第21話 二人の新しい生活が始まる

【3月9日(木)】

入学手続きの締切は3月15日(水)で、それまでに入学金と授業料などを納めれば良いのだけど、圭さんは早めに手続きを済ませたいからといって、3月9日(木)に休暇を取ってくれて、2人で大学へ入学手続きに行った。


圭さんが駅のキャッシュコーナーで必要額を引き出す。そして大学の窓口で手続きを済ませてくれた。これで入学できると圭さんは安心していた。圭さんに「何から何までありがとうございました」とお礼をいったら「美香ちゃんの力になれて本当に嬉しい」と言ってくれた。


帰りに新橋と西千葉の中間地点と考えられる船橋と市川に途中下車して、引越し先を探した。なかなか適当な物件が見つからない。2人とも気乗りがしないので、まだまだ日にちがあるので、今回はとりあえず引き上げて、引越し先探しは次の機会にした。


合格のお祝いに2人で東京駅近くのビルのイタリアンレストランでディナーを食べた。


「船橋と市川、どちらも気乗りがしないね。どうも街の雰囲気になじめない」


「私もそう思った。長原から千葉まで1時間10分くらいだから通学可能だと思うので、引越しはやめた方が良いと思います。私は長原の街が好きです」


「もしそうするなら、通学時間が長くなる分、家事を協力しよう」


「大丈夫と思いますが、帰りが遅くなったらお願いします」


「2年後輩の山本君が去年マンションを買ったけど、通勤時間が1時間45分もかかるそうだ。東京では通勤時間は2時間以内であれば良いそうだから、このままでも良いか。引越しを止める代わりに近くにもっと広いマンションを借りるのが良いと思う。美香ちゃんに勉強部屋が必要だから」


「そっちの方が良いかもしれません」


圭さんはマンションの管理人さんに、結婚したのでもう少し広いマンションに替わりたいが、良さそうな物件を知らないかと相談したところ、このマンションに2LDKの事故物件があると教えてくれたと言う。


圭さんはマンションのオーナーに事故物件のことを聞きに行った。圭さんから電話が入る。オーナーに聞いてみたら、賃料を下げても未だに入居者が決まらなくて困っているとのことなので、結婚したのでもっと広いところを考えているので妻と相談してみるといったら、今の部屋と同じ賃料で良いとのこと。どうするというので、気にしないので構わないと言うと、圭さんは転居することに決めた。


圭さんが部屋に戻ってきて詳しい話をしてくれた。昨年夏に高齢の女性が孤独死したとのこと。いつも挨拶していた品の良い高齢の夫人と最近合わなくなっていたのを思い出したとか。


私は「知っていて挨拶をしていた人だから大丈夫でしょ、それに圭さんも実家はお墓のそばでなれているでしょ、同じ賃料なら広い方が断然良いに決まってる」と言ったら、圭さんは随分感心していた。


【4月2日(土)】

4月2日(土)に引越し屋さんを頼んで転居した。2LDKだけど部屋の造りは今のところとほとんど同じで、1部屋多いだけ。大きい部屋が私の部屋に、小さめの部屋が圭さんの書斎になった。


小さめといっても前の圭さんのお部屋と同じ大きさ。寝室はその時々に応じてそれぞれの部屋を使うことにした。これで新しい生活のスタートができると2人よろこんだ。


【4月5日(水)】

4月5日(水)に入学式がポートアリーナであった。学生は12時集合で1時開会。私は圭さんに是非来て晴れ姿を見てほしいとお願いした。圭さんはもちろんと言って休暇をとって一緒に出席してくれた。式の終了後にまた一緒に帰る。


途中、私に入学祝いをプレゼントしたいと、結婚指輪を買った銀座のティファニーに立ち寄ってくれた。


「入学祝いをしたいけど、美香ちゃんにはブレスレットをしてほしいと思っている。いつか電車でブレスレットをつけている女性を見かけたけど何気ない服装にブレスレットがとても似合っていた」


「ブレスレット、思ってもみなかったけど、圭さんがしてほしいなら喜んでします」


「美香ちゃんは色白だから、気軽にできるシルバーの細いのが似合うと思う。最近は皆スマホを持っているので腕時計をしなくなった。女性のきれいな手が寂しく見える」


「この細い鎖みたいなのをお願いします」


「せっかくだからつけて帰って。いつも身につけていてくれたらうれしいけど」


「ありがとう。もちろんです」


「結婚して約9か月になるけど、今から考えてみれば、こんなに可愛いJKを妻にしていたなんて、男冥利に尽きるよ。まして、これから6年間も美人の女子大生を妻にできるなんて、会社でも話さないようにしなくては。評判になったら嫉まれて転勤にでもなりかねない。本当に、人助けはしておくべきだ『情けは人のためならず』」と帰り道しみじみ言っていた。確かに今、転勤されたら困る。会社の人には会わない方が良いかもしれない。


駅を出ると雨が降ってきた。春の雨。去年の3月3日(木)の雨の日に出会って、相合傘で家まで帰ったことを思い出した。もう1年以上前のことだけど、昨日のことのようにも思える。


あの時の雨はとっても冷たくていやだった。そして私は身も心も冷え切っていた。圭さんはそれから私の身も心も温めてくれた。そう思って圭さんの手を握り締めたけど、その手を圭さんは握り返してくれた。嬉しかった。


「圭さんと初めて出会って家へ連れて行ってもらったあの日も雨の日でした。覚えてます?」


「随分前のことにも思えるし、昨日のことのようにも思える。辛い時間は長く感じるけど、楽しい時間はあっという間に過ぎる」


「辛いことはいつまでも覚えているけど、楽しいことは忘れるのが早い気がするわ」


「楽しい時間を大切にしようね」


「いつまでも忘れないように」


今日の春の雨はあの時よりもずっと温かい。これから一雨毎に春らしくなってくる。あの時と同じように相合傘で家へ帰るけど、今は2人とも身も心も温かい。


これで家出JKの私がオッサンに拾われて妻になり女子大生になるまでのお話はおしまいです。めでたし、めでたし。



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この作品「春の雨はあたたかい」について

https://kakuyomu.jp/works/1177354054885794339/episodes/1177354054885794416

「私の作品について」

https://kakuyomu.jp/works/1177354054885794339

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春の雨はあたたかい 登夢 @iketom

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