異世界に移住しないかと言われてホイホイついていったものの……

ロリバス

本編

――その日まで、俺はつまらない人生を送っていたと思う。

 どこにでもあるブラック企業に就職。サビ残。炎上プロジェクト。爆発。逃亡……

 そして…………


「……きっと、いつかこの日のことを振り返って、俺はこう思うだろう。

 俺の人生は……ここで、変わったと……」

「すいません、勝手に人の心情モノローグでっち上げないでもらえます?」


 ガラガラの電車内で四人がけのボックス席を二人で占領していた俺は、対面に座るもう一人のノートパソコンを覗き込んで苦言を呈した。


「きゃあ!見ないでください!」


 俺に覗き込まれて、その女は慌ててノートパソコンを胸元に寄せて画面を隠した。

 やけにテカテカとして露出の多い……身も蓋もなく言えばファンタジーのコスプレチックな服を着ているので、ノーパソを隠したのか胸元を隠したのか良くわからない光景だ。


「いいじゃないか、減るもんでもなし」

「だ、駄目ですよ!対外秘の報告書なんで部外者には見せられません!」

「電車内でそんなもん書くなよ!」


 あとそんな真面目なもんにあんなでっち上げを書くんじゃない。文書偽造とかそういうのじゃないのか。


「仕方ないじゃないですか、異世界までは日暮里から電車で一時間もかかるんですよ。ぼーっとしてたりしたら時間のムダじゃないですか」

「何度聞いても違和感しか覚えないな、日暮里から電車で一時間の異世界」


 俺は自分の座席に腰をおろしつつため息をついた。

 ポケットからさっきこの女に渡された名刺を取り出す。

 そこには『虹外市役所 住民課 異世界転生係

      女神 山本佳子』

 と書かれている。


「ラノベとかそれなりに読む方だけど、まさか駅前で女神に誘われて電車で異世界転生することになるとは思わなかった」


 俺がそう言うと、自称女神は恥ずかしそうに頭をかいた。

 服装はファンタジックなコスプレだが髪は黒だし顔と名前は日本人だし黒縁眼鏡なので正直宴会ノリのコスプレ以外に見えない。


「いやあ……やっぱ電車で転生って雰囲気でないですよね……ちょっと前まではトラック転生できたらしいんですけど……」

「トラック転生?え、できるの!?」


 俺はちょっと身を乗り出した。

 トラック転生とは、トラックなどに轢かれて死んだ主人公が転生する異世界転生物の定番導入だ。

 正直、役所だし日本人だしまあなんかそういうイベントなんだろうなあ、と思っていたのだが、こういうフレーズが出てくるとは話が別だ。もしかしてもしかするとマジモンのファンタジーなのかもしれない。俺は少し心を踊らせて聞き返した。


「私はやったことないので聞いた話ですけど。こう、トラックでガツン!と転生させたい人を轢くじゃないですか」


 轢くじゃないですか、と言われても現実的に犯罪なのだが、まあそこはファンタジー導入だからツッコまない。


「で、轢かれた人をトラックの荷台に急いで乗せて、目が覚めたら言うんですよ『あなたはトラックに轢かれて死にました。しかし、我々の言うことを聞けば蘇らせてあげましょう』」

