第12話β 神の国へ


 劇場テアトルの出来事が終わってから、急にたくさんの予言の依頼が舞い込んできた。

 はじめの内は依頼の内容なんかを聞いていたのだけれど、多くて複雑なものだから、次第にあまり聞かなくなった。

 どうせ予言をするのはわたしじゃなくて神さまなんだから。

 それでも今回の予言の時は、話を真面目に聞いてみようという気になった。

 「ピトよ。今回の予言は、テーバイからのものだ。知っているだろう。この前劇場テアトルで行われた劇にも出てきたはずじゃ」

 「そういえばそんな話があったような……」

 「オイディプス王はテーバイの王じゃぞ」

 「そうだ。そういえばそうだった」

 劇で見たのと同じような予言をすることになるなんて素敵。

 リコにも伝えてあげよう。

 

 「リコ!」

 小屋に戻ってリコの姿を見かけると声をかけた。

 「ピト様、どうなさいましたか?」

 「えっとね。わたしが今日これからする予言はね。劇でやったのと同じ予言なの。えっと町の名前が……」

 忘れてしまった。どうにも言葉が出てこない。

 最近物忘れが多くなったり、ぼーっとしてしまう事が多いような気がする。

 「テーバイですか?」

 「そうそう。ごめんなさい。最近物忘れが多いの。すぐに忘れてしまって、思い出せなくなったり……」

 わたしが謝ると、リコは何かに気付いたかのように、急に笑みを浮かべていた。

 「ピト様、それはきっと、ピト様が神様の国に近づいているってことなんだと思います」

 「神さまの国?」

 神さまの国といえば、昔よく聞いた言葉。

 「神様は崇高で人間から離れた存在なので、そこに近づくと人間の言葉や習慣を忘れやすくなってしまうんだと思います」

 「そういえば前の巫女さん……、わたしの前の巫女さんもそんな風になっていたような……」

 「はい、クレア様は聡明で神様にも愛された方でしたが、神憑きの儀を続けている内にあまり言葉を発さなくなりました」

 「クレア様……」

 「前の巫女様のお名前です」

 そう。そんなお名前だったのね。聞いた覚えが無いから、神殿の外の人たちには言っていないのだと思う。

 わたしが忘れているだけかも知れないけど……。

 「だからピト様、少し忘れる事が多くてもご心配は要りませんよ」

 リコは再びそう言ってにっこりと微笑んだ。

 神さまの国がどんなところなのか、わたしにはわからなかったけれど、リコの笑顔を見ていると心が落ち着いた。

 今はただそれだけで良いって、そう思えた。

 

 

 「ピト様っ!」

 それからしばらくしたある日、リコの嬉しそうな声が小屋に響いた。

 「東方の蛮族の侵入は防がれたみたいです。ヘラスから去っていきました。ピト様の預言のおかげです!」

 「わたしの……預言?」

 「はい! 以前仰っていた、八月の第三週には追い風が来るって。だからそれまで敵を引きつけておけって、仰ってました」

 わたしはそんなことを言ったんだろうか。全然覚えていない。

 「うーん、そんな事言ったんだっけ?」

 「はい! 仰っていました」

 リコは笑みを浮かべながらはっきりとそう言った。

 「今は……もうそんな時期なの?」

 「はい、そうですよ。ピト様が予言を告げてからもう一月以上経っています」

 「……そうなんだ」

 その間何をしていたのか、あまり記憶にない。

 思い出そうとしても、考えが上手くまとまらない。

 これが神さまの国に行くということなんだろうか?

 心が浮わついて体から離れていきそうな感覚。

 ただ立っているだけなのに、地面がずっと遠く離れて見えた。

 視界が少しぼやけて明るく見える。

 禁所アディトンに行ってもそれは同じだった。

 光の届かない地下のはずなのに、辺りが淡く光っているかのように見えた。

 

 

 「ピトよ。今は大祭が行われている最中なのだ。神の予言を伝えてくれるか……?」

 おじいさんの言葉が頭に入ってきた。

 それまでに何をしていたのか、全く記憶にない。

 そんな調子だから、神さまの予言が何だったかなんてもう……。

 だめだ。もう言葉が出てこない。

 言葉が出てこないだけじゃなくて……、それが良くないという意識すらない。

 「ピト……。そうか、お主は神の国へ近づいているんじゃな。ならばわしが、予言を民衆に伝えよう。

 そんなわたしを怒る風でもなく、おじいさんは優しく語りかけてくれた。

 ピトは傍らで立ってくれていればそれで良い」

 「うん……」

 歓声が聞こえる。

 私の代わりにおじいさんが言葉を告げてくれたみたい。

 神殿に戻ると、頭が少しふらっとして、ひざをついてしまう。

 「ピト様、大丈夫ですか?」

 リコの声。

 わたしは、はぁはぁと息をつきながら、リコに肩を寄せた。

 そのまま目を閉じると、わたしの体は暖かさに包まれた。

 そしてぼんやりと、まぶたの裏におぼろげな光が見えた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

らうりえの花 みづはし @midz

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