2日目 第3試合 後編(台詞変更)



 ダリアは思わず歯噛みした。

 口上では余裕を振る舞って入るものの、ここまでの強敵は国王と主人公くらいのもの。

 そして現在、夜の世界はブラックに対して機能していない。

 誘い込んで発動したまでは良かったものの、恐らくこちらの世界の魔法技術とは思えない超常の能力で、夜の世界とブラックを取り巻く空間を断絶している。

 故に改変が発動しない。


「全く、此れが効かぬのはアヤツ以来よ」


 改変を自らへ施し、能力の呪縛を削除する。

 これでダリアは以前のように力を行使することが出来る。

 無効化の掛け合い、堂々巡り、だが此方が不利。


「圧倒的な力量、独自の高度な魔術、慧眼、知略……… 実に不利」


 敵は強大、恐るべき魔法の嵐はこの目で見るまでもなく凶悪。

 一歩でも違えれば、それはすなわち敗北を意味する。


「手札は磨耗し、勝率は極めて低いであろうな」


 戦いの行方を想像し、己の敗れる景色を見て――――――笑う。

 血色の目は、三日月のように細められた。


「不利だ。ああ、不利……………だが、それだけよ」


 殺意をみなぎらせ、ダリアはスタジアムへ帰還した。


『おおっと!? いつの間にか消え失せたサリエル選手が会場へ舞い戻りました!』

『いきなり消えていきなり現れる…… またしても魔法的ななにかでしょうか?』


 少し惜しい解説の推理を聞き流しながら、ダリアは観客の熱波を浴びた。

 その目は鋭く、ブラックを睨み付けている。

 だが口はニタリと、弧を描いたまま歪んでいる。


「仕切り直しといこうか、若人よ」

「………」


 能力の呪札が無効化されていることに気がついたのだろう、そちらを一瞥したが、眉のひとつも動かさない。

 動揺は、やはりと言うべきか微塵も感じはしない。

 想定済み、そう考えて良いだろう。


 ダリアは苦笑した後、その両手に二丁の鉛の塊を産み落とした。

 鈍い鋼色のフレームに、木製のストックとグリップ。

 マガジンをフレーム上部に取り付ける独特のフォルムをしたそれは、先程取り出したミニや対戦車砲とも違うスマートな姿をしていた。


 ―――――九十六式軽機関銃。


 通常、二本のスタンドを立て照準固定をしてから使用する機関銃であるが、そのスタンドは膝を折って収納されている。

 両手に対になるように持ってはいるが、とは言え機関銃。

 大の大人でも片手で振り回す代物ではないのだ。



 ◆



 片方の機関銃を肩に担ぎ、ダリアは会場の床を踵で打ち鳴らした。


「…ッ!」


 ブラックが気配を感じ取り、その場から飛び退いた。

 先程までブラックがいた床板が鉛の礫で砕き割られる。

 激しい破裂音と機械の駆動音、そして残った硝煙の余韻。

 

 ブラックの正面で対峙していたダリアが、ブラックの背後に回っていたのだ。


「転移系の魔術か」

「ご明察」


 ブラックはすぐにその場から駆け出す。

 重力魔法で威力を増した弾丸の雨霰がブラックへ襲い掛かる。

 先刻と同じ光景。


 ブラックは同じようにダリアの懐へ飛び込まんとした。


 駆ける、尋常ならざる脚力が岩盤を蹴り抜く。

 一瞬で間合いを詰めたブラックの目の前で、ダリアが地面を強く踏みつけた。

 

「…面倒な」


 二人の間を隔てるように高く飛び出したのは、岩の壁。

 おそらくは魔法の類い。

 七剣フィリアスを両手に持ち、岩壁ごと横凪ぎに振るった。

 ただの脆い岩壁はすぐに砕けブラックの進行を許したが、壁を突き抜けた先にダリアは居なかった。


 すわ、また転移か。

 

