白銀の年明け - 現代(雪)

 元旦、カーテンを開け、雨戸を開ければ、白銀の世界が広がっていた。

「おお、積もってる」

 大晦日の夕方から降り始めた雪は、道路も白く染め上げていた。

 新聞配達の単車の跡と、父と犬が散歩に出かけた跡だけが残っている。


 台所では、母が雑煮を作り、父がお供えの準備をしていた。

 いつもなら「おはよう」の挨拶。けれど、今日だけは違う。

「おめでとう」

「おめでとう。あんたが最後やで。顔洗っておいで」

「うん」


 顔を洗って、神棚と仏壇に挨拶をする。

 台所に戻れば、おせちにお雑煮、お屠蘇とその準備がされていた。

「それじゃあ、まあ、あけましておめでとうございます。本年もよろしくお願いいたします」

 父の挨拶が、今朝の「いただきます」に代わる。

 いつものお箸ではなく、祝い箸で食べる。今日だけは、特別。


「雪、どれくらい積もってた?」

「道路で5cmあるかってところかな。まあでも、すぐにけるやろ」

 父の予測を裏付けるように、窓からは太陽の光を反射している雪が見える。

「正月に雪って珍しいよね」

「五年ぶりくらいちゃうか。昔はもっと多かったように思うけどな」

 確かに、以前はもっと雪の日が多かったように思う。小さい頃は、正月に遊びに来た従兄弟と雪だるまをつくって遊んでいたし。



 朝食の後、初詣に出かけるまでが、我が家では慌ただしくなる。

 お寺への年賀はいくらだの、祝儀袋に書くのは「御年玉」なのか「御年賀」なのかだの、支払はいくらだの。

 毎年毎年、両親は同じことを繰り返している。

 毎年毎年、一日の朝から「どっちやさ」「どっちでもいいんちゃう」「どうすんの」「うーん、決めてや」「あんたがしゃんとしてや」と言い合いを繰り返している。

 父が、「怒られてもた」としゅんとするところまでを、繰り返す。

 毎年のことなのだから、どこかにきちんと書いておけばいいのにと、思う。


 一悶着の後、家族そろって近所の神社へ初詣。

 雪はまだ融けていないけれど、道路には自動車のわだちが増えていた。

 あえて、荒らされていないところを歩く。

 自動車に踏みつけられた跡は、雪が固められていて、少し融けていて、滑りやすい。

 荒らされていないところの方が、滑りにくい。

 ただし、白線の上はツルッといくので要注意だ。


「正月から、滑って転ばんときや」

 轍を歩く母に声を掛けられる。

「大丈夫。そっちの方が滑り易いで」

 小学校まで六年間歩いて通った経験をなめてもらっては困る。

 言ってるそばから、母の方がよろけて、父に支えてもらっている。


 近所の神社は、田舎の小さな神社。

 氏神だが、名字の方ではなく、土地の守り神の方。

 祀られているのは、大日霊貴命オオヒルメノミコト他。大日霊貴命は天照大神の別名だとか。

 合祀とかで、結構神様が多いのだ。


 細く、急な坂道を登るので、滑らないように、要注意。

 手水舎の水は凍ってはいなかった。

「凍ってないね」

「雪やしな」

 雪が積もったということは、夜中に雪が降っていたということである。

 夜中に雪が降っていたということは、夜は雲がかかっていたということである。

 そう、雪なんて降らずに、良く晴れて、ガンガン夜のうちに冷えた方が氷が張る。


 凍ってはいなかったから、柄杓で氷を割るという過程は無しに、手水で清める。

 凍ってはいなかった、凍ってはいなかったけれど、当然ながら、非常に冷たい。

 ハンカチで手を拭いていると、父がこちらに濡れた手を出してきた。

 ハンカチを貸せと。一応、手水舎には手ぬぐいをかけてくれてあるのだが、濡れて、非常に冷たいだろう。

「手ぬぐいあるやん」

 言いつつ、手ぬぐいを指し示す。父はそちらを見ることもなく、ハンカチを要求する。

「冷たいやん」

 分かっているのに準備していないからと思いつつも、ハンカチを渡した。


 賽銭を入れ、二礼。

 そして、二拍手。

 ちゃんと合格できますように。

 最後に一礼。


 参拝を終え、お寺へ向かう父と、このまま帰る私と母は別れる。

 来た道を帰る。そう、登ってきた細くて急な雪の積もった坂道を下る。

「滑らんとかいや」

 当然ながら、母に注意される。

「あっ、受験生に滑るはあかんのか」

 ようやく、そこに思い至ったのか。いや、まあ、気にしていないけれど。

「先に滑りまくっといたら、本番では滑らんのとちゃう」

「それもそうか」



 家に着いて、ポストを確認すれば、年賀状の束が。

 それを持って入り、宛名毎に仕分けをする。

 家族宛のが父に届くから、当然、父宛が多い。

 たまに、母の友人から父と母の連名で届くというトラップがある。

 私宛は、友人からで十通ほど。


 そうこうしているうちに、父が帰ってきて、時計を見ればもうお昼。

 食卓には、おせちが再び登場する。

「明日、天神さんに初詣行こか」

 母が提案する。

「いや、いいよ」

「その時間も惜しい、勉強するって言うんならあれやけど、あんたはどうせ勉強せんやろ」

「それはそうやけど」

「よし、ほな明日行こか」

 父の言葉で強制連行が決定した。


 さて、センター試験までもう少し。

 でも、正月だし、今日は勉強もういいか。駅伝見よ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る