3.感想徒然
どんでん返しはネタバレすると一気に味気なくなってしまうテーマなので、参加してくださった方々には個別にコメントを差し上げました。したがって、まとめでの感想はポイントを絞り、ネタバレしない範囲に調整してお届けします。その分、もやっとした歯切れの悪い書きぶりになってしまいますが、どうかご容赦ください。
最初の企画提案のところで挙げた三つのポイント、完成度、芸術性、技巧性のどこが優れていたかという観点から、各作品を紹介していこうと思います。もし、ネタバレしているからやめてとか、作品に触れないでほしいという要望がございましたら、遠慮なくお申し出ください。また、各感想はあくまでもわたしの私的なものであり、なんら普遍性がないことをあらかじめご承知おきください。
◇ ◇ ◇
まず、完成度という点で強く印象に残ったものを、8作品ご紹介します。
短編では、限られた字数の中で無理なく無駄なくどんでん返しを仕込む必要があります。その仕込みが優れているというだけではまだ足りません。テーマの盛り込み方、問題提起、読後印象の醸成……いろいろなところに気を配らないと、なかなか完成度が高まりません。
どんでん返しのインパクトに話を引きずられると完成度を損ねますし、かと言って使い切れないと印象が定まりません。また、その作者でないと出せない味や個性を加味してどんでん返しを使わないと、技に振り回されている印象になってしまいます。
しかし、今回エントリーしてくださった方々の作品はどれも水準を大幅に上回っていたと思います。ですので完成度評価でのセレクションには、わたしの嗜好が色濃く反映されています。そこはご容赦ください。
パントマイム / 長月マシさん
https://kakuyomu.jp/works/1177354054884948201
今回わたしが見事にやられたと思った、もっとも印象に残った作品です。
いや、どんでん返しそのもののインパクトで言えば中程度なんですよ。仕込みによる誘導は、最初からかなり見えていますから。すごいなと思った点はそこではありません。この短い話で、読者に強烈な問題提起を仕掛けている点なんです。
読者は主人公の男の目線で話を追いますが、最後に見事に足元をひっくり返されます。しかもそこで男に突きつけられた疑義を、話の中に置き去りにすることができないんです。仕掛けの意図と巧妙さに思わずうなりました。秀逸です。
潮騒 / @otakuさん
https://kakuyomu.jp/works/1177354054883837575
この作品も、長月さんの作品同様どんでん返しという観点だけから見るとやや物足らないんです。でもotakuさんはどんでん返しが何かを明示していません。どんでん返しとみなせる要因を複数並べて二人の男の意識の大きな揺れを過去と現在で対比させ、そこにどんでん返しを印象付ける。さっと読んだだけでは仕込みの妙に気付かない、とても凝った作りでした。
パパ / 柳家文芸堂さん
https://kakuyomu.jp/works/1177354054883637672
この作品は、すでに定評がありますね。わたしも、柳家文芸堂さんの傑作だと思います。どんでん返しを話の再読につなげる組み立てが本当によく練られていて、完成度が高いんです。テーマは非常に重たいんですが、再読することで補われる心情が話の芯を太くし、読後にじわりと感動を残します。
シセイカンシセイドウ / 榎本筆さん
https://kakuyomu.jp/works/1177354054885104599
この作品には、二重三重にやられた感がありました。一人称展開なんですが、冒頭の語り出し時点では意味不明だった主人公の思考や感情が、どんでん返しによって全景一望になるんです。それまで不定形でグレイだった印象が、一気に重く猛々しくなります。コントラストの鮮やかさという点では、全作品の中で最強だったかもしれません。
なくてはならないもの / 流々(るる)さん
https://kakuyomu.jp/works/1177354054884945826
