とある元悪役の肖像

結城藍人

とある元悪役の肖像

「ううううう……」


 空き地のすみの方で、イワオは必死になって岩を支えていた。すぐそばの崖から転がり落ちてきた大岩である。それを何とかでも支えられているのは、イワオの腕力と頑丈さが飛び抜けているからに他ならない。


 イワオの足元では、小人がスヤスヤと気持ちよさそうに寝ている。おそらく、崖下の日陰になっている所で昼寝をしていて、岩が崩れ落ちてきたことにさえ気付いていないのだろう。


 ちょうどイワオを探していたタケミが、その状況を見て慌てて駆け寄ってきた。それに気付いたイワオがタケミに向かって叫ぶ。


「いいところに来てくれたわいな! 早く、そこで寝ている人をどかして欲しいんだわいな~!」


「わ、分かったわ!」


 タケミが小人を手に取って離れると、イワオは大岩を足元に落とした。


「あいたーっ!」


 うっかり岩を足の上に落としてしまったのだ。ただ、それでも「痛い」程度で済んでいるのだから、イワオの頑丈さは並外れている。


 その騒ぎを聞いて、寝ていた小人が目を覚ました。イワオとタケミを見て目を丸くすると大声で叫ぶ。


「か、だ~! 助けて~!!」


 それを聞いたタケミが憤然として言い返した。


「失礼ね! イワオさんは岩崩れからあなたを助けてあげたのよ!!」


「え?」


 そして、小人は……いや、そのは地面に落ちた大岩を見て青ざめた。


「助けてくれたんですね。あなたたちは、いい怪獣だったんだ。どうもありがとう」


「礼にはおよばないわいな」


 そう言うイワオに対しても何度も頭を下げると、タケミに地上に降ろされた人間は空き地から……いや、大きな草原から家に帰るために、近くに停めてあった車に乗り込んで走り去っていった。


「それにしても、こんな所でして、何をやっていたの?」


 問い詰めるタケミに、ちょっと気まずそうな顔でイワオは答えた。


「ちょっとしてただけだわいな」


 それを聞いたタケミは、呆れ顔になって言った。


「まだ諦めてなかったの? は、もう手が届かない所に行っちゃったじゃないの。昔は確かにライバルだったのかもしれないけど、今じゃは世界最強の戦士で、一国の王でもあるのよ。あなたのだって、もう勝つことは諦めたんでしょう?」


 それに対して、イワオはタケミから顔をそむけて答えた。


「確かにはもう諦めてしまったわいな。だけど、オイラはまだ諦めきれないんだわいな。どんなにドジでグズでマヌケでも、諦めないで頑張れば世界最強にだってなれる、そういう夢を抱かせてくれたのは、他ならぬなんだわいな」


 その言葉を聞いたタケミは、ハアと溜息をついて言った。


「やれやれ、も罪作りよね。あなたを悪の道から救い出してくれたのには感謝するけど、こんな風にいつまでも強さにこだわるようにもしてしまった」


 だが、そこで今度はイワオの顔の前に回り込むと、笑顔になって言葉を続けた。


「だけど、そんなあなただから好きになったんだけどね」


 それを聞いたイワオは、顔を真っ赤にしてしまう。だが、そこから顔を引き締めると、力強くタケミに言った。


「ありがとうだわいな、タケミ。今はまだ勝てないけど、オイラはいつか必ずに、スグルに正々堂々と勝負を挑んで勝ってみせるんだわいな!」


 いつしか傾いてきていた夕日が、二匹の怪獣の上にオレンジ色の光を投げかけていた。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

とある元悪役の肖像 結城藍人 @aito-yu-ki

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