異世界ダンジョン蹂躙記~これもひとつの儲け方~

腹筋崩壊参謀

第1話

「ふわぁ……」


 その日もあたしは、いつもの部屋に置かれたいつもの寝具の上でゆっくりと目を覚ました。このままのんびりぐうたら寛ぐのも悪くないし、あたしにとっては元来そちらのほうが似合っていると自負はしていたけれど、生憎ここで生きていくうえでそうはいかなかった。無限に続くこの広大な世界では、あたしのような存在でも生きていくためには自分にあった稼ぎ方――『仕事』をする必要があるからだ。

 ただし、その仕事の仕方は星の数ほどいる命によって様々。皆に誇れる表の仕事があったり、誰にも言えない秘密の仕事があったり、その命の分だけ様々な儲け方がある、と言っても過言じゃないかもしれない。そしてあたしが行う仕事、いや商売は、どちらかといえば後者の『秘密の仕事』、いやそれ以上にあまり公には出せない『裏の仕事』に値するだろう。何せ、あたしがこれから向かおうとしていた仕事先は、この世界にある建物でも工事現場でもなく、ここからはるか遠く、普通の手段なら到底たどり着けないであろう、別の世界なのだから。


「……よし、っと……」


 このあたし、アカツキが住むこの世界からを隔てた別の場所にある全く別の世界――言い換えれば『異世界』とも呼ぶべき場所へと自由に行き来する方法を知ったのは、今からだいぶ前の事だった。あの頃のあたしは商売の売上があまり思わしくなく、日々の生活にも困り始めていた時だったのでまさに渡りに船と言った状況だったのかもしれない。勿論当初勝手が違う別の世界の様子に慣れないところもあったけれど、いざその場所で過ごしてみると、『異世界』は予想以上にあたしにとって最適な場所であることが分かってきた。異世界でのあたしの行動が、まさかあんなに需要があるとは思わなかったからだ。


 そしてあたしは商売を行うための準備――向こうの世界で行う職務をこなすべく、世界の壁を超えることにした。今回も数日の間、ぐうたらと寝て過ごすのに十分なほどのお金が稼げるかもしれない、という気持ちに胸を躍らせながら。

 雑多な準備を整えたあたしは、あちらへ持っていく様々なの忘れ物が無いか、故障が起きていないか、もう一度念入りに確認した。そして、ワクワクする気持ちを弾ませながらあたしは左腕に巻き付けたデバイスを操作した。空間に浮かび上がったボタンを幾つかタッチし、向こうの世界へと向かう最終確認スイッチを押した瞬間――。



「……!」


「お、ようアカツキちゃん!」

「いらっしゃーい!」



 ――あっという間にあたしの身体と意識は元の世界を離れ、幾つもの『壁』を乗り越えた先にある『異世界』へと到達した。


「こんにちはー、お邪魔しまーす♪」


 何度も仕事をこなす中で顔馴染みになった女将さんや叔父さんたちに向けて、あたしも普段通りにこやかな挨拶を交わした。先程食事を終えたのか、様々な仕事を教えてくれるこの建物の中には心地よい香りが漂っていた。もう少し早く準備を終えれば、嗅覚だけではなく味覚でも気持ち良い心を堪能できたのかな、と少しだけ残念に思っていると、叔父さんがどこか嬉しそうな顔をしながらあたしに耳寄りな情報を教えてくれた。まるでその目的であたしがやって来たのを知っているかのように、ここの世界で冒険者と呼ばれる類の人々向けの仕事――ここから遥か遠くの森に現れた『ダンジョン』の攻略に関する話題を持ち掛けてきたのだ。


「えーと、確かここは……」

「おいおいおっさん、そんなヤバイ情報教えてよいのかよー?」

「ちょっと無茶過ぎない?」


 詳細を聞こうとしたとき、この場にいた別の冒険者たちが茶々や疑問を挟んできた。少しだけむっとした気分になってしまったけれど、仕方ないと言う一面もあった。この異世界の中に何の前触れもなく忽然と現れては人々の往来を遮り、何とか潜り抜けようと挑む彼らの命をあっという間に奪い取ってしまう恐るべき区画――『ダンジョン』を攻略すると言うのは、この異世界に住む人たちにとっては非常に困難な事柄なのだ。決してあたしを馬鹿にしているのではなく、むしろその言葉の中には心配の気持ちの方が多いという事は、あたし自身もよく分かっていたし、長年多くの冒険者に向けて各地から持ち込まれたジョブを斡旋している叔父さんたちもまた嫌と言うほど分かっているようだった。だからこそ、敢えて叔父さんは今回のダンジョン――鬱蒼とした森の中に忽然と現れ、中に入った人たちを寿命が尽きるまで果てしなく惑わせる『樹海』をあたしに向けて紹介してくれたのだ。これまでに受け持った全てのジョブを軽々と潜り抜けてきた屈強な冒険者たるあたしに向けて――。



