ロードランナー
朝凪 凜
第1話
走れど走れど終わりは見えない。
もうどのくらい走っているだろう。まだ陽が傾き始める前から走り始めているが、すでに仰がなくても見える位置になっている。
「はい、あと——十周ね」
校門でストップウオッチを手にした眼鏡の子が声を掛けてくれる。
終わりはあった……。しかしまだまだ先は長く、体力が尽きるのが先か陽が沈むのが先かというところだろう。
そして黙々とというよりは誰かと話をする余裕すらないまま学校の周りを走り続け、ついに目標を達成した。
「終わった……」
声にならない息を吐いて雪崩れ込む。
「ほらほら、終わったら急に脚を止めないで。クールダウンしてきなよ」
さっきの眼鏡の子が私の腕を引っ張ってくる。
「うー……無理……死ぬ…………」
ぐったりとしたまま眼鏡の子に倒れかかる。
「そのまま倒れる方が死ぬわよ。ほらじゃあ一緒に歩くよ」
腕を廻して肩にかけてくれながら、仕方なく立ち上がった。
「でもさぁ、なんで私が走らなきゃならないのよ。専門は二〇〇なのに」
今しがた走っていた女の子は短距離専門の陸上競技部の部員であった。
「総体に出る選手は全員これやってるのよね。大変そう」
哀れみをみせつつ、安堵してる眼鏡の子は他人事だった。
その態度にムッときた彼女は
「そりゃ大変よ。いつもいつもトラック競技しかしてなかったのに突然フルマラソンの練習をしろ、とか言ってくるんだから。アンタもこの地獄を味わいなさい!」
長距離が辛いという理由もあるが、平坦しか走っていない人がアップダウンのある学校外周をするというのは思いの外堪えるのだ。
「私は選考から外れたんだからマネでいいのよ。これでも倒れた人の世話とかで大変なんだから。それにしても今回のコーチが熱血努力系だから調子狂うのはわかるわ。前までのコーチは理論派だったからあれはあれで慣れるのに大変だったけど」
理論というのは頭で考えるのだが、最終的には体で覚えなければならない。それが分かっているようで、腕の角度や足の上げ方のフォームチェックを頭で分からせて、それを繰り返し体に覚えさせるのだ。
「前のコーチの口癖は」
『無駄のないフォームで走れば理論上は皆日本記録を持てるのだ』
眼鏡の子が女の子のフレーズに合わせてハモった。
「だもんね。そりゃ無理ってもんだ」
けたけた笑いながら鞄の置いてある校庭の隅に辿り着いた。
「それじゃあ私はクールダウンしてから帰るけど、どうする? 待ってる?」
「いいよ、待ってる」
さっさと部室の方に歩き出しながら返事を返した。部室で待っているということなのだろう。
「たっだいまー」
サクッとストレッチをして部室に戻ってきた。
「あれ? もうジャージ着替えたの?」
眼鏡の子は既に制服に着替え終わっていた。
「特にすることもないし、あんたのことを待ってただけなんだからぼーっとしててもしょうがないでしょ」
そういいつつも手には制汗スプレーと使い捨てタオルを用意していた。
「どうもね。帰りにどっか寄らない? 私の自主練に付き合ってくれたお礼になんか一つ奢るよ」
制服に着替えつつ、おもむろに部室の奥の机に向かい
「なにそれ?」
何の変哲もない未記入の白封筒を目の前にして頭より先に口が動いた。
「ふっふっふ。
「ダメでしょ! っていうかなんでそんなところに? いやそもそも何でそれを知ってるの!?」
狭い部室をダッシュして封筒を取り上げる眼鏡の子。
「実は——嘘です!」
「知ってた!!!」
「(どう見てもさっきの狼狽え方は本気にしていたとしか見えないのだけど、そういうところが面白いなぁ)
はい、返してね。大丈夫だから」
取り乱した眼鏡の子から封筒をあっさり取り返す。
「本当は——部費です!」
「嘘だろ!」
「いやいや、『私の部費』なのよ。今年の部費徴収で、忘れてたやつ」
「じゃあ部費じゃん!」
「うん」
「どっちだ!!!」
「うそうそ。忘れてたから別の時に渡してたの。で、これは私が回収し忘れた私の部費」
ひらひらと封筒を見せびらかしながらニコニコ笑う。
「じゃ、スイーツ食べて帰ろうか」
そんな箸が転んで笑い転げる私たちが今、スイーツを食べに歩み始めた。
ロードランナー 朝凪 凜 @rin7n
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