第3話 美形騎士副団長、雄っぱいに焦がれる。

 別に行きたくて行った訳ではない遠征。

 そして、ついでとばかりに王都で諸々の用事を済ませてきた。

 団長からは遊びに行くんだろうと揶揄されたけど、そうじゃない。


 アンタ(団長)が原因なんだよ‼︎


 そう言えたらどんなに楽だろうと馬上で小さくため息を吐く自分に、通りすがりのお嬢さんが熱い視線を送ってくるのに気づき笑顔で手を振る。

「相変わらず副団長はモテますねぇ」

「そういうのではない」

「はは、そうですけど言いたくなるんですよ」

 部下の一人の言葉に、思わず私は顔をしかめる。この行動はあくまでも騎士団好感度を高める一環なのだ。

 筋肉過多で無表情美形な団長と、穏やかで物腰柔らかく美形な副団長という具合に、騎士団のトップである私と団長は釣り合いをとっている。ゴツい騎士だけでは一般の方々に受け入れてもらえないのだ。

 辺境とはいえ他国と隣接する国境の守りを固める我々第五騎士団は、国内トップクラスの力を持つ王都の近衛騎士団に並ぶ花形でもある。国の武力の象徴、そして騎士団の広告塔も担っている。

 まぁ、とにかく目立つ存在なのだ。

 そもそも今の上司が元近衛騎士団所属だったというのは有名な話で、王族の一人に不敬を働いて飛ばされたというのも有名な話だ。

 不敬とは何ぞやと聞きたい人も多いだろう。その話は私の口からは話せないから団長に直接聞いてくれ。

「上司に恵まれているのかいないのか……」

「団長は素晴らしい方です!」

「素晴らしいな、剣に限っては」

 私は大きくため息を吐く。

 ハッキリ言おう。私が騎士になったのは、近衛騎士だった団長に憧れていたからだ。

 誰にも負けない剣の強さ、鍛え抜かれた肉体を多くの人々が賞賛した。しかし渦中の彼は驕ることなく粛々と任務を遂行する『騎士の鑑』であり、その美しく整った顔立ちは『国の至宝』とまで言われていたのだが。

(辺境に来てから、あっという間に成長してしまった)

 王宮では出来なかった肉体を鍛える事を、辺境に来てから毎日続けていた団長からかつての面影は消えた。

 代わりに得たものと言えば、そう、『筋肉』である。

 私は団長に比べると細身だ。それでも一般の兵士や騎士に比べれば大柄な方になる。

 それが団長ときたら、どんな鍛え方で何故そうなったと聞きたくなるような、鍛え抜かれ過ぎた肉体でムキムキとした筋肉男になってしまった。当の本人は「これで面倒がなくなった」と満足気なのがすごく腹立たしい。

「まぁ、今の団長は団長で、尊敬はしている。もう少し書類仕事をこなしてくれればだがな」

 戻ってから山のようになっているであろう、書類仕事をやることを考えると頭痛がしてくる。

 しかしその懸案事項は、良い方向にも悪い方向にも裏切られることとなる。

「戻ったのか副団長。ご苦労だった」

「は、あの……」

「お前が不在の間、書類は決裁しておいた」

「それはありがたいのですが、その……」

「そこにある三つの木箱に、急ぐもの、締切は先のもの、不備があって返却するものとなっている。不備のあるのを確認しておいてくれ」

「いや、だから、団長……」

「では、俺は茶の時間を取るぞ」

「団長! 書類仕事はともかく、この生き物はなんですか!」

 その生き物を何と表現すればよいのか分からないが、特出すべきは『モフモフ』な外見だ。触っていなくとも分かる謎の素材を使った皮を身に纏っているそれは人か魔物か。

 私の声に驚いたのか、その生き物がフードのようになっている皮をめくって顔を見せてきた。

 何ということだろう。

 そこに現れたのは、さらりとした黒髪と神秘的な黒目を持つ儚げな、とてつもなく愛らしい少女だった。

 思わず息をのんで黙り込む私に、あどけなく首を傾げる少女。じわりと鼻の奥が熱くなるのが分かる。

「貴女は……うわっ⁉︎」

 山が動いたかのような筋肉に視界が塞がれる。仰け反りつつ見上げると、今まで見た事もないくらい不機嫌な顔をした団長が私を見下ろしていた。

「だ、団長?」

「見るな」

「え?」

「これを見るな」

「あ、はい」

「帰還の挨拶は受けた。今日はもう休め」

「はい、了解、です」

 その大きく逞ましい胸筋をピクピクと動かし、少女を私の視界から外すように立っている団長。その可憐な少女に団長という組み合わせはどうかと思うが、私の力では団長に敵わないだろう事は分かっている。

 そして私の中で芽生えようとした気持ちも、気づかなかった事にしようと思う。なにせ団長の色恋沙汰なぞ聞いた事はない。これはきっと……。

「失礼します」

 数秒で騎士の精神を立ち直させると、いつもと同じように美しい姿勢を意識しつつ一礼する。執務室から出る時に、団長の胸元に顔を擦り寄せる少女と、それを受けて蕩けるような表情になる団長が見えた。

 静かにドアを閉め、知らず笑顔を浮かべている自分に気づいた。

「団長は見つけたのですね。羨ましいです」

 よく分からない存在の少女だが、団長が一緒にいるのだから何も問題はないだろう。ただ一つ。

「あの少女、団長の身体を弄りながら、匂いを嗅いでいたな……」

 やはりあの素晴らしく盛り上がった筋肉なのか。あの胸筋に顔を埋めるのが夢だと女性達が語っていたが、それは本当だったのかそうなのかチクショウ。

 まぁあの少女は幸せそうだし団長は嬉しそうだった。少女が行き過ぎた行動をしていたとしても団長にとってそれは些細なことだろう。


 私は待たせている自分の部下に声をかける。

 取り急ぎ『団長に関する注意事項』を改訂させるべく、帰還早々脳をフル回転させる私だった。


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