エピローグ

 ダリウスの遺体は、山の中にひっそりと埋葬した。あの遺体を持ち帰っても彼がダリウスだと思うものなど誰も居ないだろうし、この事実を人に語るべきかどうか、ジェイムズは判断できなかったからだ。

 彼がアウトロウであったことを公表すべきか? ジェイムズには分からなかった。ダリウスとヴォルカニックはあの場で決闘し、相打ちになったということにするべきかもしれない。

 ジェイムズとレイニーの傷は浅かったが、残りの三人はけがを負っていた。近くの村で応急処置をしてもらったが、特に全身に傷を負ったクラウドはブルースターの病院へ行くことを勧められた。とはいえ、命に別状はないとのことらしい。

「まったく、しぶといやつだ」

 ブルースターへ向かう列車の中、車窓から流れる風景と、機関車からたなびく黒煙を眺めながらジェイムズは呟いた。

「惜しがっておられるのですか?」

 ヴォルカニックに脚を撃ち抜かれたせいで寝台に体を横たえたメリンダが、首をかしげて見上げていた。

 いつの間にか紫の瞳に身すくめられていることにどきりとしてから、ジェイムズは首を振る。

「むしろ、感心してるんだ。彼らは、なんというか、僕にはないものを持っているような気がする」

「まあ。そんなことを仰って。大統領のお耳に入ったら大変ですわ」

 修道女がくすくすと笑う。そんな表情ははじめて見たことに今更気づいて、ジェイムズは思わず顔をほころばせた。

「僕がそう感じただけさ。大統領にだって、僕が感じる事を禁ずることはできやしない」

「はじめに会ったときとは、変わられましたね、ジャスティス様も」

「……は、初めての仕事を終えたら、誰だって変わるものさ。だいたい、変わったのは君だって同じじゃないか」

 照れ隠しに、ジェイムズが帽子を深くかぶる。そして改めて、つばごしに目の前の修道女の姿を盗み見た。

 ベールは銃弾に撃ち抜かれ、すでに使い物にならない状態だった。今は、彼女の白金の髪が窓から吹く風に揺れている。流した血の分、前よりも顔は白く見えたが、かえってその表情は晴れ晴れしく見えた。弟や妹を守るために、人を殺し続けなければならない運命から解放されたからだろうか。

「君はこれから、どうするんだ?」

 気になって、ジェイムズは問いかけた。メリンダは一瞬、困ったような表情を浮かべてから、

「なんとかして、孤児院のためのお金を枷がなければなりませんね……」

 と、物思いに沈む。

「も、もしよかったら、連邦保安官補(デュピティ・マーシャル)にならないか?」

「えっ?」

 ジェイムズの唐突な問いに、きょとんとメリンダが顔を上げた。

「その、なんだ。もちろん、君はアウトロウだし、ダリウスの私的な手下だったと言うことになるから、これからは自由に過ごすのは難しいと思う。でも、君は実質的には保安官補として活動していたわけだし、実績がある。だから、司法取引の一環としてさ。僕が監視しながらなら、私的な助手として活動させることができる……と、思う」

 早口にジェイムズが言う。メリンダはそれをかみしめるように何度か頷いてから、

「光栄ですわ」

 と、笑みと共に答えた。その笑顔を見て、ジェイムズの頬を赤く染めた血がかあっと頭まで昇ってきた。

 そのときだ。窓の外から馬の蹄の音が聞こえてきた。ふとジェイムズが視線を向けると、二頭の馬が彼の乗る客車に併走していた。

 馬に乗った少年……クラウド・ゴールドシーカーが手を振っていた。

「ハロー、マーシャル。三人でいろいろ考えたんだが、やっぱり司法取引はやめにしたよ!」

 しまった、とジェイムズは思った。けが人だからと言って、客車に乗せたのがまずかったのだ。やはり檻車に閉じ込めるべきだった。その馬には、赤い肌の少女、サンディ・アイアンストマックもクラウドの背に捕まって跨がっている。

