最終話 帰還

 部屋は固く閉ざされた。

 内側から鍵が掛けられており、外から開けることは扉や壁を破壊しない限り不可能である。


「開かないわね」


 エルティナはその扉を前に、手に顎を乗せて座り込んでいる。

 彼女の力を以てすれば、この扉程度どうにでもなるが、無理矢理こじ開けるほどの手間をするつもりはないようである。


「誰のせいだと思ってるのよ?」

「さあね」

「私、もの凄く怒ってるのよ」


 怒りをあらわにするセリスを前に、彼女は退屈そうに返事を返す。

 この扉の先に何があるのかと言えば、ただの部屋があり、というのもおかしいのだが、ブラックのしばらく泊まっていた部屋がある。

 この世界で借りていた一つだけの部屋、宿泊するだけなら十分に豪華だった部屋である。


「とは言っても、こうなる根本的原因を作ったのはあなたじゃない。力を振り回さなければ特に問題なく終わったのに」

「うっ、分かってるわよ。でも実際にクロツグをこうしたのはお前達のせいよ!実行犯、分かる?」


 確かにこうなったのは最初はセリスが原因だ。彼女が鬼神の力を使わなければこれが起こることはなかった。けれども、彼をこうしたのはこの神達であり、全てセリスの責任と言うには気にくわない。


「はいはい、悪かったわよ。でもなんともなかったのだから良いでしょう?」

「よくないわよ!」


 セリスがぶち切れた。

 力こそ使ってないが、その形相はもはや鬼の域だ。


「いくら神同士の戦いだからと言っても、クロツグに星を衝突させたり、大気を消したり、空間圧縮したり、体半分を異次元に飛ばしたり、核爆発を引き起こしたり……(略)……何度クロツグが運命のパラドックスで命を繋いだと思ってんのよ!」

「耳が痛いわね」

「それ以上の痛みをクロツグはお前達から受けてるんですけど」


 そこで鍵が開く音がし、かなり精神疲労を起こしているブラックと、彼をそうさせたエルティナの対の神、アルカエアが出てくる。


「いいよ、姐さん。俺たちが生きる世界は何とか守ったから……」

「ああ!クロツグ、大丈夫?お姉ちゃんが背負おうか?」


 話は聞いていたのか、ブラックがよれよれと歩きながら答えると、セリスは自ら受け止める。


「精神、感情、縛っていて正解でしてよ。運命のパラドックスのおかげか身体には一切の影響も後遺症もありませんでしたわ。人の受けいることの出来ない痛みを負って疲れが出ていますが、しばらくゆっくり休めば治りますわ」

「さすがの耐久力ね」


 キッとセリスが二神を睨み付ける。

 なぜならその二人がブラックを心配している様子が微塵も見られなかったからだ。


「あら怖い」

「ふふ。エルティナ、ワタクシは一足先に帰りますわ。これ以上ここにいても意味ありませんもの」


 その強い視線を感じ取ったのか、ひゅんと、唐突に一人の神が消える。

 誰が見ても逃げたと分かるシーンだ。


「姐さん、あまり深く考えない方が良い。人と神では価値を置くものが違う。考えることが噛み合わないのが普通だ」

「だとしても一言は謝らせるべきよ」

「いやいい、俺は代わりにエルティナ様の指示に終わったのだからな」


 それは本来の目的である、鬼神の器になる人形を探すことだ。

 当然のことごとく、その任務はやりこなすことなく失敗に終わったので、ブラックの謝らなければならない点だ。


「そうね、今回はそれでお互い様ね。次あればしっかり働いて貰うわよ」

「はい」

「なんかウザいわね」


 セリスの意見も最もだろう。

 なにせブラックは理不尽に働かされた上で失敗せざるを得なかったのだから。


「だが、そうでもない」

「どういうこと?」

「エルティナ様の任務を失敗するということをのだからな」

「あっ……」


 もし感情があれば、腹黒さを滲ませたニヤつきがあったことだろう。

 けれども彼の顔は真面目なので、内心どう笑っているのかは想像出来ない。


「それはともかくだが、」

「ええ、いい加減帰るわよ。もうこの世界には用はないでしょ?」


 ブラックの言葉を皮切りに、エルティナは重そうに腰を上げた。

 つられてセリスとブラックも立ち上がる。


「ああ、この世界ではし、今は少しでも寝たいな」

「うふふ、じゃあ、帰ったらお姉ちゃんが膝枕してあげるわね」


 かくして、ブラック達はトーナメントから、いや、この世界からその後を見ることなく立ち去るのであった。

 


____完____

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