさに敬意を表し、あたし自身の方もちゃんと彼に謝る事にした。色々と理由はあったにせよ、この少年の抱いていた純粋な夢を結果として跡形もなく崩してしまったのは間違いないのだから。


「あたしの方こそ、ごめんね……」

「いえ……僕は……はい、僕は大丈夫ですから……」

「ふふ……それは良かった♪」


 これで、この世界に残ったあたしがこなすべき仕事はこのグランドナヨタケを元の場所――あらゆる宇宙と繋がることが出来る異次元空間の倉庫に格納しなおし、少年を件の建物の傍へと送還し、叔父さんや女将さんに今回も無事ダンジョンを攻略できた事を連絡するだけになった。どれも先程の作業に比べれば肉体的にも精神的にも楽な仕事だ。ついでにその攻略した分の報酬――元の世界じゃ全く価値がない金をあたし名義でどこかに寄付してほしいと連絡する事も忘れてはならない。

 だけどその前に、あたしにはこの少年にぜひ見せたいものがあった。ダンジョンを『攻略』した後にしか起きる事がない、劇的な空間の変化だ。


 ずっとあたしたちの視界に広がっていたのは、大量のヘドロに覆いつくされ見る影も無くなったダンジョンの跡だった。金輪際この世界の生き物が住めるような環境がどこまでも続いていたのだ。だけど、それはあくまでダンジョンと呼ばれていた空間の内側だけ。周りに薄っすらと見える他の樹木――もとからここにある森を作り出していた命には、一切の被害も及んでいなかった。都合が良いかもしれないが、これが『ダンジョン』という異常空間の面白い特性なのである。

 だけど、この異様な空間を支配していた主は先程あたしの前に敗北し、遺伝情報を残してこの世界から完全に姿を消してしまった。そうなると、ダンジョンに残された道は――。


「……見てごらん♪」

「……わあ……!!」


 ――ヘドロまみれの敗北の跡ごと、自ら消滅する事だけしかなかった。


 汚らしい光景が消え去り、元からここに存在していた美しい森が蘇っていく光景は、少年でなくともつい感銘の思いを抱きそうなほどに美しいものだった。もしかしたら、あたしがこの世界を仕事場に選んだ目的の1つは、この戦いが終わった後に待つ神秘的な情景だったのかもしれない。



 こうして、異世界に現れたダンジョンを『攻略』し終わり、様々な用事を済ませたあたしは――。


~~~~~~~~~~


「たっだいまー!」


 ――最後に残された肝心要の作業をするべく、元の宇宙にあるいつもの自室へと舞い戻った。あたしの掌で光り輝き続ける、あの屈強な植物の龍が変異した宝石――この宇宙には存在しない生命体の貴重な遺伝情報がたっぷり詰まったこの物体を、宇宙全体を覆うネットワーク内にある裏オークションに出品するための作業だ。



「異世界出身、怪獣型植物生命体の素、防衛用や訓練用の生体兵器にどうですか……これで良いかなー」



 自然豊かな世界で縦横無尽に暴れ狂う多種多様なボスモンスターたちを征伐し、その強さの源である遺伝情報を手に入れ、それを宇宙各地に必ず存在するであろう顧客へ向けて出品する――グランドナヨタケと共に進めるあたしの仕事は、毎回多額の報酬と言う成果をもたらし続けている。多大な労働力を必要とする顧客、侵略戦争に用いる画期的な兵器を探す顧客、自分の思い通りに動く使い走りを求める顧客、更には味わったことのない食べ物を求める側まで、異世界から連れてきた命は多くの欲望を満たす素晴らしい資源だったのだ。勿論あたしが狙う標的は、異世界で迷惑の限りを尽くすモンスター、特に人々の往来を遮り命すら奪うダンジョンに潜む連中が中心。強大な力で威張り腐っているような連中を思いっきり蹂躙し、その余りある力を友好的な力に用いることが出来るようにする――。



「あーあ、あたし親切すぎるよねー♪」



 ――ついそんな独り言が出るほど、あたしの生活は実りあるものに変わっていたのかもしれない。



 そして、今回の遺伝情報も無事オークションへ出品することが出来た。もし強靭な生物兵器が欲しい顧客に渡れば、あの強さや傲慢さを思いっきり発揮できるかもしれない――そんなことを考えつつ、数日後には判明するだろう結果を待ち望みながら、あたしは異世界での疲れを癒すべく、ベッドの中で休む事に決めた。

 あの少年は、どのような生き方を選ぶ事にしたのだろうか。冒険者への道を諦めず、あたしがもう一度あの世界を訪れるのを待っていたりするのだろうか。それとも、全く別の道を進み、あたしの手が及ばない存在になっていくのだろうか――。



「ふわぁぁ……」



 ――どちらにしろ、数日後にはまたグランドナヨタケと共に新たなダンジョンを攻略する時が訪れる。その際に機会があれば、のんびりと少年の行方でも探してみよう。そんな事を考えながら、あたしはゆっくりと眠りに就いた。

 ゆっくりと閉じていく目には、あたしの住むこの宇宙の絶景――どこまでも続くビルという名のや、そこに絡みつく無数の道路の、そしてそこを行き交う幾多もの人々が、ありありと映し出されていた……。


《終》

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異世界ダンジョン蹂躙記~これもひとつの儲け方~ 腹筋崩壊参謀 @CheeseCurriedRice

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