「せっかく牢屋から出られたんだから、自由を謳歌しようって、三人で話しあって決めたの」

「な、なに? そんなことを相談する時間が、いつ……」

「さっきだ。一〇秒くらいで決めたよ」

 もう一頭の馬には、もちろんレイニー・ラヴァーズが乗っている。彼が帽子を掲げ、振って見せた。

「逃げればお尋ね者だぞ! 賞金首だ!」

「知らないのか? 賞金首は女にもてるんだぞ」

 涼しい顔で、狙撃銃を持った男は答えた。

「まあ、そういうわけだ。世話になったから、挨拶ぐらいはしておこうと思ってな。楽しかったぜ、ジェイムズ!」

 まるで親友に別れを告げるように、クラウドは手を振った。

「ま、待て!」

 馬が速度を落とす。列車は走っているのだから、見る間に後ろへ、風景と一緒に流れていった。

「あ……ああ、なんということだ……」

 ジェイムズはがっくりとうなだれた。その姿を見て、メリンダが困ったように息を吐いた。

「これはもしかして、ジャスティス様のお仕事は失敗ということになったのでは……」

「言わないでくれ」

 その言葉がぐさりと胸に刺さった。何も答えられないジェイムズに、メリンダがほほえむ。

「誰か、助けになる人が必要なようですわね?」




 馬がゆっくりと脚を止めた。荒野のど真ん中で、三人はにやりと笑い合った。

「見ろ! 自由だ!」

「ああ、ずいぶん久しぶりだ」

「うー、最高!」

 三人が口々に言い、思いっきり空気を吸い込んだ。馬までも、楽しげに嘶いた。

「けど、なんだな」

 ぽつりと、クラウドがきっちり敷かれた線路の先……ブルースターの方を眺めて呟く。

「今まで、この州は州保安官とヴォルカニックが居たおかげで守られてきたようなもんだろ? 俺たちが来たせいで、それが崩れちまったのかな」

「お前にしては、珍しく悩んでるな」

 レイニーがふっと笑った。うっせえ、とクラウドは舌を覗かせる。

「俺たちは、アウトロウだから悪いことをしても当然だけど……ジェイムズはあれでよかったのかって思っただけだよ」

「良いか悪いかを決められる奴なんて居ない。あいつらが居なくなってよくなることもあるだろうし、悪くなることもあるだろう。もともと、この州の問題なんだ。この州の連中が頑張ってくれることに期待、だな」

「レイニーはすごいね、割り切ってるって言うか、こだわりがないって言うか」

 二人の男を見比べながら、サンディがぽつりと漏らす。男は帽子を直しながら、小さく肩をすくめた。

「なんでもそうってだけさ。何よりおれたちは無法者だ、無責任じゃなきゃやってられない」

「……そうだな。俺たちがやりたくてやったことだ。それを後からうだうだ言っても仕方ないよな」

 クラウドがうんと頷いた。そして、ぐるっと周りを見回した。見えるのは荒野、空、太陽、サボテン、線路に列車。それから、道連れの仲間たち。

「これからどうする?」

「もう、ここには居られないな。すぐに保安官補たちが俺たちを探し始めるだろう」

 と、レイニー。サンディはしばらく頬に指を当てて考えている様子だったが、

「あたしも、部族の伝統を守らなきゃいけないけど……でも、あたしが居たら、また誰かがあの場所に気づいちゃうかも。だから、みんなが今日のことを忘れるまでは、行かなきゃ」

 そう言った。いいかな、と問いかけるように、クラウドの顔をのぞき込んでいる。

「それじゃ、俺たちを手伝えよ。また旅の資金を稼がねえといけねえしな」

 そう答えて、少年が少女の頬をつつく。すぐに、その頬に太陽が輝きはじめた。

「うん、任せて!」

 元気なサンディの様子にふっと鼻を慣らしてから、クラウドはぐるっと周りを見回した。行きたい場所はどっちだろうか、と自分に問いかける。そして、

「よし、あっちだ」

「向こうだ」

「こっち!」

 三人は、ばらばらの方向を指さした。

 一瞬、それぞれがお互いの顔を見合わせる。そして、そろってにやりと笑った。

「アウトロウらしく決めるか?」

「いいとも」

「やろう!」

 二人が頷く。

 朝日が真っ白に輝いて、荒野をどこまでも照らしていた。

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