第2話

「……これが『ダンジョン』……なるほど、これはこれは……ん、どうしたの?」

「あ……あの……アカツキさん……!!」


 周りよりも遥かに緑の密度が濃く、目の前に開いた僅かな空洞だけが通り道、しかもどこに行き着くのか見当もつかない、そんな場所――今回の仕事場である『ダンジョン』に降り立ったあたしの傍で、あの少年は物凄く目を輝かせながら純真な心で質問を次々に投げかけた。先程使用した、様々な仕事を斡旋してくれる建物から目的地まで一瞬で自分たちを移動させた力は一体何なのか、どのような原理の『魔法』なのか、と。確かに、この世界で初めてこの移動方法を目にしてしまった人ならばすぐ同じ疑問に行き着くかもしれないし、このあたしに憧れているという好奇心旺盛なこの少年ならなおさら気になるだろう。

 だけど、この純粋な少年には悪いけど、あたしにとってそれは少々厄介で面倒くさい質問だった。元の世界でのように使っているこの方法を簡潔に説明するのは逆に難しいし、何よりこの力は彼が思い描いているだろう魔法とは似ているようで全く異なるベクトルに進化した、『科学』と呼ばれる力を使っているからだ。

 

「ま、まぁ……上級の魔法ってとこかな?」

「上級……も、もしかしてそれって、『チート』っていう力ですか?」

「チート……力……あぁ、きっとそれだね」


 そんな困っていたあたしを助けてくれたのは、『チート』と呼ばれる非常に簡潔な単語だった。あたしたちのいる宇宙では非常に強い力をもって世界を蹂躙したり自分の思うがままに動いたり、悪く言えばわがままし放題するような状態を指して言う言葉だけど、幸いこの少年が住むこちらの異世界でも同じ意味を持つようだった。君が思っている通り、このあたし、アカツキが使う様々な力はその『チート』という言葉で言い換えることができる、と言う簡潔な説明でも、少年はしっかり納得してくれたのがなによりの証拠だろう。


 そして、興奮を抑えきれないまま少年は続けざまにこう尋ねた。どうやってこのダンジョンを進むのか、ここから続くであろう森の迷路をどのように潜り抜けるのか、と。



「……え、ダンジョンを、進む?」

「そうですよ、ダンジョンは先に進まないとこの空間を支配するボスのモンスターに会えないんじゃ……」


「……いや、進まないよ?そんな事しなくても会えるよ、ボスに」

「……えっ……?」


 何度も同じ事をしてきたあたしにとっては至極当たり前の事だったけれど、どうやらこの少年にとっては予想外の回答だったらしく、そのまま無言で目を見開いたまま黙り込んでしまった。ダンジョンという空間をそのルールに従って進まなければ制覇することが出来ない場所だと勝手に決め込んでいたようだ。まあそれも仕方ないかもしれない、この異世界に暮らす人たちはそれ以外の方法でダンジョンをクリアするだけの力を持っていないのだから。


 だけどあたしは全く違う。少年が思い描いている『チート』の想像を遥かに超えているであろう力を、思う存分に活用できるのだ。


「……だ、ダンジョンを攻略しないって……えっ……?」


 それでも相変わらず困惑し続けている少年を見て、あたしは決意した。論より証拠、実際にダンジョンを制覇するを見せたほうが手っ取り早い、と。そして、あたしは露出した左腕の肌を勢いよくフリックし、その周囲の空間に色とりどりの立体映像を浮かばせた。近くで少年がまたも驚きの顔を見せていたけど、それに付き合っている暇はなかった。そこに記してある様々な情報をもう一度確認する必要があったからだ。


 やがて、全ての立体映像が正常を意味する統一された色になったのを見たあたしは、そのまま左腕を高く上げ、を声高く呼んだ。



「カモン、『グランドナヨタケ』!!」



 この自然豊か、素朴さが残る異世界とは明らかに異質の、大量の鉱物や電子部品、そして科学の粋を消費して誕生した、あたしや少年と同じ二息歩行の体型をした巨大な物体がこの世界に『召喚』されたのは、その直後の事だった。


 故郷の世界の単位で換算すると、身長数十メートル、体重数万トン。銀色や緑色の光沢に満ちたその姿は、我ながらいつみても惚れ惚れするものだった。ずっと昔から文字通り人機一体で様々な仕事をこなしてきた私の愛機・グランドナヨタケは、今日もその雄姿を思う存分見せつけてくれたのである。とはいえ感銘に浸ってばかりはいられない。早速この巨大な機械の塊に乗り込み行動に移ろうとした時、あたしはようやく隣にいた少年が腰を抜かしてしまった事に気が付いた。彼は本当に新米冒険者だったらしく、こういう感じの大きさを持つモンスター――ダンジョンの各地に潜んでいるらしい人間たちに危害を及ぼす存在にすら出会った事が無かったようだ。



「あ、あ、あ……」



 そんなに衝撃を受けるならついて来なければよかったのに、とつい悪口を思い描いてしまったあたしだけど、流石にそんな事を口に出すことはできなかった。その代わり、早くこのの中に乗り込まないと命すら危なくなる、と少々厳しめの言葉を口に出して少年を我に返らせ、慌ててあたしのほうへ駆け寄らせる事には成功した。本当ならあたしの世界でごく当たり前に使う『ロボット』という単語を使って説明したかったけれど、残念ながら科学が未熟そのものの異世界にはそういった概念はなく、無生物が形を成した『ゴーレム』というモンスターしか当てはまるものは無かった。ただ幸い少年は無事納得し、そのままあたしと一緒にこのグランドナヨタケの内部に存在する『コックピット』へと移動してくれた。



「……こ、これは……」

「あまり動かないほうが良いよ。そうだ、そこの椅子に座ってのんびり見物していて」

「で、でも……!!」

「いいからいいから。無暗に動くと、本当に命が飛んじゃうよ?」

「は、はい……!!」


 こうしてが指示に従ってくれた所で、ようやくあたしの仕事が本格的に始まった。


 先程も少し観察したけれど、今回のダンジョンは大量の植物がどこまでも密集し、僅かな空間を残して全てを緑や茶色で覆いつくしている、あたしの世界の言葉でいえば『樹海』と呼ぶべき場所に変貌していた。この空間を支配するボスは恐らくこの植物たちやそこに付随するモンスターを支配し、人間をはじめとする侵入者を徹底的に排除したり命を奪ったりしながらここに居座るつもりでいるに違いない。だとすれば素直に入り込んでボコボコにやられたり、何とか樹木を伐採しようとして徒労に終わるよりも、もっと最良の手段がある。

 目の前に浮かび上がる立体モニターを操作するあたしの動きに呼応するかのように、グランドナヨタケの上半身が動き始めた。地球人でいう『指』にあたる部分に存在する砲塔、腕の付け根付近に存在する発射装置、それと背中に背負った二連の『ナヨタケ砲』の準備が整ったところで、あたしは勢いよく画面をフリックし、その直後に表示されたボタンを目いっぱい掌で押した。


 そして――。



「よし、いけえええ!!!!!!」



 ――幾つもの轟音が一斉に鳴り響いた直後、コックピットの前方に映し出されたダンジョンは、一瞬で美しい炎の海に呑み込まれた……。

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