第4話

 隼人を含めた街の人間の身柄は一時、軍の施設に収容された。

 ヘリコプターに乗せられ、連れて来られたのはドーム状の建物。どうやら、住んでいた街から50キロも離れているらしい。

 翌日、隼人は其処で、葉留との再開を果たした。

 葉留の家族は父母と姉の全員が無事だったらしい。隼人が今よりも幼い頃から、葉留と彼の家族とは付き合いがあった。

 隼人は、葉留たちの無事を自分のことのように喜んだ。

 葉留は、隼人の両親の犠牲を自分のことのように悲しんだ。

 2日後、身寄りを失った子どもは1ヶ所に集められ、軍の人間から説明を施された。

 子どもの身柄は一定期間、軍の施設に預けられ、それから児童養護施設に送られる。

 説明を聞いた後、1人の軍人が隼人を呼び止めた。

 振り返れば、街で自分を救ったフリーダ・アダルベルトの姿があった。

 もう会えないと思っていた人間との邂逅。

 隼人は頭を下げた。

「助けてくれてありがとうございした」

 もしも彼女に会えるときが訪れたのなら、第一声に礼を言わねばとずっと考えていた。

 彼女がいなければ、自分は虫けらのように異星人に殺されていた。

 フリーダは軍帽を被っていた。

 そこはかとなく、軍人の威厳が増して近付き難いような印象だ。

 その場を立ち去ろうとする隼人を、フリーダは再び呼び止めた。

 フリーダは自分から隼人に近付いた。そして出会った時と同じように隼人の目線に合わせて跪いた。

「いいのか? 君は私を咎める権利がある」

 隼人の肩が強張る。

「私は、君の両親を救えなかった。私は君に何もしてあげられない。この機会を逃せば、君は怒りをぶつける対象を失うぞ」

 上がった肩に手を添え、フリーダは軍帽を脱いだ。

 厳しく冷たい印象を与える声だが、瞳には確かに慈愛のようなものがあった。

「フリーダは俺にとって恩人だから、フリーダにぶつけるものなんて、ないに決まってるじゃないか」

 隼人は拳を握り締めた。

「俺、軍人になって"アンゴルモア"の奴らをやっつけたいんだ」

「軍人といえど無敵じゃない。いかに訓練を重ねても、武器を手にとっても、戦場では呆気なく皆が死んでいく」

 逸らされた瞳。あれだけ威厳のあった声が、微かに揺らぐ。

 何かを思い出したのか、フリーダの瞳が赤みを帯びたのが見えた。

「しかし、もしも君が今よりも成長を遂げて、それでも軍に入りたいと思ってくれていたのなら、私が生きていれば、私を頼るといい」

 隼人の顔に輝きが浮かぶ。

「本当に? 」

「その場凌ぎの約束などではない。私は約束を果たしてみせるさ」

「俺、早く大人になってみせるよ」

 フリーダは険しい顔つきに戻り、力強く隼人を抱き締めた。

「忘れてくれるな、君には多くの選択肢がある。軍人になんて、ならなくてもいい。それを覚えておいてくれ」





 それから6年の月日が流れ、隼人は16歳に成長を遂げた。中学を卒業して直ぐに軍養成学校に入学し、3年間の学びを経た後に入隊を果たした。19歳で初めて戦場に立ち、優秀な戦果を収め、21歳になったときに、念願の部隊に配属されることが決まった。


「全く、まさか君が私の部下になるとはな」

 執務室の窓から日差しを浴びながら、フリーダ・アダルベルトは伏し目がちに微笑んだ。

 隼人は軍帽の鍔の位置を直した。

 フリーダの顔に軍人としての面持ちが宿る。

「須藤隼人二等兵。私が率いるのは、世界防衛連合本部直轄の遊撃部隊だ。最も前線に駆り出される部隊と言っても過言ではない。覚悟はあるか」

 隼人は帽子の鍔の奥から、真っ直ぐに上司の瞳を見据えた。

「覚悟なら、11年前から持ち合わせています」

「よかろう」

 隼人は寸分の躊躇いもなく、敬礼をしてみせた。



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