神隠しの家 - 現代(どんでん返し)
六つ離れたの
お正月で
最初は和沙が鬼をやったのだが、簡単に捕まった。
「イチニサンシゴォロクシチハチキュウジュッ」
早口で十数えると、和沙を追った。
縁側を駈け、右に曲がって奥の部屋へ和沙が入る。
追いかけて、隆幸も部屋へと入った。部屋に和沙がいない。
隆幸はそのまま部屋を突っ切り、正面の襖を開け、隣の部屋へと進んだ。
田の字型に襖で仕切られた部屋なので、和沙がもう一度右へ曲がっていれば、縁側を走っていた隆幸に見えるはずである。
左は仏壇と床の間で行き止まりだ。
深く考えずとも、直進しかなかった。
進んだ部屋にも、和沙はいなかった。
左は押し入れ、正面は本棚が置かれていて通行止め、右は田の字のもう一つの部屋へと続いている。
ただ、右へ進めばその先の居間との間の戸は開かれていて、大人達から見える。
隆幸は、押し入れの襖を開けた。和沙がそこに隠れたのではないかと思ったのだ。
けれども、布団がぎゅうぎゅうに押し込められたそこには、人が隠れられるような隙間はなかった。
居間の方の戸を開けて、母親に尋ねる。
「お母さん、和沙姉ちゃん来なかった?」
「こっちには来てないよ」
こういう時、大人達は平気で嘘をつく。けれども、共犯者の誰かが、笑ってしまったりするのだ。
一応、大人の方を少し探してみたが、本当に和沙は来ていないようだった。
「かくれんぼ、してるの?」
「ううん、鬼ごっこ」
母の問いに答えて、隆幸は引き返す。
隠れられそうな所はと、探してみるが、一向に見つからない。
隆幸は、以前母に言われたことを思い出していた。
「おばあちゃんちは、神隠しの家で、いい子にしていないと、違う世界に隠されちゃうよ」
田舎の祖母の家は古く、薄暗く不気味な部屋もあり、影から本当にどこかへ連れて行かれそうだったのだ。
少し大きくなった隆幸は、いい子にさせる為に母がついた嘘だと判断していた。
けれども和沙は見つからず、本当に連れて行かれてしまったのではないかと思ったのだ。
「和沙姉ちゃん」
声を出して探してみるが、返事はない。
家の中を走り回る悪い子だったから、和沙は神隠しにあってしまったのだろうか。
それなら、隆幸だって悪い子だ。
◇
探してる、探してる。
自分を呼ぶ隆幸の声を聞き、和沙は必死で笑いをこらえていた。
お正月に祖母の家に行くのはいい、お年玉ももらえることだし。
けれど、
お姉ちゃんなんだからと、押しつけられる。
和沙はもう中学生、小学生の男の子となんて、遊んでいられなかった。
もう嫌だと訴えても、「そんなこと言わないの、お姉ちゃんなんだから」と言いくるめられる。拒否権はない。
だから、和沙は考えた。隆幸から隠れてしまおうと。
幸い、和沙は隆幸が知らない秘密を知っていた。
祖母の家には、ちょっとした仕掛けがあるのだ。
仏壇の隣の床の間。床の間は仏壇の分、引っ込んでいて、床の間と仏壇を仕切る壁にその仕掛けはあった。
しっかり見ないととわからないが、90cm位の高さまでが、クルンと回る扉になっている。そこから、仏壇の中に入ることが出来るのだった。
入るところさえ見られなければ、隆幸は気付かないだろう。
かくれんぼの方が都合がいいが、鬼ごっこでもそこそこ距離を開けておけば、上手く隠れられる算段だった。
隆幸に何をして遊ぶか尋ねれば、鬼ごっこがよいと返ってきた。
トランプだと逃げられそうになかったが、鬼ごっこを選択してくれるとは、実に都合がよかった。
隆幸を鬼にすると、和沙は隠し部屋へと急いだ。
縁側に面している二部屋の間の、いつもは開いている襖を閉めておいた。
隠れるところを見られないようにする為に。
隠し部屋に入ってすぐ、隆幸の足音が部屋を横切っていった。
無事に、気付かれずに隠れられたことを確信した。
少しして、隣の部屋の押し入れの襖を勢いよく締める音が聞こえた。
隠れているかもという判断はいいが、残念ながらそこじゃない。
笑ってしまいそうになり、慌てて口を押さえた。笑い声でバレるなんてこと、したくはない。
◇
「和沙、そろそろ出てきてやれ」
父の声が聞こえてきた。
そろそろ、時間切れだ。
隠し部屋から出て、声のする方に向かう。
「隆幸、和沙姉ちゃんいたぞ」
父親に頭を撫でられている隆幸は、泣いていた。
「おじさん、隆幸なんで泣いてるの?」
「神隠しにあったと思ったんだとさ。自分が鬼ごっこしたいなんて言ったから、家の中を走った和沙ちゃんが隠されたと」
「隆幸ゴメン」
もう少し早く姿を見せればよかったと、少し心が痛んだ。
「和沙ちゃんは、どこに隠れてたんだ?」
「えっとね……」
和沙は、隆幸と、双方の両親を隠し扉に所に案内した。
「ここがね、こんな風に回って、仏壇に隠れられるの」
実演してみせる。これでもう、この隠し部屋は使えない。
「なるほど、どんでん返しか」
感心したように言ったのは、隆幸の父だ。
「どんでん返しって?」
「こういう、クルって回る扉を、どんでん返しと言うんだよ。昔、忍者が敵から逃げる為に、家に仕掛けていたという話だ」
忍者という単語に、隆幸と和沙が目を輝かせる。
「おばあちゃんちにどんでん返しがあるってことは、ご先祖様は忍者だったってこと」
和沙が、興奮気味に訪ねる。
「さあ、それはどうだろうな」
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