ファン1号




 はぁ……街に帰ろ。


 鳴り止まないレベルアップ音を聞きながら地面に着地する。あぁもう疲れた。


 【世界初! ワールドアクティブレイドボスが討伐されました。討伐された場所はリーフ国ハルジオン北の草原、討伐個体は紫光狼・アーデルベルトLv.100です。なお世界初ボーナスとしてハルジオンにいる全てのプレイヤーにSP30をプレゼント!】


 知らないしらない。


 【世界初! ワールドアクティブレイドボスをソロで討伐されました。討伐された場所はリーフ国ハルジオン北の草原、討伐個体は紫光狼・アーデルベルトLv.100です。なお世界初ボーナスとしてソロ討伐したプレイヤーには紫光剣・アーダルベルトをプレゼント!】


 しらないったら知らな……まぁ貰えるなら貰っておこうか。


 そのままエネミーがリポップする前に街へと歩き出す。

 しかし、街から出てすぐがこんなに強いやつばかりだったらやってられないなぁ。服もボロボロだし靴も穴が空いてるし、ホントにこの頃のVRMMOは……。


 「こんにちは! さっきの戦闘凄かったです! 空をあんなに駆け巡って!」


 誰? この人。

 北の門を潜ろうとすると、近くから女の人が寄ってきた。


 「あっ、私 名無しといいます。ファンになりました!」

 「えっと……ソウです。とりあえず落ち着きましょ」


 名無しさんは狐の獣族、腰まで届くオレンジ色の髪を三つ編みにしている。

 僕の手をぶんぶんしている名無しさんに声をかけると、ハッとして飛び退いた。


 「すいません! ついテンションが上がって」

 「いえ、構いませんから頭を上げてください。あとこっちの草原に行くならオススメはしませんよ? 強いんで」


 名無しさんが頭を下げてくるのを止やめてもらい、今までいた草原の注意もしておく。他は知らないけどまだ人が居ないってことはここだけが強いんだろう。


 「あっいえ、私はこの門の中でソウさんを見ていただけなので。掲示板で凄いプレイヤーがいるって聞いて、気になって見に来たんです」


 掲示板? いやな予感がする。そういやさっきのメッセージって全プレイヤーに流ているんだよな……。


 「と、とりあえず場所を移しましょうか。ここだといろいろとマズそうなんで」

 「そ、そうですね! 多分すぐに人だかりが出来ると思いますし」


 そういってそそくさと街に入る。

 ついでに翼に魔力付与MP1をして小さくもしておこう。


 「え!? それ消せるんですか? 人族? 天族?」


 驚く名無しさん、そうかこれはまだ広まっていないのか。といってもまだサービス開始から2時間くらいしか経ってないんだけど。


 「天族ですよ。名無しさんは魔力付与のスキルは持ってますか?」

 「あっはい、持っています。まだ使っていないんでレベル1ですけど...」


 魔力付与は天族じゃなくても持っているみたいだな、なら村人の初期スキルだろうか。


 「その魔力付与を翼にすると大きさが変えれるんですよ、それで人族に変装しているんです」

 「魔力付与って武器とか防具以外を対象に出来るんですね。まわりの皆は武器とかにしてたので」


 となると全プレイヤーが魔力付与を持っているみたいだな。

 まだ身体に魔力付与を掛けるのは広まっていないみたいだ、まぁこれも時間の問題だろうけど。


 「あそこの店に入りましょうか」


 見つけたのは門から街の中に入り、左に曲がって突き当たりにある店だ。北の門近くの様子が見れる絶好の場所である。


 「そうですね、北の門を見れるいい場所ですし」


 入った店は喫茶店サート。


 カランッ――とドアが鳴り、店員さんがやって来る。


 「いらっしゃいませ!お2人様ですか?」

 「はい2人です、出来れば窓際がいいんですけど」

 「あっはい、大丈夫ですよ〜。ではこちらへどうぞ」


 案内されたのは窓際で真ん中のテーブル席。


 「ご注文が決まりましたら、そちらのベルを鳴らしてくださいね」


 店員さんは頭を下げるとすぐに奥に消える。

 メニューをテーブルに広げて名無しさんにも見えるようにする。ついでに翼に魔力付与をしておく。絶対翼を出して座ると違和感が出ると思うし。


 「名無しさんは何にしますか?」

 「そうですね〜、私は抹茶餡蜜セットにします」

 「じゃあ僕はリーフ茶とリーフ団子に」

 「おっ?責めますね〜」

 「この国の名前が入ってますからね、きっと大丈夫だと信じて」


 そう笑いながらベルを鳴らす。


 「お待たせしました、ご注文をお伺いします」


 店員さんは注文をするとすぐに奥に消えていく。

 ふと北の門を見ると人が集まりかけていたが、残念ながらそこには居ないのだ。


 「それでは改めまして、名無しです。狐の獣族で魔術師です」

