手加減
9741
第1話
リュウは魔装戦士である。
魔装とは、魔法装備の略。
リュウは魔法の力が込められた衣装を常に身に着けている。
魔法のトップス、魔法のボトム、魔法の帽子、魔法の靴、魔法の靴下、魔法のアームカバー、魔法の手袋、魔法のマフラー、魔法のサングラス、魔法の下着。
彼はほとんど肌を露出させずに、魔装していた。
そんな彼の仕事は、王国の警備騎士隊長。魔物や敵兵から国を守ることである。
隊長と言っても、隊は彼一人しかいない。
別に深刻的な人手不足とかではない。
リュウはとても強い。たとえ魔物が百体だろうが、敵兵が千人だろうが、彼はたった一人で撃退してしまうのだ。
故に、警備隊はリュウ一人で十分なのだ。
彼は不眠不休で、国を守っていた。
ある時、事件が起きた。
リュウが国王の命令で国を出ている間に、姫のジェーンが誘拐されたのだ。
彼はすぐに姫とその犯人を追跡した。
リュウが優れているのは、国を守る防御の力と敵を撃退する攻撃の力だけではない。移動速度も常人のそれを遥かに超えていた。
すぐにリュウは姫様達に追いついた。
「ジェーン様、ご無事ですか!?」
「リュウ……!」
そこは森、日の光が地面に届かないほど生い茂った木々。そこに姫様と誘拐犯はいた。
誘拐犯は一人の屈強な男だった。
「おい、お前。お前がどこの誰で何故姫様を攫ったのかは、この際どうでもいい。今すぐに姫様を解放しろ、今すぐにだ」
「おいおい、随分とデカイ態度だな警備隊長さん。こっちには一国の姫様という、とってもとっても大きな人質がいるんだぜ?」
男は鋭利なナイフをちらつかせる。
さっきリュウの移動速度はとても速いといった。
しかし、それでも限度はある。
リュウと誘拐犯との距離は、十メートル。その間合いを一気に詰め、犯人を撃退し、姫様を救出する。
それだけの作業をこなすより、犯人が姫に傷をつける方が速い。
「……何が望みだ」
「そうこなくっちゃ。アンタは忘れているだろうが、俺は昔あんたにズタボロにやられたことがある。その時の復讐をしようと思ってな」
「回りくどいやつだな。何が望みだ、と聞いている」
「そうだな……まずはその魔法の装備を全部脱いでもらおうか」
「……下着もか?」
「嫌なら脱がなくてもいいぜ? その時は姫様の可愛い首筋に、切り傷が付くけどな」
「……」
リュウは言われるがままに、魔法の服全てを脱いだ。
全裸のリュウを見ていられないジェーンは、瞼を手で覆う。
「言われたとおり全部脱いだぞ。姫様を解放しろ」
「どうしよっかなー? ……あ~、なんか警備隊長様の土下座姿が見たいなぁ? それを見たら姫を解放するかもなぁ」
リュウはゆっくりと膝を折り、そして頭を下げた。
「……お願いします、ジェーン姫を返してくれ」
「ハハハ! 無様だなぁ、最強の隊長さんも魔装備が無ければ、ただの人ってわけだ!!」
「なんとでも言うがいい。それより約束だ、姫を返せ」
「バーカ、返すわけ無いだろうが!! この変態露出男が!!」
誘拐犯は腹から笑い、リュウを嘲笑った。
そんな男をジェーンは「外道」と呼んだ。
「約束を破るのか?」
「ああ、そうだよ」
「……なら仕方ない。お前には死んでもらおう」
「あ?」
その時だった。 リュウの身体に異変が起こった。
彼の細胞はグニュグニュと変化し、リュウは巨大なドラゴンに変体した。
最強の警備騎士隊長のリュウにも、苦手なことがあった。
それは、手加減。
リュウが魔装をしていたのは、別に攻撃力や防御力やスピードを上げるためではない。
むしろその逆だ。
強大すぎる自身の龍の力を、魔装で抑えていたのだ。
その封印が、今解かれた。
ドラゴンとなった龍は一気に敵との間合いをつめ、男の首を爪でかき切った。
男は即死、姫様はその場に倒れる。
「……こういう時、警備隊長として姫様を抱きかかえるのが正解なのだろう。……だが、今の俺では、虫を潰すように姫様まで殺しかねない。すみませんが、自分で起き上がってください」
「リュウ、あなた。ドラゴンだったのね。……ドラゴンという種は絶滅していたと聞いていましたが」
姫は自力で起き上がり、リュウは魔法の服を着る。
「リュウという名前は、東洋の言葉でドラゴンという意味らしいです。あなたの父上、現国王様に名付けていただきました。そしてドラゴンはおそらく俺が最後の一匹です」
「……ドラゴンはとてもプライドが高い生き物と本で習いました。何故あなたは人間のふりをしてまで、お父様に仕えているの?」
リュウは昔話をした。
彼がまだ子供の頃、ドラゴンは人間達に狩りつくされた。リュウの父と母も殺された。
一人となったリュウに手を差し伸べてくれたのが、今の国王様だ。
最初は人間を恨んでいたリュウだが、自分に愛情を注いでくれた国王にだけは信頼を寄せた。
そして彼は誓ったのだ。この人のために生きようと。この人の家族を、国を守ろうと。
「こうして俺は、国に仕える警備兵となったのです」
「そうだったの」
「さあ、姫様。帰りましょう。国王様はとても心配していられます」
「ねえ、リュウ」
「はい」
「今度ドラゴンになったあなたの背中に乗ってみたいわ。良いかしら?」
「ご命令とあらば」
リュウは姫を抱きかかえ、国へと戻った。
その日の夜から、毎晩月夜にドラゴンとそれに乗る女性の姿が目撃されることになる。
手加減 9741 @9741_YS
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