読者のミスリードを誘ってひっくり返すという形式自体はとてもオーソドックスなんですが、最初に置かれた短いプロローグが、後でしっかり機能します。その仕込みの効果で、ラストが俗っぽい印象になってしまうことを防いでいます。流々さんが、テーマをしっかり据えて本作を書かれたということ。その意図が読者に伝わる筆致でした。
死者の声が聞ける電話 / 木沢 俊二さん
https://kakuyomu.jp/works/1177354054884416006
木沢さんは二作エントリーしてくださったんですが、こちらの方をより完成度の高い作品として評価させていただきました。
どんでん返しによって読者の視点を見事に反転させているんですが、実はそうしてもしなくても主人公の心情や行動には違いはないはず……なんです。その違いがないということ自体が、実は主テーマを活かすためのミソ。え? どういう意味か分からない? まあ、そこは読んで確認してください。これ以上突っ込むと、どうしてもネタバレになっちゃうので。
レトロブーム / 油布 浩明さん
https://kakuyomu.jp/works/1177354054883825123
この作品をどんでん返しものと評するのは、正直かなり辛いです。でも、物語の組み立て、話中に練り込められたペーソスやアイロニー、読後感の良さ……そういうものを加点していくと、ああこういうのもありだよなと。
わたしたちが、無意識のうちに忘却の彼方に置き去ってきたもの。その立場を逆にして(それをどんでん返しとして)世界を描くというイメージかな、と。虚飾を排した淡々とした書きぶりが、逆に話に深みを与えているように思います。
魔王様の部屋でエロ本を見つけたんだがどうすればいい? / テンさん
https://kakuyomu.jp/works/1177354054881954745
すみません。もろ、わたしの趣味によるセレクトです。
脇役であるはずの部下二人を徹底的に動かして話を進め、本来主人公であるはずの魔王を一切表に出さないでイジリ倒す。その設定もお見事なんですが、部下のやり取りの描写が実によく出来てます。
まあ、最後のオチは最初から読めます。でも、それは落語のオチと同じ。みなさん、そんなのは承知の上で話術を楽しむんですよ。良い意味で、エンタメ性が十二分に発揮されていた好作でした。
◇ ◇ ◇
続いて、芸術性が強く感じられた作品を8作ご紹介します。
どんでん返しをあくまでもツールとして扱い、それに話を乗っ取られない。どんでん返しをスマートに、クールに演出している。どんでん返しの仕込みから、その作者ならではの美的センス、価値観、世界観みたいなものが香ってくる……そういう種類の作品群ですね。
自鳴琴 / 猫田芳仁さん
https://kakuyomu.jp/works/1177354054881692613
怪異譚ですが、宮沢賢治がホラーを書いたらこういう描写をするんじゃないかなあと……それがわたしの印象でした。やや古風な文体を介して自ずと絵が浮かぶ描写が書き連ねられていて、読後に古色に彩られたイメージがくっきり脳裏に焼きつきます。とても印象的なお話でした。
喫茶 Misterio / 古槻もねをさん
https://kakuyomu.jp/works/1177354054884967392
舞台を統一して一話読み切りを重ね、それぞれにどんでん返しを織り込んでいく。意欲的な取り組みをされている古槻さんらしい実験作です。喫茶店の作り込み、マスターの人物描写にリアリティと味があり、ミステリーというより街角小説的な楽しみ方ができるなあと思いました。場の描写にとても雰囲気があって、わたしは好きです。
瑠璃の真理 / ギアさん
https://kakuyomu.jp/works/1177354054885104668
ミスリードの仕込みに一日の長があるなあと。陰から始まればどうしてもイメージがそっち系に引きずられますよね。それをバネにして、どんでん返しで見事に陽転させています。女の子の陰陽の間を揺れ動く心情が丁寧に描き込まれていて、掌編ながら心の奥に明かりを灯せる作品だと思います。とても読後感のいいお話で、ほっこりさせてもらいました。
ねこぎらい / 寝る犬さん
https://kakuyomu.jp/works/1177354054883701277