「犯罪じゃねえか!」


 ファンタジー要素の欠片もない手荒な誘拐手法だった。転生してねえし。


「『戸籍は用意してあります。この世界でのあなたの新しい名前はこれです』」


 転生してた。いや、転生なのかこれ。


「というか、役所がそういうことやるなよ……」

「あ、でもでも、うちでやるトラック転生なんてかわいい物なんですよ?」

「今までの話にかわいいですむ要素ないんだけど……」

「トラック転生業者の方は『ここの仕事は『転生』させたあとの身体の処理とか考えなくていいから楽ですのう』って」

「ヤバイ業者だ!?」

「『山に『転生』させるにも重機とか要りますし、海に『転生』させるのもコンクリの用意とか手間でしてのう』」

「『転生』を隠語みたいに使うな!!」


 今まで話を聞いてきた感じ、もしかしてついてきたのは間違いだったんじゃなかろうか

 俺が逃げる方法を悩み始めたところで、女神は慌てた様子で弁明した。


「あ!いやでも!最近ほんとそういうの厳しいんで!今はクリーンな転生しかしてないんで!」

「なんだクリーンな転生って……」

市長主神が業者との癒着で逮捕堕天されてから、きっぱり関係を切りましたから」

「ファンタジーワードで誤魔化しきれてない……」


『虹外~ 虹外~』


 そんな話をしていると、いつの間にか目的地についてしまったようだ。


「さ!ではこれから異世界をご案内しますね!」


 女神は俺の腕をガッチリとつかんできた。

 腕に胸が当たってちょっとドキドキした。だが、さっきまでの話を考えるとこれはもしかしてセクシーなあれじゃなくて獲物を逃さないようにするやつなんじゃないだろうか。

 そこに気づくと別の意味で胸がドキドキし始めた。帰りたい。

 さて、電車から降り駅の無人改札を抜ければ、女神いわくそこが異世界である。

 期待に胸を膨らませながら駅を出た俺が見た光景は、寂れたロータリーにボロボロの公衆電話、かろうじてコンビニが一軒あって、あとは見渡すかぎりの田んぼだった。


「いやあ、どうですか異世界に来た印象は?」

「どうみてもただの片田舎なんですけど……」

「いやだなあ、勘違いしないでください。寂れてるんじゃありませんよ、異世界だから文明レベルが低いんですよ」

「そのフォロー無理がありすぎない!?」


 流石に中世に公衆電話はない。コンビニもない。


「いやでも、たしかに文明レベルは低いですけど、その分大気にマナが満ち溢れていて空気が綺麗で気持ちよくないですか?」

「流石に駅前じゃあそこまで空気綺麗じゃねえよ!帰る!」


 俺は女神を振りほどいて帰ろうとしたが、女神はかたくなに離さない。


「だ、駄目です!一度転生したからにはそう簡単に帰れませんよ!」

「帰れるよ!そこに都内につながる駅があるだろうが!」

「文明レベルが低いので次の電車は一時間後までありません!」

「そういう意味かー!!」


 というか、ここの市役所の女神なのにそんな文明レベルが低い低い言ってて悲しくならないのだろうか。

 ともあれ、電車がないのでは仕方ない。俺は渋々女神についていくことにした。


「あ、案内する前にちょっとよろず屋コンビニ寄ってっていいですか?」

「ちょっとそれっぽい雰囲気だそうとする努力は認めるけど、あれを誤魔化そうってのは無理があるからな?」


 駅前のコンビニの入り口には、昔懐かしい格好のヤンキーがたむろしていた。この点に関しては文明レベルが低いと言われても納得してしまうかもしれない。具体的には八十年代ぐらい。

 俺にそう言われると、女神は慌てたように取り繕った。


「い、いや!あれこそがここが異世界である証ですよ!」

「コンビニにたむろする不良のどこがだ」

「不良じゃありません!あれはオークです」

「オーク」

「この世界特有の種族ですよ!その証拠に、元の世界都内では見ないでしょう?」


 確かに都内に今時あんな古風な不良はいない。


「オークは人間より知能は低いですが、繁殖力の高い種族なんですよ!ああやってよろず屋コンビニの前に巣を作って、メスが通りかかるのを待っているんです!人間には敵対的なので近づかない方がいいですよ!」

