第3話

「あはははは……どんどん燃えるねぇー♪ねえ少年、だと思わない?」

「……」


 あたしの『仕事』の良き右腕にして自慢の愛機である巨大ロボット・グランドナヨタケ。今日もその威力はばっちりであった。各部にある砲塔やミサイルランチャーから合計30発ほど打ち込んだ砲弾の威力は、先程まであれほど暗い緑色と茶色に包まれていたダンジョンを、あっという間に黒い煙と美しい火の色が織りなす場所へ早変わりしていたのだから。

 勿論、あたし自身もダンジョンがあっという間に黒焦げになる事は事前に予想していた。何せこの砲弾、あたしの故郷である元の世界ではに用いられ、一撃で対象物を高熱と爆風で殲滅する威力を有しているのだから。それを一度に何十発も当てられれば、並大抵の植物なら一瞬のうちに消し炭へと変わってしまうだろう。下手すれば黒い粉末に成り果ててるかもしれない。でも、同時にあたしは全く別の予感も抱いていた。確かに普通ならこれで終わりかもしれないが、ここは幾多もの人々を呑み込みながら居座り続ける胸糞悪い空間『ダンジョン』。それを構成する植物、いやおこがましくも植物を模した存在が、これくらいの炎で全部くたばるはずがない、と。むしろこれで壊滅してしまったらあたしの資金源がなくなり、これまでの事が徒労に終わってしまう。元気ならなるべく早く復活してほしい――そんなあたしの願いにこたえるかのように、あれほど燃え盛ってきた炎が少しづつ消え始めた。そして――。


「……あ……あ……」

「ふふ……よしよし……♪」



 ――黒々とした大地から、次々と新たな緑が姿を現し始めたのである。完膚なきまで焼き尽くされたダンジョンが、猛スピードで再生を始め、元の緑の迷宮に戻ろうと無駄な努力を始めた印だ。

 だけど、その茂り方が先程に比べ若干衰えているのが、遠く離れたこのコックピットからもよく確認できた。葉っぱも先ほどより元気がなくなっている。全くの無傷と言う訳ではなく、ある程度はこのダンジョンやそこを支配しているであろうボスモンスターにダメージを食らわせることが出来たのは間違いない。そこであたしはこの機を逃すことなくもう一度この場所に対してダメージを与えてこの植物っぽい何かを壊滅させることにした。


「えーとえーと……あったあった、この前買い溜めしてた奴♪」

「か……かい……だめ……?」


 テンションが高くなったせいでいつもの癖で飛び出してしまったあたしの独り言に少年が何かしら反応したようだけど、細かく説明している暇はなかった。


「まあ、見ていて♪」


 もっともっと面白い事が起こるから――そう言って彼を宥めた後、あたしはこの美しきグランドナヨタケの巨体をゆっくりと動かし、その剛腕や『ナヨタケ砲』の位置を微調整した。

 そして、再び立体映像に表示されたボタンを思いっきり押した瞬間、再び各地の砲塔から発射された弾丸は今度は空中で爆発し、巨大な雲を作り上げた。そして――。


「……ふふ♪」

「……え……え……?」


 ――再生しつつあるダンジョンの上空に、大量の『雨』を降らせたのである。


 そんな事をしたら折角燃えたはずのダンジョンが元気になってしまうのではないか、と少年は心配そうに尋ねてきた。きっと雨には緑を元気にする効果があると言う事だけしか教わっていなかったのだろう。だけどその直後、あたしは少年にしっかりとこの秘密兵器の威力を目に焼き付けさせる事に成功した。ダンジョンの空を分厚く覆うどす黒い雲から降り続く無数の雨粒に打たれた樹木がつぎつぎにしおれ、色を失い、そして灰色の塊となって溶け始めたのだ。

 それもそのはず、先程打ち込んだ砲弾の中に詰め込まれていたのは、元の世界から持ち込んだ『除草剤』なのだから。


 この薬品は、表向き取引が制限されるほどの強力な猛毒を秘めていた。あたしの世界の各地――やら何やらを侵食し、そこから根こそぎ栄養分を吸い取ってしまうと言う厄介な外来植物を徹底的に駆除するために編み出された、いわば最終手段のようなものだからである。だけど、この『除草剤』の制限が少しづつ解除され始め、民間の人たちでも一応使用できるようになった頃には多くの箇所でこの外来植物は根っこを惑星のコアにまで伸ばしており、これだけで駆除するのは困難な状況になっていた。その結果、わざわざ裏のネットワークを使わずとも様々な名義で売り出されていたこの薬品をあたしは安価で仕入れる事に成功したのである。ダンジョンを徹底的に蹂躙するため、様々な可能性を考慮したうえで購入したのは、どうやら正解だったようだ。


