第4話 今時イケメン、雄っぱいに完敗する。

「ふんふーん♪」

 鼻歌まじりにパソコンのキーボードを叩く。

 仕事量が多くて残業になってしまったけど、ご機嫌な理由は金曜日だからだ。

「よう、ご機嫌だな」

「ん、まぁね」

 顔なじみの男性社員から声をかけられる。彼は営業部の……なんて名前だっけ。名前おぼえるの苦手なんだよね。

「今日飲み会があるんだけど、行かない?」

「ごめん。用があるから」

「えー、最近付き合い悪いなぁ。ちょっとだけでいいから行こうぜ」

 いつになくしつこい誘いに画面から目を外して彼を見上げる。背が高く細身で、いかにも「今時のイケメン」といった彼は不機嫌そうに私を見下ろしている。

 確かに以前はよく飲み会に参加していた。でも今の私は週末に愛しの筋肉もとい、騎士団長様に会いに行っている。

 最初の頃は土日だけだったけど、ここ数週間は金曜から向こうで騎士団長様のご自宅の天蓋付きベッドでお泊まりなのだ。

 私がちゃんと寝ているのかどうかはともかくとして、だけど。うへへ。

「お前、男でも出来た?」

「うん。まぁね」

 さらに不機嫌になったらしい彼の問いに、微妙な気持ちになって答える私。

 派遣社員である私は仕事場でプライベートなことは言わないようにしている。むしろ言いたくない。

 私が無言になると、彼の声は徐々に大きくなっていく。

「何だよそれ、大っぴらにできないような恋愛してんのかよ」

「は? 何言ってるの? アンタに関係ないじゃない」

「関係ないって何だよ!」

「何なのよ。私はもう帰るから」

 彼に構っている暇はない。あまり遅くなっては騎士団長様が心配してしまう。

 目の前にいる男の横をすり抜けて行こうとするも、腕を掴まれてそのまま強く抱きしめられる。

「ちょ、離して!」

「行くなよ! そんな男の所に!」

「離してよ! セクハラだよ!」

 気持ちが悪い。

 やり取りがあっても好意を抱いていない男に触れられる気持ち悪さに、吐き気がしてくる。

「好きなんだよ」

 耳元で言われて、さらに鳥肌が立つ。何だこの男は。最低最悪だ。

 社内に人はいないし、助けを呼ぼうにもどうにもならないこの状況に涙が出てくる。

「うわっ⁉︎」

 不意に体が自由になり、そのまま良い匂いとムチムチなクッションに包まれる。

「な、なんだお前! どこから入って来た!」

『どこからも何も、俺は婚約者を守るために来たのだが』

 安心する匂いにくんかくんかしつつも上を向いた私は、そのたわわな大胸筋越しの凛々しい顔を信じられない気持ちで見ていた。

 彼の言葉は、着ぐるみを着ていない私には日本語には聞こえない。それでも一生懸命勉強したから聞き取りは出来るようになった。

 声を聞いてもなお今ここにいる彼を信じられず、夢見心地のまま私はまだ拙い「あちらの」言葉で問いかける。

『だんちょうさん。なぜ、きた?』

『婚約の儀をしただろう。あれは相手の危機を察知することが出来る魔法陣が体に刻まれる。危機を察知した時点で転移できるが、風呂に入っていて少し遅れた。すまん』

 そう言った騎士団長様は、少し濡れた髪を無造作にかきあげた。よく見ればいつもの騎士服ではなくラフな姿で、シャツのボタンは全部外された状態だし、スボンもベルトをしめていなくて辛うじて腰骨で落ちない状態だ。その危険な色気ヤバい。鼻血出そう。神様ありがとう。

 そこで気づいてしまう。私が顔をうずめているその場所は。

「あわわ、す、素肌が、きょ、胸筋が」

『落ち着け』

 そう言って団長様は私の後ろ頭に手をやり、抱き込むかのように再びその素晴らしい大胸筋に顔をうずめさせてくださる。

 まさに至福。至福ですぞ。

「おい! そいつから離れろ!」

……うるさいなぁ。

「恋人いないって言ってたじゃねぇか! どういうことだよ!」

「いなかったのは一ヶ月前で、その後に出来たの!」

「お前っ」

『いい加減にしろ』

 騎士団長様の言葉を理解しないまでも、殺気混じりの迫力にヤツは急に顔を青くさせて後ずさっている。

『失せろ』

 その一言に、訳のわからない何かを叫びつつ去って行ったアイツの未来に幸あれ。うっすらスーツの股下部分の色が変わっていたのは見なかったことにしてやろう。

『む。加減を間違えたか』

『だいじょぶ。だんちょうさん、ありがと』

『いや、だいぶ言葉を覚えたのだな。えらいぞ』

『えへへ』

 緩む頬を押さえて悶えていると団長様の私を抱く力が強くなった。ふぉぉ、筋肉よ再び。

『ところで、つかぬ事を聞くが……どうやって向こうに戻れば良いのだ?』

 まさか婚約者を守るための転移魔法陣が、異世界まで繋がるとは思ってなかった騎士団長様。

 きっと向こうの魔法使いが驚くだろうと、のんきに話していたけれど……。


 その後、急きょ取り寄せた『モフモフわんころ餅の着ぐるみパジャマ』を限界まで伸ばし、ピチピチ全身タイツ状態で我が家のトイレから元の場所に戻ることができた騎士団長様。

 だがしかし、心配して執務室に待機していた美形副団長様と他数名が、まんまとその惨状を目撃してしまう。

 それにより腹筋が崩壊寸前になるという二次災害が発生し、一部の関係者にとって悲劇的な結末を迎えたことをここに記しておく。

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着ぐるみパジャマ女子、オッサン騎士団長を愛でる。 もちだもちこ @mochidako

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