 そう考えたブラックは、咄嗟に後ろを振り返った。


「ほぅ、二度目は食わぬか」


 やはりそこには、ダリアの姿。

 だが、その手に鉄塊の悪魔は握られてはいない。

 ブラックは魔法を構築し、青い光が迸る雷光を撃ち出した。


 だが魔法は掻き消え、雷光は消沈した。

 どうやら悪食の王に阻まれたようだった。



 魔法は無効、ならば物理で。

 もう一度七剣フィリアスを両手に構えたとき、ダリアが手を一つ打った。

 パンッ、と乾いた音が鳴った瞬間、ブラックは嫌な予感を覚えて防御の構えを取る。


「ぐっ!?」


 だが、それは悪手。

 砕かれた岩壁に隠れるように設置されていたC4爆弾である。

 ブラックを衝撃が襲う。


 爆炎に飲まれたブラックの様子に、会場は騒然となる。

 だが、黒煙から転がるように飛び出してきたブラックを見て、その騒然さはさらに加速する。


「防御魔法………といった所であろうか?」

「………」


 半透明の球に包まれたブラックは、服や肌は煤けているものの傷らしい傷が一切見当たらないのだ。

 すぐに剣を担いで飛び出したブラックを前に、ダリアは武器庫から軍刀を一本召喚する。

 そして一拍も置かず接敵。

 鍔迫り合いになるもすぐに軍刀が破損し、フィリアスの刃が迫る。


 だが、あと数ミリと言うところで、またも軍刀が行く手を阻む。

 またしても刃は砕け折れるが、即座に次の軍刀を召喚して剣を交える。


 壊れては、召喚し。

 召喚しては、壊れ。

 また壊れては、また召喚する。


 ひたすらそれの繰り返しだ。

 

 ガンッ、ギャリッ、と金属音が鳴り響く。

 

 ブラックが脇腹から逆袈裟に切り付ければ、軍刀の反りで受け流し。

 フィリアスを受け止めて刃が砕けた瞬間に、次の刀を突き出して牽制する。

 受け流し、カウンター、鍔迫り合い。

 

 剣術の応酬が続く中、その光景に変化が訪れた。

 ブラックがダリアを軍刀ごと押し込み、大上段から剣を降り下ろす。

 

「ふんッ」


 ダリアはその鋭い斬撃を柄のガードで受け流して、自由になった片手でブラックの七剣フィリアスを持つ手の手首を掴んだ。

 そのまま大きく回し蹴りを叩き込む。

 防御魔法の障壁に阻まれるが、ブラックと距離を取ることに成功したようだ。

 

 ダリアは地面に鉄の球のようなものを叩き付けると、目と耳を塞いだ。

 その鉄塊は瞬時にして破裂して、激しい極光と甲高い音を放った。

 防ぎきれなかったブラックは一時聴覚と視覚を奪われる。


「くっ…(なんだこれは… 魔法か何かか?)」


 不意打ちが来るだろうと予想して対策していたブラックは、何事もなく光が収まったことに拍子抜けする。

 すぐに気配を探り、ダリアがいると思わしき方を睨んだ。

 

「―――――奇怪なモノを…」


 ダリアはそこにいたが、その手に構えたものが異形であった。

 鉛色の砲身と、背丈をゆうに越える2mの巨体。

 三脚で支えられた細身のフレームは、その鈍重さをなるべくカバーしようとした軽量化の痕跡が見られる。

 太い銃口の先端には、四角いフォルムをした衝撃軽減のマズルブレーキ。

 遠眼鏡のようなスコープと赤黒いメモリレンズは、さながら悪魔の眼光のようである。

 

 凶悪な姿のそれの名は、シモノフPTRSー1941。

 アンチマテリアル………対戦車ライフルの名を冠する殺戮兵器である。


 いまその悪魔の紅眼が、ブラックを狙っている。


「さあ床に着け、永眠の時間よ」

「冗談じゃない、やらせるものか」


 一息で駆け出す。

 放された距離を一瞬で。

 一歩目を踏み出そうとした瞬間、シモノフが咆哮した。


 ―――――ドパァンッ!!!


 銃声が聞こえたときには、もう既に眼前に到達していた。

 14.5mm×144mmの殺意が、己が命を奪わんと迫る。



 これはもはや、奇跡と言えただろう。

 神速もかくやという七剣フィリアスの切っ先が、その弾丸を切り捨てた。

 赤い火花が頬を掠める。

 加速した弾丸の残骸が横を通り抜ける。

 

 すべてを置き去りにして間合いを詰めたブラックは、その刃をダリアの首に添えた。

 息を吐いて、つぶやく。


「……俺の、勝ちだ」


 ―――――――――――途端、万雷の喝采が響いた。


 地を奮わす、激戦への賛美歌。


 また一戦、ここに死闘が生まれた瞬間だった。

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此の世の全てを、灰塵に帰せ(またまた追記しました) へのへのティーチ @nononogamenolife0306

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