第24話 曲魂

 

 

 

 ある種の精神修行かと思える朝食を食べ終え。今はリビングにて、テーブルを挟んで姉と向き合っている。朝食が終わる頃に、姉から渡す物があるからと言われたのだ。


「渡したい物っていうのは、これよ」


 そう言いながら、姉がテーブルの上へ置いたのは、一辺が15cm程で厚さが10cm未満の、見覚えのある木の箱だった。


「それって確か、俺が静華さんに頼まれて受け取りに行った箱じゃないか?」


「そう。あなたが受け取りに行った物よ」


「ああ、やっぱり」


 受け取りに行った先の店主には、やたらと取り扱いに注意しろと言われたけっけ。

 結局、中身が何かは聞いていなかったのだが、まさか俺が受け取る事になるとは。


「正確には、あなたが受け取って来た物に、母さんと刀自とじ様が手を加えた物だけどね」


 え。なにそれこわい。

 元が何かは知らないが、あの二人が何かをしたのなら、トンデモな代物しろものになってるんじゃないのか……?


「えっと……手を加えたって、どんな具合に?」


「まあ、落ち着きなさい。実物を見せながら説明するから」


 姉はそう言うと、テーブルの上へと置いた箱の蓋に手を伸ばし、それを外した。

 箱の中には、白い綿が敷き詰められていて。その綿の上には、金属っぽい球体と、奇妙な色と形をした何かが置かれていた。どちらも、大きさは10円玉ほどで、共に小指の先ほどの穴が空いている。

 パッと見で目を引くのは、奇妙な色と形をした方だ。それ自体の色は薄紅色をした半透明な何かなのだが、その全体に、赤や青の細い線が複雑に入り交じったその様は、その形も相まって胎児のようにも見える。正直、グロテスクだ。

 しかし、精霊マナの流れを観ると、印象が一変する。外見に反して、金属質な球体の方がヤバい。

 胎児に見える方は、穏やかなものだが、金属球らしき方は、余りの情報量の多さに、じっと観ていると眩暈がしてくるほどだ。


「なにこれ……」


 思わずこぼれた呟きに、姉が答えてくれた。


「これは、曲魂まがたまよ。

 こっちの丸い方が、ときの曲魂。

 英字のEっぽい形の方が、育種いくしゅの曲魂。

 そうね。現代的に言えば、これらはアプリケーションみたいな物に当たるのかしら」


「アプリケーション……。この勾玉まがたまが……?」


 そう言われて見ると、箱の中の物体がアイコンに見え無くも無い、気がする。どんな機能かは、見た目からはさっぱり判らないが。


「まぁ、アプリケーションそのものって事じゃ無くて、使い方がや在り方が、それに近いってだけだけど……何て説明すればいいかな」


 そこで言葉を句切った姉は、箱の中身を見ながら手を頬に当てた。

 どう言えば俺に伝わるのかと、少し悩んでいるようだ。


 ふむ。まぁ、なんとなくは、解る気がするんだが……。


「えーと。つまり、その勾玉を身に着けると、何らかの機能が使えるようになる、って事なんだろ?

