四


 玩具のように白い骨を前にして、早瀬さんはまた声を上げて泣いたが、全て済んで外に出ると、いくらかすっきりしたようだった。

 空がむなしいほど澄んだ青で、風が高くで微かに鳴っている。波が遠くに囁いている。胸の透き通るような、冬らしい天気だ。

 隣を歩く早瀬さんが、涙の名残か、鼻をすするのが聞こえた。私は不意に、早瀬さんを見てからずっと、ぼんやり考えていたことを口にした。

「あなたに渡したいものがあるの」

 私は、内ポケットから、五通の遺書を取り出した。

 それを早瀬さんに手渡す。

「あの人の遺書。きっと、あなたに持っていて欲しいと思うから」

 遺書は、市川さんの日記のように思えたけれど、彼女への恋文でもあるように思える。少なくとも彼女は、愛の神秘で、そう読むだろう。

 早瀬さんはすんなり受け取った。

 初めは、何のことか分からないというように、呆然としていた。しかしすぐ、自分の渡されたものの重みを知ったらしく、手紙を握り締めて胸に押し抱いた。

「ありがとうございます」

「それと」

 私は、勢いのまま、思い浮かんだことを口走った。

「早瀬さんが良ければ、いつでも家においで。仏壇に手を合わせにおいで」

 彼女は、大きな目を丸くした。私は微笑みを込めた目で、手に抱えた骨壺を見下ろした。

「あの人も、喜ぶと思うわ」

 ああ、やはり私は、冷たさにおいては、あの人と重なっている。早瀬さんの美しさを眺めていたいがために、嘘をついている。

 蝶が軽やかに蜜から蜜へ舞うように、彼女が次の恋を見つけるまで、私は彼女と少しでも多く時を共にしたい。ひとりの、寂しくはなくとも退屈な生活を、彼女の美しさは慰めてくれるだろう。

 もしかすると、私をも、暗い海の底へ誘ってくれるかもしれない。

 早瀬さんが、こちらをまっすぐ見つめて言う。

「毎日でもいいですか?」

「ええ。もちろん」

 私が頷くと、早瀬さんははじけるように、破顔した。そして急に、隣の私へまっすぐ向き合って、深く頭を下げた。

 謝罪かと怯えたが、ごめんなさい、とは言わなかった。思わず、ほっと息をつく。感謝だと受け取っておこう。ならば美しい。

 彼女は礼から姿勢を戻すと、ふと、火葬場の方の空へ視線を流した。

 あ、と声をもらした。

 私も横を向いてみると、煙突から、煙がのぼっていた。

 煙は揺れて、空の青に儚く溶けていく。

「健一先生も、ああやって消えたのかな」

 早瀬さんがささやかに呟いた。

 煙を眺める彼女の横顔を、私は見つめた。

 涙を何度も拭った目尻が、恋心のように赤かった。

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冬の海 しゃくさんしん @tanibayashi

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