「なーに、心配なんて要らないさ!このアカツキちゃんはな、お前たちも知らない凄い力を持ってるんだぜ!なぁ、このおっぱいや太腿が語ってグハァッ!!」

「このスケベ!冗談言ってる暇あったら一から十までちゃんと説明するんだね!」

「は、はい……いててて……乱暴なんだからもう……」


「……ふふ♪」


 ――こんな感じで、つい軽口を叩く時があったとしても。


 そんなこんなで、あたしは改めて叔父さんと女将さんから今回のダンジョンの詳細――忽然と現れた場所、おおまかな広さ、生還者が奥で見つけたという『ボス』、そしてその一帯を治めるジョブの依頼主である豪族など様々な情報を入手する事ができた。確かに、挑めばかなり困難な場所であるのは間違いない、さてどうやって挑もうか、と考え始めた時だった。女将さんの傍に1人の人間、それもまだ冒険者になったばかりであろう少年が歩み寄り、あるお願いをしてきたのである。

 それを聞いた女将さんや叔父さんたちは驚き、周りの冒険者たちもその願いは叶えない方がよい、と慌てて止め始めた。そりゃ当然かもしれない、いきなりこのあたし、アカツキが得たジョブに同行したいと申し出れば、誰だってそう反応するはずだ。でも、この少年の決意はあたしを含めた皆が思っていた以上に固いものだった。


「僕……いつもアカツキさんに憧れてたんです……」

「え、あたしに?」

「はい、僕の住む村でも話題になっていました。どんなダンジョンも攻略して、どんな凶暴なモンスターも討伐する凄腕の人がいるって……」


 その姿に憧れて冒険者になった身として、ぜひ憧れの存在と一緒にダンジョンに挑んでみたい――その言葉に何の嘘偽りもないという事はあたし自身が一番よく知っていたし、周りにいる他の人たちも確かにその通りだが、と言う表情を見せていた。でも、あたしは別に誰かのためにやっているわけじゃないし、大半の住民には伝えていないけれどこことは別の世界からあたし自身の金儲けのためにやって来ているのが実情だ。そんなあたしに憧れ、ぜひこの機会にその『秘密』を教えてほしい、つまり弟子入りをしたいと願い出る存在が現れてしまうとは、全く想像していなかった。


「坊主、その意志は分かるけど止めた方がよいぜ。言っちゃ悪いが、足手まといになっちゃ……」

「で、でも……今しかチャンスは無いかなって……」


 だからと言って迷惑を掛けたら元もこうもないんじゃないか――この建物の中にいる誰もが、このあどけない少年の決意に否定的な空気を醸し出そうとしていた。正直言って、あたし自身も同じような気持ちだった。これから行う仕事はこの世界の人々が抱くを遥かに逸脱しているものだ。下手すれば正気を失ってしまう事もあり得るだろう。だけど、ここまで言われてもなお諦めない少年を見て、あたしは少しだけ考え方を変えてみた。純粋な心に傷をつけてしまうのはちょっと罪悪感が沸くけど、このあたしの仕事は『憧れ』だけで通用するものじゃないと言う少々厳しめのお灸を据えた方が、この子の将来のためになるかもしれない、と。


 そして、静けさが漂い始めてしまった建物の中に――。


「……分かった、この子を連れてっても良いよ」

「!?」「えっ……!!」


 ――あたしははっきりした声で自分自身の判断を響かせた。


 この子の命はしっかりと保証する、ダンジョンを『攻略』する際の支障になったらすぐに中断して連れて帰るなど様々な条件を付けたお陰か、あたしたち冒険者の身を一番心配してくれる叔父さんや女将さんたちも渋々だけど納得してくれた。周りにいた冒険者の人たちも、あこがれの的であったあたし自身が言うのなら仕方ない、と言う表情を見せてくれた。そして、残る少年の方は――。


「……あ、ありがとうございます!!」


 ――それはもう、数万年に一度と言う超レア級の嬉しそうな微笑みを見せてくれた。



 こうして、あたしの異世界で行う今回の仕事が幕を開けた。

 ダンジョンとか言う生意気な手段でこの世界の人々を苦しめる胸糞悪い連中を、この手でたっぷり蹂躙する、と言う……。

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