怪しき語り
れんぷく
第1話 ホーレイさん
私の実家近くには、村落の名称の由来にもなった川がある。
お盆の時期になると、家々がこの川に一番近い窓辺に小さな祭壇を作り、お供え物をするという風習が残っている。
「昔からこうやって、ホーレイさんも迎えてやるんだよ」
祖母はそう言いながら、貰い物のそうめんを祭壇に供えた。
このホーレイさんとは、いわゆる無縁仏のことである。
お盆に帰る場所がなくなってしまった彼らを、血縁はなくとも迎えてやろうということなのだそうだ。
まだ「ご近所」、「お隣」という文化が生きているからこその風習であると言えよう。
そういえば、こんなことがあった。
幼少の頃、留守番をまかされた。
一人遊びにも飽きてしまい、時間をみればおやつ時。
そういえば小腹も空いてきたが、そんなときに限ってお菓子が入っている戸棚は空っぽであった。
さてどうしようかと思案を巡らせていると、仏間にお菓子がたくさん置いてあったことを思い出した。
普段、仏壇に供えてあるお菓子を取ることは大人たちからは強く禁じられている。
だが、その大人たちも今は留守。肝試しとばかりに私は空腹に身を任せ、仏間に忍び込んだ。
いざ仏間に入ってみると、やはり気味が悪い。埃臭く湿ったぬるい空気がベタベタと肌にまとわりつき、厚手のカーテンでふさがれた窓からは、日光も入らず、夏の昼間だというのに薄暗い。
だれか拝みに来たのだろうか、ふわりと線香が香った。
仏壇からは、名も知らぬ高僧がモティーフの小さな人形が、様々な戒名の書かれた位牌の間から私を見下ろしている。
それがたとえ人形であっても、どうも見られていると考えると気が引けてしまって、仏壇から何かをちょろまかす気分ではなくなってしまった。
しかし、腹は空いている。何かないかとふと見渡すと、右奥の窓の下に小さな台があって、そこにも様々なお菓子や果物が並んでいる。
「ちょうどいいや。ここからもらってしまえ」
私はこれ幸いとばかりに一番近くにあった煎餅の袋に手を伸ばした。
安いセロファンの包み紙がシャリシャリと音を立てる。
――よし、これをテレビでも見ながら食べよう。
そう思って、仏間をあとにしようとする私の背後でゴトンと音がした。
飛び上がるほどに驚いて振り返ると、さきほどまで積んであった林檎の一つが畳に転がっている。
なんだ驚かせやがってと胸を撫でおろす。
しかし、妙だ。リンゴはしっかりと安定良く積まれていて、転がり落ちるような気配はなかったはずだが……。
まぁ、いいか。
そう思い踵を返そうとする自分の右手、持っている煎餅の袋がシャンッ!と大きな音をたてた。
見ると、骨ばって黒ずんだ長い腕がにゅぅうーっと台の前の窓から伸びて、私が持つ煎餅を掴んでいる。赤黒く汚れた爪がバリバリと中の煎餅を砕く音がする。
それは一本ではなく、何本もの腕が窓の向こうから伸びて、台に置いてある果物や菓子を掴んでいるのだ。
「おいてけ」
地の底から響くような声が仏間に響いた。
こうなってはもう我慢できない。私は弾かれたように仏間を飛び出して、靴もはかずに、近所の友人の家へと転がり込んだ。
その夜。
供え物をちょろまかそうとしただけでなく、留守番をすっぽかしたことで私が親たちに大目玉を喰らったのは言うまでもない。
「あら。朝そなえたばかりなのに、もう林檎が腐ってる。やっぱり夏は食べ物の足がはやいわねぇ」
仏間を片付ける母がもらした言葉が、今でも妙に耳に残っている。
あの夏に私がみたものは、はたしてホーレイさんだったのだろうか。
それとも、
怪しき語り れんぷく @lenpuku23
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