共に

 ちりん、と鈴が鳴る。


 一月は過ぎたであろうか。

 食物も喉を通らず、玄信は病に伏せていた。

「私は地獄へ落ちようが、おまえには同じ轍を踏ませたくはない。おまえは生きよ、良照」

「玄信さまがいない世界など、惜しくはありません」

「その心根は嬉しいが――」

「玄信さま」

 痩せ細り、骨ばかりになった玄信の手を良照は握る。


 ちりん。


 玄信は死して、骸は言いつけ通り少し庵から離れた場所に野晒しにされた。

 良照が花を手向ける。いまだ涙は枯れ果てぬ。

 死後に九相を示すと世にいう。


 ――新死の相。

 いまだ生前の形を保ち、花が散るきわの哀しさを誘う。


 ――肪張ぼうちょうの相。

 死体は次第にふくれ、四肢は硬直し艶を失う。


 ――血塗けつとの相。

 皮膚は腐り膿血が流れて死臭ががただよう。


 ――肪乱ぼうらんの相。

 面影は既になく、蛆や死出虫の餌となる。


 ――噉食たんしょくの相。

 烏や獣が腐肉をついばむ。人が獣に食われる無常。


 ――青瘀せいおの相。

 わずかに残った肉体の一部が変色し,荒野の土中に溶け込んでゆく。


 ――骨連の相。

 ついに白骨となる。高貴の身であれ今は荒野の白骨にすぎぬ。


 ――骨散の相。

 骨も風雨にさらされ、ばらばらに散乱する。


 ――古墳の相。

 肉体も骨もすべて土に帰す。


 ちりん。


 良照は玄信の頭蓋骨を洗い、抱え込むようにして眠った。

 時は一年の後。玄信の命日。


 ちりん。


 何やら怪しい気配に良照が目覚める。

 辺りは闇。暗さに慣れた目でも、ぼんやりとしか見えぬ。そこに、


 玄信が立っていた。

 生前と変わらぬ匂い立つような美貌。初めて会った頃の溌溂とした――死者には奇妙な形容ではあるが。


「私は――迷うたのだ。おまえの顔をもう一度見たい。おまえの身体を抱きしめたい、と。仏門の徒としてあるまじきこと――未練がましきこと」

 良照は涙を流し、生前と変わらぬ玄信に縋りついた。

「玄信さま。わたしも一緒に行きとう御座います。連れて行ってくださいませ」

「良照。おお、良照。ともに冥府の道を行くか」

「はい、玄信さま」

 ……。


 ちりん。



 夜が明けた。

 良照は玄信の美しい頭蓋骨を抱きながら、静かにこと切れていた。

 なんともいえぬ穏やかな死に顔であった、という。

 

 

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畝火山心中 連野純也 @renno

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