 例えば、RPGなんかで言うところの『アクセサリ』、ってな感じで」


 オレの例えは中々に的を射ていたらしく、顔を上げた姉の口元が小さく綻んだ。


「ああ、そうね。うん。端的に言えば、そう言う事よ」


 そうか、その程度の物か。刀自様と静華さんが手を加えたなんて聞いて、どんな代物かと思えば、そこまでブッ飛んだ物じゃ無かったか。


 いや。なんだか凄そうだとは、思うけど。

 それでも、形は変わってるが、身に着けると機能が使えるようになるって意味じゃ、腕時計みたいな物だろうな。ジャンル的には。うん。

 ほら、時の勾玉なんて、名前から言ってモロにそれっぽいし? きっと時間が正確に判るとかなんだろう。……そうだと言ってくれ。

 この、ひしひしと感じるヤバそうな予感は、何かの間違えだと信じたっていいじゃないか。


 と、内心で冷汗をかきながらも、心の安寧を求めていたのだが、あの二人が関わっている物が、高が高性能な時計程度の代物である訳が無く。


「それじゃあ、こっちの『育種の曲魂』なら、機能を説明するわね」


 そうして姉に説明された内容は、やはりトンデモな代物だった。



 そもそもの話として、これらは『勾玉』では無くて、『曲魂』だそうだ。これは、紙に書いて説明された。発音が同じだから、話を聞いただけでは判らんよ。

 この曲魂なのだが、『曲げる』とは、『望む形にかえる』事を意味しており。つまるところ、『魂を望む形にする物』なのだそうだ。

 これだけを聞くと、酷く恐ろしく感じる。魂の形を変えるなんて、自分の本質が変わってしまいそうで、肉体を取り替える以上に、忌諱感が凄い。

 しかし、よくよく話を聞いてみると、そうではないらしい。

 魂そのものに手を加えるのでは無く、そこに新たな機能をするのだそうだ。しかも、任意で取り外しも出来る安心設計らしい。うん。ユーザーフレンドーで、結構な事だね


 あと、この曲魂なる物。ことわりを曲げる魔力よりも上位の理力りりょくなる力を発生させて、理そのものを書き換える事で、それらの機能を持たせている、らしいのだが……。

 正直なところ、ろくに精心オドの扱い方も知らない今の俺には、『魔力』と『理力』の違いすら、良くわからない。

 ただ、それでも、超高性能な集積回路にも似たある種の凄味は、眺めているだけでも感じられてはいる。

 やっぱり、刀自様と静華さんが関わっているだけはあって、とんでもない物なのだろう。


 姉が初めに説明をした育種いくしゅの曲魂も、そんな曲魂の一種だ。

 この育種の曲魂。説明された機能を一言で言えば、『魔法使い養成システム』だろうか。

 これを身に着けると、精心オドを扱う為のガイドラインとヘルプ機能が、追加されるそうだ。

 初心者のうちは、この育種の曲魂を利用する事で、ガイドラインに沿って精心オドの扱い方の基本に慣れる事が容易になる。そうして基本を身に着けたら、例え育種の曲魂を外したとしても、独力で精心オドをある程度は使いこなせるようになっているのだとか。


 ただ身に着けるだけで、生身にOS的な機能が追加されるってのは、どう言い表せばいいのか、ちょっと困る程の代物だ。


「なんか、凄いな……。

 あ。ひょっとして、それを使えば、誰でも魔法使いになれるんじゃないか?」


 精心オドを扱えれば、マッチやライターが無くても火を灯せたりも出来る。それはもう、世間で言うところの魔法使いだよな。

 だから、この育種の曲魂を使えば、誰でも簡単に魔法使いになれると思ったんだが。

 姉の反応は、芳しく無い。


「んー……誰でもって事は、無いかな」


 口元に指を当ながら、逡巡して出した姉の答えは、否だった。


「あれ。違うのか?」


「そうね、違うわね。

 そもそもの話になるけどね。この育種に限らず、曲魂を使用するには、少なからず精心オド精霊マナを消費するのよ。

 だから、内包する精心オドが少なかったりすると、曲魂自体が機能しなくて、用をなさないのよね」


「そうなのか。誰でもってわけじゃあ、無いんだなぁ」


 んーむ。どうやらこの曲魂とやらは、そんなに都合のいい物では無かったらしい。


 アレかな? インストールするのにある程度の容量のメモリーが必要とか、起動するのに一定以上の消費電力の確保が必要とか、そんな感じなんだろうか。

 そう考えると、なんだか電化製品ぽいな。


 てことは、むしろこの育種の曲魂を使える時点で、すでに魔法使いの資格有りって事になるんだろうか?