 「改めましてソウです。天族で村人です」

 「なんかお見合いみたいですね」

 「ゲームの中ですけどね」


 少し笑うと笑い返してくれる。


 「ソウさんは村人なんですね、ちょっと意外です」

 「ほとんどノリで決めた職業ですけどね」

 「実は私も初めは村人だったんですよ」

 「それで魔術師に?」

 「はい。村人は生産職だって聞いて、そのまま転職しました」


 生産職? あぁ、まぁ確かにそういう部分もあるかもしれない。納税でレベルが上がってアイテム獲得するんだし、生産するには持ってこいかもしれないなぁ。


 「やっぱり職業で変わったりしました?」

 「しましたよー!なんとMPが50になったんです」


 魔術師だから魔法をメインにするだろうし初期MPは高めなんだろうけど、それだけじゃないような気がする。


 「あと魔法の威力が10%上がるみたいです。といっても私はまだ戦っていないのでステータスの表記上でしか分からないですけどね」

 「職業ボーナスですか、ということは他の職業でも何かしらのボーナスがありそうですね」

 「みたいですねー、村人だけは何も無しですけど」


 村人ぉ。もっと頑張れよ村人。


 「もしかしたら生産すると何かしらのボーナスが上がったり」

 「あっ、もしかしてソウさん知りません? ステータスから職業を押すとボーナスが表示されているんです、でも村人だけは''無し''って書いているんですよ」


 運営酷いなー! 村人差別だ。


 「名無しさん詳しいですね、まだサービス開始から2時間ちょっとなのに」

 「実は街の外に行かないで掲示板ばっかり見ていたんです。おかげで皆より少しだけゲームに詳しいですよ!」


 頭を掻きながら笑う名無しさん。それは確かに人より詳しいわけだ。


 「お待たせ致しました。抹茶餡蜜セットとリーフ茶にリーフ団子です」


 名無しさんの所に置かれた抹茶餡蜜セットは抹茶餡蜜と品名が分からないお茶だ。

 僕の所にもリーフ茶とリーフ団子が置かれる。


 「ありがとう」

 「ありがとう」

 「はい、それでは失礼します」


 そう言って店員さんは紙を置いて店の奥に消えていく。おっと魔力付与しとかないと。


 「それでは……いただきます!」

 「いただきます」


 さっそく、という感じで抹茶餡蜜を口に運んでいく名無しさん。


 「んっ〜! おいしいぃ〜!」


 いい笑顔頂きました、ご馳走様です。

 ……あっこのリーフ茶おいしい。当たりだなこれ。


 「リーフ茶も結構いけますね」

 「当たりでしたか! 私も今度注文しよ。あっこの抹茶餡蜜も美味しんですよ、良かったら1つどうぞ」

 「ありがとうございます、だったらこっちのリーフ団子と交換しましょ。これもなかなか美味しいですよ」


 名無しさんから1つ貰い、僕も団子を1つ渡す。


 「抹茶餡蜜もいいですねー、この店は正解でしたね」

 「そうですねー! このリーフ団子もおいしい〜!」


 本当にこの店は正解だ、また来よう。


 「そろそろ門に人が混雑して来ましたね」


 名無しさんがそう言って門を見る、僕も釣られて門を見ると人が混雑して喧嘩騒ぎにもなっていた。


 「残念ながらそこには討伐者はいないのであった」

 「クスクス……ここでゆっくりしていますからね」


 名無しさんは少し手を動かして画面を操作する。


 「ん? なんか討伐者を探しているだけじゃないみたいですよ」

 「あそこの喧嘩を見物しているんじゃなくてですか?」

 「はい、掲示板の鑑定班によると北の草原のレベルが5まで下がっているみたいなんです」


 それはまた急だな……修正でも入れたんだろうか。それとも


 「あのボスを倒したからとか……」

 「いえ、そこまではまだ推測の域から出ないみたいなんですけど……ありうる話ですよね」

 「それか誰かが条件を満たした、っていうのはタイミング的に無さそうですかねー」

 「ですねー」


 団子をパクリ。

 あぁ〜癒される。

 お茶を飲むといい感じに口が爽やかになってまた癒される。


 「抹茶餡蜜最高ですよー、これ食べすぎると現実に影響するんですかね」


 抹茶餡蜜を食べながら頬を緩ませる名無しさんがポツリと呟く。


 「するみたいですよ。現実の食事をこっちで補うのは無理みたいですけど、こっちで食べた分は主に体型に影響するみたいです」

 「なんつーめいわくな……」


 実際こっちの食事が現実に全て影響するなら、現実の食産業等は酷い打撃を受けるだろう。なんたってゲームの通貨で払うから食費代の心配をしなくて済むし。


 だけど体型だけに影響するならゲームと現実とで食事をしてメタボる人もいるだろうし、ゲームで食事をして現実で抜いていたら身体に栄養が行き渡らなくなって最悪……なんてこともあるかもしれない。