視点を変える。普通はそれを立場の違いと位置付けて展開しますが、それ以外にも変えられる部分はあるわけで。わたしたちと同じ位置に主人公を置くと、まんまと引っかかります。そのミスリードを利用して、話に綾を作っておられます。ただ、転換点でぱちっと切り替わる感じではありません。
どんでん返しの前後でコントラストをつけるというよりも、異なる視点から見た世界を景観だけでなく、死生観も含めて垣間見せるところに重点が置かれている……そういう印象でした。話の設定時点で、すでに主従をどんでん返ししてるんですよね。
明日香岬の五尺玉 / エディ・K・Cさん
https://kakuyomu.jp/works/1177354054883127023
この作品も、すでに定評がありますね。描写がとても繊細です。女性主人公の所作や心理がきちんと描き込まれていることで、どんでん返しでの読者の印象変化が無理なく導かれます。全体のトーンにも、どんでん返しを介したことによるぶれがありません。もう一つ素晴らしいなと思ったのは、小道具の使い方。タイトルにある花火だけではなく、いろいろな小道具を上手にアレンジされているなあと感じました。
郷土史研の平坂さん / mikioさん
https://kakuyomu.jp/works/1177354054881997391
どんでん返しとしては早くにオチが見えてしまうんですが、情景描写が実に瑞々しく、話全体を通して吹き抜ける風と広い空間を感じました。それが話の閉塞感を打破していて、なんとも言えない読後の余韻を作り出しているように思います。短編では少々もったいない感じですね。白地を少し埋めれば、ふくよかな中編に持っていけそうです。
E世界 / めぞうなぎさん
https://kakuyomu.jp/works/1177354054884632038
いひ。わたしの大好物です。
多くの作家さんが極を引き離して対比させようとする中、あえてその両極を切り落としてしまう。同じ位置に引き寄せれば対立軸が消える? それじゃあ話になりません。めぞうなぎさんは、そこに無理やり対立構造を入れ込んでしまうんです。独特の筆致が、みみっちい二者の力関係をうまく描き出しています。どんでん返しの図式すら、みみっちさを逆用してるんです。徹底してますね。
こういう作風はセンスの賜物。他者が真似したところで、そうそう書けるもんじゃありません。めぞうなぎさんの個性爆裂です。
花と鏡 / 淺羽一さん
https://kakuyomu.jp/works/1177354054884144351
雰囲気のある短編を数多く手がけられている浅羽さん。かなり実験色の強いものにもトライされていて、本作はそれに該当するかと。
主人公の立ち位置をひっくり返すタイプの作話だと思うんですが、実は明確にはひっくり返していないんです。いつひっくり返るのかを予想しながら読み進んでいって。あれー? もう終わり? そういう印象になるんですよ。予定調和に落とし込まないこと。読者の固定概念を否定すること。そこがどんでん返しかなあと。わたしはそう受け取りました。
抑えめながら隅々まで丁寧に描かれている情景や心情が、独特の味を出しています。装飾が省かれている分、逆に違和感をうまく演出しているなあと思いました。
◇ ◇ ◇
最後は技巧性。テクニカルインプレッションです。
当然ですが、ひねりのないどんでん返しはしらけるだけ。それはさすがにないだろうと予想していたんですが、イージーゴーイングな作品は一つもありませんでした。みなさん、お見事です。
どの作品にも仕込みの妙があったと思いますので、いくつかの系統をまとめて紹介していきたいと思います。
まず。文字や言語が持っている多様性を上手に使われた作品。
神隠しの家 / 陽月さん
https://kakuyomu.jp/works/1177354054882252611/episodes/1177354054884948197
波は岬で死んだ / 県バーンさん
https://kakuyomu.jp/works/1177354054885057612
陽月さんの作品は、雰囲気醸成をネガで進めておいて、ぽんとひっくり返したもの。そのものが登場しましたから、わたしもぽかあん、でした。お見事!