「それじゃ、次はこっちの丸い方。『とき曲魂まがたま』の説明なんだけど、これは少しややこしいのよね」


 姉は困り気味に少しだけ顔を顰めながら、次の曲魂の説明を始めた。



 姉が言った通り、この刻の曲魂の機能を理解するのは、骨が折れた。

 それと言うのも、この曲魂自体の機能の前に、前提条件として『時間軸』についての知識が必要で、これがどうにも難解だったのだ。

 なにせ、『時間軸』を理解するのには、更に『時間』と『次元』の知識も、前提として必要であったのだ。

 姉の話は、そこから始まった。


 直線の長さだけの広がりの、一次元。

 そこに幅が加わった、平面の二次元。

 そして、上下・左右・前後の三つの次元軸からなる、俺達が活動しているここが、三次元である。

 この三次元に、時間軸を加えて四次元になるのだが、俺達が生活していても時間は存在している。

 では、三次元と四次元の違いとは何か。それは、時間軸を任意に移動できるのが、四次元なのだそうだ。

 話を聞いた印象では、記録映像を鑑賞するのに似ているのかも知れない。


 姉は、四次元の具体例として、精神世界を上げた。

 精神や心とは、ある種の情報体としての側面もあり。人は、一般としては不完全ではあるが、精神や心でならば、時間に捕らわれること無く過去にも未来にも行けるのだと言う。その多くは、夢という形で。

 けれど、いくら心が時間に捕らわれずとも、その情報を三次元にて構成されている肉体へと持ち帰る事は難しく。未来の情報は、持ち帰ろうにも普通は霧散してしまうのだそうだ。

 対して過去の情報は、その作業を三次元にて記した記憶が補強する事で、過去を振り返るという形をとって、擬似的に時間移動を可能にしているとの事だった。

 余談だが、この過去の情報を思い出す行為は、平面二次元立体三次元を表現するという意味で、写実的な絵画や、写真や3DのCGに似ているそうだ。


 さて。ここまでが、前提として必要な『時間』と『次元』の基礎知識である。

 要約してしまえば、『三次元に生きる俺達は、時間の流れの中を流されながら生きている』、『時間移動が任意に可能なのは、四次元』、てな事だ。


 そしてここからが、『時間軸』についての必要な基礎知識だ。


 この、四次元を構成する要素の一つである『時間軸』なのだが、実は一つでは無いそうなのだ。


 世界の時の流れを司る、世界時流ワールドフロー

 魂や物質個々の時の流れを刻む、各時刻パーソナルクロック

 大分すると、この二つに分けられる。

 世界の時の流れに合わせて、各個の時が進む形になっているのだと、姉は言った。


 普通に生きていれば、時間の流れを表す軸が二つあろうと、何も問題は無い。

 しかし、タイムスリップなどで世界の時間軸を移動したり、または他の次元軸――世界そのものを行き来したりする『五次元』的な行動をすると、問題が起きる。

 それは、世界時流ワールドフローのズレから各時刻パーソナルクロックに生じる不具合。一般にタイムパラドクスなどと呼ばれる現象である。


 そうして、このタイムパラドクスの発生を防ぐため、各時刻パーソナルクロックの保護と調整する機能を持つのが、『とき曲魂まがたま』だそうなのだ。


「……んーと。つまり、その『刻の曲魂』があれば、時間旅行ができる……って事、か?」


 だとしたら、とんでもないぞ。こんな手の中にすっぽり収まる程に小さいのに、タイムマシンって事になるんだからな。


 目の前の小さな球体の機能の凄さに慄いていると、姉がひらひらと手を振った。


「あー、それは違うわよ? この曲魂には、そこまでの力は無いからね?」


「え。違うのか? でも、それがあれば、タイムパラドクスを防げるんだろ?」


「ええ、そうよ。これは、タイムパラドクスを防ぐ。これ自体に、時間や次元軸を移動する機能は無いのよ。

 そうね。あなたがさっき言った時間旅行で例えるなら、これは言わば切符であって、飛行機や船じゃ無いの。移動手段は、別途用意する必要があるのよ?」


「あぁ、そうか。それがあると、移動する事で発生するはずの問題が、無くなるだけ、なんだな。

 はぁ、なるほどなぁ」


 ああ、いや。だけ、なんて言ったけど、それでも十分にトンデモナイんだけどな。どんな仕組みが働いてそうなるのかなんて、さっぱり想像もつかないし。


 ただ、そんな凄い物を、どうして俺に?

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蒼銀のアストライアと白い猫 禾常 @FOX-29

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