 そこの所は要調節しないとな。


 「そういえばソウさんは転職しないんですか? 村人のままで?」

 「今のところする予定はないですね、もう少しこのままでいるつもりです」

 「もし転職するなら中央時計塔の中に職業案内所がありますよ、入場料100Gに転職料500Gかかりますけど」

 「あぁあそこですね、1度寄ったんですけど中に入れずじまいなんですよね」


 金が無くて。


 「なんでまた、まさかその称号と関係があるんですか?」


 名無しさんは上を見て言う。頭の上に浮かんでいるキャラネームと称号を見ているんだろう。

 なかなか痛いところを突かれてしまった。


 「鋭いですねー。その通りです、といっても入れなかったのは所持金が足りなかったからなんですけどね」

 「足りないって100Gですよ?私もあと500Gしかないので人のことあまり言えないですけど」


 ん? 転職したなら計算が合わないと思うけど、まぁ。2時間ずっと掲示板を見続けている訳でもないよな。


 「その100Gが足らなかったんですよ、納税スキルって知ってますよね?」

 「はい、村人の初期スキルですね。……まさか」

 「この称号は初めての納税で、初期所持金の全てを納税した時に取得出来るんです」


 名無しさんは上を向き天を仰いだ。上には緑色のシーリングファンが回っていた。


 「称号が手に入って結果オーライなのは分かりますが、ソウさん……あほですか」

 「プッ! にやけながら言われても……いやまぁ反省はしてますよ、行き過ぎた悪ノリの成果です」


 「その称号の内容は聞いても?」

 「案外強力ですよ?エネミー討伐時のGが3%増えるのとログアウト時に所持金の10%が強制納税され、その経験値が5倍、見返りアイテムが10倍になるんです」

 「もはや納税スキルの必須称号なくらいですね」


 実際そうなんだろう、あるとないとじゃ大違いだ。


 「そろそろ門の方も収まって来ましたね」

 「名無しさんはこれから?」

 「ソウさんに付いて行きたいのはやまやまなんですけど、これ以上の迷惑は掛けられないので掲示板を見ながら外に出ることにします」

 「そうですか、だったらフレンド登録しておきませんか? また良かったらパーティでも組みましょう」

 「いいんですか? ありがとうございます! それでは要請を送っておきますね」


 フレンド承認をすると彼女の上にあるプレイヤーを示す青いマーカーが黄色に変わり、その上に表示されていた名前が黒から青色に変わる。


 「ご馳走様です」

 「ご馳走様です」


 「行きましょうか」

 「そうですね」


 紙を持って会計の所へいく。


 「ありがとうございます」


 店員さんは何も書かれていない紙をテーブルに置くと、空中に文字が浮かび上がり金額が表示される。


 「抹茶餡蜜セットとリーフ茶、リーフ団子で900Gです」


 僕と名無しさんの前にも小さめの画面が浮かび、所持金と代金に支払い金額が表示される。支払い金額を操作するみたいだな。


 「今日は僕が払いますね、エネミーを狩って軽く小金持ちなので」

 「いいんですか? それではお言葉に甘えて」


 やった! と嬉しそうな名無しさんを横目に支払い金額を900Gにして決定ボタンを押す。


 「ありがとうございます! またのお越しをお待ちしております」


 店から出ると名無しさんは僕の前にやってくる。


 「ご馳走様です、ソウさん。次会うまでに少しでも追いついて見せますよー」

 「楽しみにします、僕も負けてられないですね」

 「それでは! 今日はありがとうございました」

 「こちらこそ、またいつでも連絡してきて下さい」


 名無しさんはお辞儀をして去っていく。

 手を振って見送りながら僕も歩きだす。

 プレイヤーは半径10m以内だと名前が表示されてそれ以上だとマーカーだけになるのだけど、フレンド登録された名無しさんは10mを超えても名前は残り続けたままだった。なるほど、これはわかりやすい。


 名無しさんを見送ると、途中から無意識にしていた魔力付与をして息をつく。


 さて、近くに座ってステータスのチェックをしたら時計塔にいってみようか。転職はしないけど上から街を眺めてみたいんだよな、楽しみだ。

 みぃも楽しんでるだろうか。

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