「そーれ降れ降れー、もっと降れー♪」


 とは言え、その効果はまたもあたしの予想以上のものだった。どうやらこのダンジョンを構成していた植物たちは、この異世界の中心部どころか地表から数十~数百メートル程しか根っこを伸ばしておらず、雲を作り出す過程でだいぶ希釈されたはずの除草剤でも十分過ぎる効果をもたらしてくれた。何せ、あたしの目の前でダンジョンは枯れ果てるどころかその形すら保ててなくなり、大量の泥へと溶けてしまうほどだったのだから。


「……はは……あはははは……あははははははははは!」


 こんなにあっさりと無くなってしまうようななダンジョンが、異世界の住民たちを散々苦しめてきたのか――元から住んでいた人たちの事を哀れに思いつつも、あたしはその滑稽さ、愚かさ、お山の大将ぶりについ笑いが止まらなくなってしまった。


 やがて大粒の『雨』が止んだ時、そこに広がっていたのはもうもうと立ち込める煙と、その下に広がるヘドロに覆われた大地だった。このグランドナヨタケと共にダンジョンをしたことを示す、雄大で美しい景色だった。それを見ながら大きく背伸びをして凝りをほぐしていた時、あたしの耳に入ってきたのは、出会った時とは真逆の、まるで震えているような少年の声だった。



「……あ……アカツキ……さん……」

「ん、どうしたの?」


 一体貴方は、何者なのですか――その言葉には、明らかに怯えや恐れの感情が宿っているように感じた。ようやくこの少年も、『憧れ』と言う単純な感情だけでこの仕事についてくる愚かさを身にしみて感じ始めたのかもしれない、とあたしは少しだけ安心するような感情を覚えた。当然だろう、本来このコックピットに現地の人々を連れ込むことなんて一切想定していないし、何より弟子を取るつもりなんて毛頭ないからだ。素直に女将さんや叔父さんの忠告を聞いておいた方が身のためだったんじゃないか、とあたしが優しい言葉で彼を諭し、反省を促そうとした、その時だった。突然少年が大きな声を上げ、コックピットの前方に映し出された外部の空間を指さしたのだ。あたし以上に恐ろしいものを見たかのように。


「……よし、きたきた!!」


 愕然としたその瞳に映っていたであろう存在こそ、あたしがこの『異世界』のダンジョンを完膚なきまでに駆逐し尽くした一番の目的にして、あたしが生きるための資金源になって貰う運命を持つ貴重なであった。腐り果てたダンジョンを先程まで支配し続けてきたその財産――人間の背丈をはるかに凌ぐ巨体のモンスターは、無数の植物の蔓や枝が絡み合い、二足歩行の巨大な龍のような姿を構築していた。先程たっぷり浴びせてあげた除草剤のシャワーのおかげで体の各部が溶け、まるでゾンビのように見るも無残な姿を晒してはいたけれど、流石この空間でふんぞり返っていた生意気なだけあってこのグランドナヨタケをじっと睨みつけ、怒りを示すだけの体力は十分に残されているようだった。


 あの攻撃を絶え凌ぐほどの力を擁しているのなら、しばらく食っちゃ寝で過ごせるほど物凄い高値になるのは間違いない――ワクワクする心を抑えながら、あたしは一気に襲い掛かってきた怪物と最後の戦いを繰り広げることにした。



「わ、わ、わ……!」

「しっかり椅子に捕まってて!!あと気持ち悪くなったら目瞑ってて!!」

「は、は……はい……!!」


 巨大ロボット対巨大モンスターの肉弾戦となれば、先程のような小手先だけのやり方は通用しない。数十メートル級の巨体をものともせず、しなやかかつ機敏に動き回ることが出来る、あたしのもう1つの体たるこのグランドナヨタケの威力を見せつけるに限る。