「アァン!?オマッ、舐めてんのかアァン!?」

「ひゃあ!オークが襲い掛かってきた!」

「あれだけ散々言われりゃ誰でもキレるに決まってんだろうが!!」


 大声で解説していたせいで不良オークたちにばっちり聞こえていたのだろう。彼らはメンチ切りながらこちらに近づいてきた。


「ああ!あれはオーク特有の威嚇行動ですよ!」

「この状況でそれ言えるの凄いな!」

「アァッ!テメッコラッ、舐めた格好しやがってアァン!!」

「ほらっ、喋っているのもオーク語ですよ!」

「ただの不良のスラングだろうが!」

「テメッ、ヒトのシマでイキッてんジャネゾコラ。ドコ中だアァン!?」

「今のは『我が領地にて不遜な振る舞いである。汝の氏族を答えられよ』って意味ですね」


 氏族を中学校と訳すファンタジーは聞いたことがない。


無視してんじゃネッゾテメコラッこちらの問いに答えられよあんまナマ言うとボコッちまうぞオラッ返答如何に寄つては戦いも辞さぬぞ!」

「同時通訳すんじゃねえよ駄女神!」


 俺と女神がアホなやり取りをしているうちに、ヤンキーたちはいきり立って近づいてくる。

 ここでボコボコにできたりすると異世界転生物の主人公っぽいのかも知れないが、あいにくこちとらタダのリーマンである。不良オークとの戦いなぞ専門でない。


「ちょ、ちょっと待って下さい!召喚魔術を使って彼らを追い払います!」

「真面目に答えろやァ!」

「マジですよ!ただちょっと詠唱に時間がかかるので、少しでいいです。時間を稼いでください!」


 俺のツッコミに、女神はマジな目で答えた。

 もしかして、もしかすると、今度こそ本当の本当に召喚魔術が使えるのかもしれない。

 だとしたら見てみたい。なんとしても見てみたい。

 というわけで、俺はちょっと震える足で不良達オークの群れに立ちはだかった。


「ヤんのかオアぁ!」

「スッコンでろ!」

「ダァシェリィース!」

「やっべ、通訳なくなるととたんに何言ってるかわかんねえ」


 へっぴり腰で不良達と対峙していると、後ろで女神が召喚魔術の詠唱を始めた。


「1・1・0……あ、すいません。駅前のコンビニで喧嘩です!来てくださいおまわりさん!」

「通報ァ!どこが召喚魔術だ!」

「な!由緒正しき110番通報サモン・ポリスメンですよ!召喚獣ポリスメンが来るまでしばらくかかるので持ちこたえてください!」

「詠唱に時間がかかるってそういう意味かよ!」


 俺と女神がアホなやり取りをしているうちに、いつの間にか不良達オークの群れは消え去っていた。


「ふう……助かりましたね、彼我の実力差が分かる相手で」

「……まあ、警察呼ばれたら逃げるよな……」


 というわけで、しばらくしてからやってきた召喚獣ポリスメンは事情を説明しておかえりいただいた。

 よろず屋コンビニで買ったポーションジユースをのみながら、俺はため息をついた。ちなみにポーションは異世界の特産品を使った特製らしい。飲むとシソの味がした。


「なんかもうさ……帰っていい?」


 俺がそういうと、女神は大げさに驚いた。


「ええっ!?なんでですか!?せっかく異世界に来れたのに!?」

「一万歩ぐらい譲ってここが異世界だということにはツッコまないとしてもさ……なんか全然いい目に会えないじゃん。こっち来て俺がやったこと不良オークに絡まれてポーションシソジユースのんだくらいなんだけど……これなら元の生活のが普通にマシだわ……」

「ま、待ってください!じゃあとっておき!とっておきがありますよ!」

「とっておきって……?」


 全く期待せずに聞き返すと、女神は自信満々に胸をはった。


「ハーレムです!」


 その言葉に俺は俄然興味を取り戻した。

 ハーレム。それは男の夢。たくさんのヒロインとキャッキャウフフの珍道中、まさにこれぞ異世界転生という物だ。


「え……ハーレム作れるの!?マジで!?」

「ええ、マジです!なんとこの世界に転生していただけると!」


 目を輝かせる俺に、女神は一枚の紙を突きつけた。


異世界自治体主催の婚活パーティに参加できます!」

「どこがハーレムだ!」


 俺は紙を破り捨てた。


「ああっ!もったいない……せっかくのハーレムの機会なのに……」

「色々言いたいことはあるけど、とりあえず婚活パーティってハーレム作る場所じゃないだろう!」

「いや、そうでもないですよ。男女問わずチート持ちはヒロイン候補者をたくさん集めてキープして、その中で一番いい人をメインヒロイン伴侶にしますからね」

「言い方ぁ!?あとチートってなんだ」

年収1000万チート


 こんなひどいチート聞いたことがない。


「俺は年収1000万チートねえからな!」

「相手を選ばなければ年収600万チートでもいけますよ!」

「600万がチートってせちがれえなあ!」


 あと、俺の給料は600万もない。もうどっちを見ても世知辛かった。


「えっ……」

「そこで引くなよ!二十代の平均年収考えてみろ!チートは選ばれた人間しか持ってねえんだよ!」


 俺がそう言うと、女神はニヤリ、と笑った。


「仕方ありませんねえ……では、いいことを教えてあげましょう。もしもこの世界に転生していただければ、第三のチートをあなたに授けてあげましょう」

「第三のチートって?」

「ふっふっふ、これがあればハーレム……は無理でもヒロインを捕まえることができる!それがチートスキル『公務員安定職』」

「世知辛いな!」

「バブル期は『公務員なんて無能のなるものwww』『一生薄給で悲しくないのwww』とかまるで無駄スキルみたいな扱いをされていたのに今はもうチート扱いですよ!こういうの異世界転生の醍醐味じゃありませんか!?」


 何もかも間違っている。間違っているのだが……


「正直ツッコミどころとかどうでもいいぐらい公務員が魅力的すぎる……」

「ええ、もちろん!さあ、これでもう迷う余地はありませんね!あなたもこの世界に転生しましょう!そして世界の危機を救うのです」

「そう言えば、最初の方から言ってたけど世界の危機って何?俺、荒事は無理だけど」

「少子高齢化です」

「そりゃ危機だぁ……」


 ――そして俺は異世界に転生しチートスキル公務員持ちになってヒロイン伴侶も見つけ、幸せな家庭を築いた。

 今振り返ると、あの日、女神の提案に乗ったことこそが、俺の人生を変えたのだと、そう、思うのだ……。


「って報告書に書いていいですかね?」

「駄目に決まってんだろ!!」

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異世界に移住しないかと言われてホイホイついていったものの…… ロリバス @lolybirth

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