県バーンさんの作品は、人名と普通名詞を重ねることで物語全体を通してのトーンをうまくまとめていたかなあと思います。
モチーフが同じでも、こんなにトーンが変わるんだなあとしみじみ思ったのが、以下のお二方の作品。
タイムマシン / 油布 浩明さん
https://kakuyomu.jp/works/1177354054884131817
未知への旅 / たらこさん
https://kakuyomu.jp/works/1177354054884057973/episodes/1177354054884058038
どちらもタイムトリップものなんですが、油布さんのはルナティック、たらこさんのは冷徹。トーンが全く違います。どんでん返しで何をどうやってひっくり返すか。その対象と影響の違いが、話のカラーや印象の違いに反映されていることがよく分かります。そこに、作家さんの個性がはっきり出ますね。
分かりやすいイントロから、ミスリードを導く記載をどんどん積み重ね、最後にどかっとひっくり返す。王道ではありますが、それが分かっていてもおもしろいんです。
恥ずかしくって言えない / 新吉さん
https://kakuyomu.jp/works/1177354054884950928
海とドラゴンと私 / ユウさん
https://kakuyomu.jp/works/1177354054884837132
新吉さんの作品は男女の意識差、ユウさんの作品は守護するものとされるものの立場の差を利用していますね。読者の一般的な概念を初期値として与え、それを補強するように追加情報を足してミスリードに導きます。読者の意識がかちかちの鉄板になった頃合いで、見事にちゃぶ台をひっくり返しています。
前話とは逆に、読者に固定概念を作らせないことで話を不安定にし、緊張感、臨場感を作り出す手法もありますね。どんでん返しそのものを味わうというより、どんでん返しをツールとして使い倒すという印象だったのが以下の二作品です。
籠の中のワシ / 古槻もねをさん
https://kakuyomu.jp/works/1177354054884960722/episodes/1177354054885124714
心理戦 / 木沢 俊二さん
https://kakuyomu.jp/works/1177354054882309740
古槻さんの作品も、木沢さんの作品も、読者の中での登場人物の位置付けが最後まで定まらないように工夫されています。読者がどこに軸足を置いたらいいのか分からない状態で、どんでん返しになだれ込みます。状況のドラマティックな変化や心理の揺れを演出し、オチよりもプロセスを読ませるためにどんでん返しを組み込んだ例ですね。
アイロニー。皮肉、批判という部分をテーマにがちっと据えて、それを活かすためにどんでん返しを使っている印象だったのが、以下の四作品です。
新釈 狼少年 / 淺羽一さん
https://kakuyomu.jp/works/1177354054884151524
見えない彼ら / 瀬夏ジュンさん
https://kakuyomu.jp/works/1177354054884951645
隕石を止めろ! / アキマサ ヨシカゲさん
https://kakuyomu.jp/works/1177354054884965650
ラブノート / 9741さん
https://kakuyomu.jp/works/1177354054883136830
浅羽さんの作品は、あまりに有名な寓話をアイロニーで塗り替えています。寓話はテーマとなる寓意を導く形で展開されますが、それを「アホか」とひっくり返しているんです。それは寓意の否定ではなく、必然の否定。現実寄りに位置付けられますから、読者には逃げ場がありません。
瀬夏さんの作品も、近未来を想定していながら現代との間のリンクが切れていません。主従の逆転がどんでん返しになりますが、それはあっち側の出来事ではないんです。そこがすごく苦いですね。
アキマサさんの作品。人類批判をするものに人格を与え、自己矛盾とエゴの奇妙な同居状態を作り出しています。最後の『彼』の決定がどんでん返しなんですが……決して笑えません。
9741さんの作品。有名作の裏バージョンのような印象を与えながらも、中身はもっと苦いかもしれません。わたしたちは、運命や必然を信じないと言いながら、それをちゃっかり援用することがあるんです。結果論としてね。もし本当に運命や必然が存在するとして、それが望まない形で発動したら。わたしたちはそれを認めるんでしょうか? アイロニーがくっきり後味に残る作品でした。
テクニカルな部分に特化した形でどんでん返しが仕込まれた作品をご紹介します。
1000文字殺人事件 / 大竹斬太さん
https://kakuyomu.jp/works/1177354054883791521
大竹さんの作品は、読者に挑む、謎をかけるという形式になっています。オチのどんでん返しを体感した読者側の反応が非常にばらつくことをあらかじめ織り込んで、ネタを仕込んであるんです。反応の多様性を生み出すことこそが、このお話の真価になっています。
最後に分類不能な異色作をご紹介して、感想を締めることにいたします。
短い話をまとめました / 上原友里さん
薔薇の剪定
https://kakuyomu.jp/works/1177354054882665711/episodes/1177354054882665736
最後の誕生日
https://kakuyomu.jp/works/1177354054882665711/episodes/1177354054882780491
この世界は滅びようとしている。美しき理想のために。
https://kakuyomu.jp/works/1177354054882665711/episodes/1177354054883245857
一人称異世界転生
https://kakuyomu.jp/works/1177354054882665711/episodes/1177354054883319898
上原さんは、短編集から四作エントリーしてくださいました。四作全て、テイストが異なります。グロ、ナンセンス、不条理。そういったものを、話を壊さないぎりぎりのところでどんでん返しと和えてあります。唯一無二の上原ワールドですね。個人的には、最後の誕生日と一人称異世界転生が強く印象に残りました。
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