 一瞬で高く舞い上がったあたしの機体は、軽やかに植物の龍の突撃を退けた後、その背後に着地するのに合わせて奴の頭部に思いっきり蹴りを食らわせた。脊索動物系統の『龍』と異なり、このダンジョンの主は脳味噌のような中枢器官を体内に有しておらず、一瞬よろめいただけですぐに立ち直りこちらへと方向を変えてきた。恐らく普通にダンジョンを攻略して龍のもとにたどり着き、自分たちの常識に基づいて心臓や脳味噌を攻撃し、弱点を攻撃したと喜んでいた人間をこの強靭な生命力で絶望に陥れるつもりだったのだろう。

 でも残念ながら、今回の相手はこのあたし・別の世界からやって来た冒険者アカツキと良き相棒のグランドナヨタケ。龍の動きを何度も交わし、大量の蔓が絡むやつの体が軋み始め動きが鈍くなった頃合いを見計らい、奴の目の前へ着地した直後に思いっきり龍の脇腹へパンチを食らわせる事に成功したのである。流石のダンジョンの主もこの強烈な一撃には敵わず、体内を構築していた幾つかの部分が崩壊した事を示す苦しそうな声を響かせ始めた。


「あはは、いやぁ面白い戦いだねー♪」

「す……す……」


 その強さにすっかり満足しきるあたしの一方、『凄い』という言葉が続かないほど、少年は自分の心の整理がつかないようだった。やはりダンジョンのボスのような強い存在が圧倒されるのを目の当たりにするのは刺激が強すぎたようだ。だけど幸か不幸か、あの植物の龍はまだ反撃のチャンスがあると勘違いしたのか、懲りずにあたしたちに襲い掛かってきた。しかも今度は戦法を変え、自らの全身から多数の頑丈そうな蔓をこちらに伸ばしてグランドナヨタケの動きを封じようとする策に出てきたのだ。


「え、え……!?」

「……なるほどねぇ……そう来たか……♪」


 恐らくこの植物の龍が求めていたのは、あたしの傍でうろたえる少年のような反応だろう。自分を痛めつけていた相手が突然の攻撃に対応できずもがく姿を、醜い笑顔で眺めたかったに違いない。初めて見る相手にも柔軟に対応し、すぐ新たな攻撃方法を編み出すその知略は、確かに難攻不落のダンジョンの果てに待ち、屈強な人たちの命を文字通り根絶やしにするだけにふさわしいかもしれない。でも――。

 

「……ふふ、残念ながら……♪」


 ――所詮こいつはあたしの。暴れれば暴れるほど、ますますその価値は上がり、あたしを興奮させてくれるありがたい存在だ。それに、このしょうもない戦法が完全に通用するのはこの世界に住む生命体だけ、あたしと人機一体のグランドナヨタケの前では無力に等しい――それを丁寧に教えてあげるべく、あたしはナヨタケの体の各部に巻かれた蔓を一瞬で消滅させた。全身にごく小規模なブラックホールを発生させることで、それが蒸発するのと同時に邪魔な物体も一緒にこの世界から消したのだ。

 

 その様子に驚愕の色を見せ、理解できないような間抜けな表情を見せた龍へ、あたしは最後のとどめを刺すことにした。

 いや、正確には『とどめ』よりも――。


「……いくよ、ナヨタケ!!」

 

 ――この強大な力を持つ怪物の『捕獲』と呼んだほうが正しいかもしれない。

 

 あたしのグランドナヨタケが誇る決め技――合計10本の指先から一気に放たれた光の筋は、今回も的確に龍の体を串刺しにし、怪物の生命活動をあっという間に停止させた。そして抵抗手段を完全に失った植物の塊は、内部から無数の光の粒子へと変換されていった。やがて全身が完全に消失した後、残された大量の光はこちら側へと飛び立ち、空間を超えてこの機体のコックピットの中へと入っていった。そして、あたしの掌の中に集まり続けた光は、次第に仄かに光る直方体状の塊と姿を変えたのである。


 グランドナヨタケの持つ合計10本の指先から放たれた光線は的確に龍の体を貫き、抵抗手段を失った体を大量の光の粒子へと変換させた。やがてそれらの粒子は空間を飛び越え、この機体の中にあるコックピットの中へと入っていった。そして、あたしの掌の中に凝縮された光は、次第に暖かな塊へと姿を変えていった。


「……よし、今日も一丁上がり!」


 これが、あたしの大事な大事な『資源』――あの怪物の体を構成していた遺伝情報が事細かに刻まれた、宝石状の固形物である……。



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